烈火の娘
▽ 1


サンタルス領・侯爵ヘルマンの居城。
とある一室で、ローブを目深に被った怪しげな男とヘルマンが会話していた。
老人と言って差し支え無い白い髪と髭、更に気弱そうな印象のヘルマンは、それとは裏腹に激高した様子で声を荒げる。


「エフィデル殿! これは一体どういう事だ!?」

「どうなされた、ヘルマン殿。少し落ち着かれよ」


エフィデルと呼ばれた謎の男は、そんなヘルマンの様子に動じない。
少々呆れさえ感じさせる声音で応対している。


「そなたはエリウッドを脅かすだけだと言ったはず! それを始末するだなどと……もう我慢できん! わしはエリウッドに何もかも打ち明け、詫びる事に決めた」

「……我らを裏切るおつもりか?」

「そなたにも【黒い牙】にもうんざりだ! ただちに わしの城から姿を消されよ! 目障りだ!」

「ヘルマン殿……どうあっても、お考えは変わられませんか?」

「くどい!!」


ヘルマンはフェレ侯爵エルバートとは古くからの付き合いで、そんな彼にとってエリウッドは息子のような存在。
少し怪我をさせてフェレへ逃げ帰らせるだけという約束でエリウッドを賊に襲わせる事を許可した。
それがこの仕打ち。もはやエフィデルの言葉を聞く気は無い。

……その時、その場にヘルマンでもエフィデルでもない声が響く。


「それじゃあ用無しだな、オッサン。残念だ」


驚きの声を上げる間も無い。
ヘルマンが気付いた時には鋭い剣が己の腹を貫いていた。
痛みに耐えられず倒れた彼が見上げると、そこには暗くて赤黒い血のような髪色の男が、同じ色をした瞳で嘲るようにヘルマンを見下ろしている。


「大人しく犬に成り下がってりゃ、もっと生きられたってのになぁ……」

「お、お前は……誰、だ……」

「ああ、今の俺も犬っちゃ犬か。それは棚に上げておこう」


ヘルマンの疑問には答えず、楽しそうにけらけら笑う男。
彼はエフィデルに向き直ると言伝を始めた。


「そろそろラウス領に行けってよ。まったく俺を使いっ走りにしやがって。他に暇そうな奴なんざ幾らでも居るだろうが」

「……フレイエル。今まで好き勝手に行動していたのですから、命令の一つくらい大人しく聞きなさい」

「ハッ。テメェに指図される覚えはねぇな」

「忘れていませんか? ただでさえ貴方はロクにネルガル様のお役に立っていない。すぐにでもニニアンとニルスの姉弟を捕らえられる状況だったにも拘わらず、命を放棄して遊んでいたそうではないですか」

「それは俺のせいじゃねぇっての」


説教じみたエフィデルの言葉に、はいはい、と聞き流すような態度の男……フレイエル。
だからこうして役立つ為に裏切り者を処分したんだろ? と言う彼に、エフィデルは溜め息を吐いて説教を中断した。
しかし ふと何かを思い出したのか、話題を変えて再び口を開く。


「ところで、貴方は誰かを狙っているそうですね」

「あ?」

「とある一人の少女を。黒目黒髪の……名は確かアカネと言いましたか。貴方の言によると、魔法が使えるだけのただの小娘だそうですが、執拗に狙うからには只者ではないのでは?」

「俺の勝手だろ。単なる私怨だよ、その小娘を俺の手で殺したいんでね」

「しかし【黒い牙】下っ端の一部に、彼女が【黒い牙】に仇為すとまで嘘を吐き、生死を問わず連れて来るよう命じたそうで。自分で殺したいと言う割に、行動が支離滅裂のように思えますが」

「……何が言いたい」

「何も。ただ、ネルガル様から大目に見られている事を笠に着て調子付くのも、程々にしておいた方が良いと忠告したいだけです」


余計なお世話だよ、と吐き捨てるように言ったフレイエルは、足下に転移の魔法陣を展開させ その場から姿を消した。
その後もフレイエルが居た場所を見続けていたエフィデルだったが、やがてヘルマンさえ目に入れずその場を去った。


++++++


元々エリウッド様達は、ラウスという領地を目指していたみたい。
そこの領主が戦の準備をしているという情報を得て、この時期に戦をするなら国内の領地が相手である可能性が高いと読んだんだそう。
エルバート様の失踪と無関係ではないような気がして、昔から親交のあったサンタルス領主ヘルマン様に力添えをお願いしに行く途中だったって。


「はあ……何だか一年前みたい……」


ラングレン率いるキアランの人達を相手に戦った、あの日々を思い出す。
そう言えば、エリウッド様が旅の為に雇い入れた人の中にドルカスさんの姿があった。
話を聞くとリキアに越して来たんだそう。
ナタリーさんは今は、元住んでいたベルンの村より安全なフェレの村で、ドルカスさんの帰りを待っている。
……なんか一緒に居たバアトルって斧使いの人に絡まれて鬱陶しそうにしてたけど……助けなくてよかったかな?

そんな事を考えながらサンタルスのお城を目指し歩いていると、一人の女の子がわたしに話し掛けて来た。


「ねえ、あなたキアラン城の軍隊に勤めてたって本当?」

「え……」


振り返ると、緑色の髪を二つ、三つ編みにした可愛い女の子。
わたしと同じ歳くらいかな。こんな子も一緒だったんだ。


「勤めてたっていうのは違うかな、客人扱いだったから。でも魔道士隊で訓練は受けてたよ」

「凄い! わたしと同じくらいの歳でしょ? ……あ、わたしレベッカっていうの。あなたは?」

「わたしはアカネ。女の子同士よろしくねレベッカ!」


同年代の女の子なら他にもセーラが居るけど、リンやフロリーナ、ニニアンも一緒でわいわい出来た頃より少し寂しい。
戦いってどうしても男性や大人が多くなるだろうし、貴重な関係は大事にしておきたいな。

リン達は元気にしてるだろうか。
彼女達には何も言わず、置き手紙だけで出て来ちゃったからなあ……。
あれからまだ一週間も経ってないけど、みんな優しいから心配してるだろうな。
また無事に再会できるよう頑張らないと。

でも、お兄ちゃんが居ない。
ねえお兄ちゃん、どうして追い掛けて来ないの?
お兄ちゃんは強いから、フレイエルに負けたりなんかしないよね。
……負けてる、なんて事は、無いよね?
お兄ちゃん……。

その時、少し前方が騒がしくなった。
慌ててレベッカと一緒に駆け寄ると、次々と兵士や傭兵が現れる。


「エ、エリウッド様、これは……」

「どうやら僕達を城に近付かせたくないらしい。アカネ、君はレベッカ達と共に僕達の後方へ! 決して前には出ないように!」

「はい!」


今は感傷に浸ってる場合じゃない。
相手から、延いては戦いから目を逸らすなってお兄ちゃんが教えてくれた。
それを守って生き延びないと!

わたしと弓兵のレベッカは皆に守られて後方に下がる。更に後ろにはセーラ。
前の戦いより敵の数は少なそうだけれど、正規兵が増えたからか、手強さはこの人達が上のような気がする。
だけど負ける訳にはいかない……。


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