烈火の娘
▽ 4


ええ? 何の意味も無い文章が信じる理由になるの?

エリウッド様が仰るには、この文章は数年前、エリウッド様とエリアーデ……さん?
自分かもしれないって思うと様付けするの躊躇っちゃうなあ。
取り敢えず、そのお二人が遊びで考えた、二人だけの秘密の合い言葉なんだって。
フェレの騎士隊には秘密裏に行動する時の合い言葉などがあるそうだけど、そんな重大なものではなく、子供が遊びで作った何の意味も無い文章を書くなんて、本物のエリアーデさんとご両親だとしか思えない……という訳。

もう頭がパンクしそうだけれど、手紙は続いてる。


【ここからが一番重要な内容です。実は妻のソヴィの記憶が戻りました。その記憶は重大で、間違いなく兄上達にご迷惑をお掛けしてしまうもの。私はソヴィとエリアーデを連れて逃亡生活をする事に決めました。言えばきっと兄上達は引き止めて下さるでしょうから、何も言えなかったのです。
あの男は間違いなくエリアーデを付け狙うでしょう。私達はその男に異世界で殺されかけたのですが、ぎりぎりでこちらの世界へ戻れた為に、事なきを得ました。私とソヴィはこれから、あの男と決着をつけに行くつもりです。刺し違えてでも倒すつもりではありますが、もし失敗した場合を考え、次の便箋にその男の名と特徴、妻の記憶に関する事柄を書いておきます】


「……あれ? これで終わりですか?」

「そうなんだ。肝心のエリアーデを狙う男の事や、ソヴィ様の記憶の事が書かれていない。ひょっとして誰かが処分したのか……にしても、1枚だけ捨てる意味は分からないが」

「そうですよね。処分するなら全部捨てればいいのに……」


平然と話しているように見えるかもしれないけど、凄く動揺してる。
わたしの正体、両親の正体、何もかも衝撃だけど信じ難いせいか、どこか違う人の話のようで。

今わたしが特に気になるのは、手紙に一切書かれていないお兄ちゃんの事。
エリウッド様はエリアーデさんに兄は居ないと言っていたし、フレイエルはわたしに兄なんて居ないと言っていた。
だけど地球で、日本で、確かにお兄ちゃんは わたし達と一緒に生活していた。

お兄ちゃん、あなたは何者? 一体だれなの。


「エリアーデ……いや、今はアカネか。これからどうする?」

「……エリウッド様、信じるのですか? わたしはアカネでしかありません。エリアーデなんて……その人は別にわたしじゃ……」

「僕は信じている。これで分かったんだ、以前 会った時、僕が君をエリアーデに見間違えた理由が」


そう言えば確かにエリウッド様は、顔も髪の色も瞳の色も違うわたしを、一時とはいえエリアーデさんだと思い込んでいた。
エイベルさん達一家は姿を変えたらしいけど、何というか……魂とか、そういう本質は変わらないのかな。

……あれ? そう言えばエリウッド様だけじゃない。
ケントさんやセーラが、わたしに見覚えがある、みたいな事を言ってたよね。
会った事はないか、とか訊かれた事があったし……。
ひょっとしてあれはエリウッド様みたいに、わたしにエリアーデさんの魂を感じたから?
エリウッド様を見掛けたりして知っていれば、どことなく彼と似たものを感じるのかもしれない。

それを裏付けるかのように、ヘクトル様とマシューさんも、わたしに見覚えを感じていたと教えてくれた。
更にマーカスさんまで わたしに強い見覚えを感じるらしい。
エリウッド様は わたしをようやく会えた従妹だと確信していて、穏やかな笑顔と優しい声音で庇護を示してくれる、けど。


「君が構わないのなら、僕が父上を捜し出して戻るまでフェレに身を寄せていれば良い。その後も、気が済むまでずっとフェレに居てくれて良いんだよ」

「……駄目です。わたし、ある人に命を狙われているから」

「えっ……!?」


わたしはフレイエルの事と、奴を倒す為に一人で立ち向かい、今も行方が知れないお兄ちゃんの事を話した。
エリウッド様はお兄ちゃんの事を覚えていたけれど、だからこそ、兄が居ないはずのエリアーデさんとの差異を感じて違和感があるんだって。

何にせよ、あんなに強いお兄ちゃんが追い掛けて来ないなんて心配すぎるよ。
お兄ちゃんは無事なの?
フレイエルはお兄ちゃんさえ凌駕するほど強いの?
不安で顔を歪めてしまったわたしに、ヘクトル様が横から。


「手紙に書いてあったエリアーデを狙う奴ってのは、そのフレイエルじゃねぇのか」

「分かりません。だけど手紙が本当の事なら、その可能性は高いと思います」


そしてもう一つ、手紙に書いてあった希望を思い出す。

“私達はその男に異世界で殺されかけたのですが、ぎりぎりでこちらの世界へ戻れた為に、事なきを得ました。”

もしエイベルさんとソヴィさんが わたしの両親なら、生きている可能性が大きくなった。
同時にエリアーデさんを狙う男がフレイエルだと仮定した場合、倒しに行った両親が死んでいる可能性も大きくなった訳だけど。
両親は竜に襲われて死んだと思っていた分、生存の可能性を高める情報が増えるのはプラス。


「もしエリウッド様が許して下さるのなら、わたしも旅にお供させて下さい! わたしは本当の事を知りたい。父や母、兄にも再会したいんです!」

「ああ、もちろん構わないよ。命を狙われているというのなら、一所に留まるより転々と旅した方が良いかもしれない。それに僕も、もう一度 叔父上や奥方には会いたいからね。父上だけでなく叔父上達まで連れ帰ったら、母上もお喜びになるだろう」


エリウッド様達はむしろ、今はリキア国内の情勢が不安定だから、それに巻き込んでしまいそうなわたしの方を心配して下さった。
だけど そんな事を不安がっていられない。
今この機会を逃したらきっと、家族を捜しに行くなんて夢のまた夢になる。

正直な話、手紙の内容はまだ信じられない。
お母さんの力で異世界に行ったって、どうしてそんな力を持っているの?
異世界に行くって話だけなら、わたし自身も体験してるから否定はしないけど……。
姿を変えるとか、時間が違うから数十年を過ごしてもこちらでは時間が過ぎてないとか、とても頭から信じる気にはなれない。

でも、何故だろう。
手紙を読んで時間が経つにつれ、どんどん信じられるようになってる気がする。
わたしの中に眠っているエリアーデが、そうさせているのかもしれない。
いや、手紙を信じるなら“別人が眠っている”んじゃなくて、わたしが“自分がエリアーデだという事を忘れている”だけか。

記憶と姿を取り戻せるのだろうか。
取り戻せたとして、その後わたしは、アカネはどうなるのだろう。
不安要素は尽きないけれど、今はエリウッド様のお供に集中しよう。
そうすればいずれ、お兄ちゃんや、お父さんとお母さんに再会できると信じて。




−続く−




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