烈火の娘
▽ 3


話し合いの結果、賊を見過ごそうとしていた兵士の件もあって、サンタルス侯爵であるヘルマン様が居る城へ向かう事に決まったよう。
さてわたしはどうしようと思っていたら、エリウッド様の方から声を掛けて下さった。


「久し振りだねアカネ。ヘクトルと一緒に居たのかい?」

「つい先ほど偶然お会いして、ご一緒させて頂いていました」

「そういやお前、エリウッドに用があるとか言ってたな。こんな時に何だ?」


別に責めるような色ではなかったけど、こんな時、のヘクトル様の言葉に気まずくなる。
けれどこの機会を逃したら手紙を渡せるのはずっとずっと後になりそう。
観念して、お兄ちゃんから受け取った手紙をエリウッド様に差し出した。


「わたしの兄の朱蓮が、この手紙を持ってフェレ侯爵家を訪ねろと言っていたんです」

「君のお兄さん……前にキアランで会った人だね」

「はい。ただ手紙の中身は読むなと言われていて、何が書かれているかまでは分かりません」

「読んでも構わないかな?」

「お願いします。手紙を渡せと言っていたので、大丈夫だと思います」


手紙を受け取ったエリウッド様は、封を開けて中の便箋を取り出した。
一緒に居た初老の騎士さん(先程の会話の中で、マーカスという名前らしい事が分かってる)と一緒に、真剣な顔で手紙を読んでいたエリウッド様。
けれどその顔は、さっきわたしを発見した時とは比べ物にならないほど驚きに染まって行く。
しかもエリウッド様だけでなくマーカスさんまで。
な、何が書いてあったの……?

エリウッド様は便箋を折り畳んで驚きの表情のままわたしを見た。
次は泣きそうな顔になり、ぎょっとするわたしの肩に手を置く。
そして。


「まさか、君が……!」

「な、何が書かれていたんですか?」

「ああ、エリアーデ!」


……エリアーデ?
それって確か、以前にエリウッド様がわたしと間違えた人。
従妹とか言っていたかな。
何だか異様な雰囲気になってしまったわたし達に、ヘクトル様が入り込んで来る。


「おいエリウッド。エリアーデって、あのエリアーデか?」

「そうだよ、あのエリアーデだ! 行方不明の僕の従妹の!」

「あいつがどうしたってんだよ」

「彼女が、アカネがエリアーデだったんだ!」


は、はい? え、何を言ってるんですか?
呆然としているのはわたしだけじゃなく、ヘクトル様も同様。
確か半年以上前……1年前に会った時にそう言っていたから、今から1年半以上前か。
そのぐらいに家族全員で行方不明になった人なんだよね。

どうして。意味が分からない。
わたしがこの世界に来たのは、エリウッド様に間違われた時から3ヶ月くらい前だし、その前は14年間をこことは別の世界で暮らして来た。
そのエリアーデという人が、わたしであるはずが無い。
幼い頃からの記憶もちゃんとあるんだから。

異世界から来た事はさすがに言えないけれど、幼い頃からの記憶はちゃんとあるから、わたしはエリアーデという人ではないと言ってみた。
するとエリウッド様は、手紙を渡して読ませてくれる。
そこに書いてあったのは。


【兄上、エレノア様、エリウッド。お久し振りです。エイベルです。まず何の相談も無く行方を眩ましてしまった事をお詫び致します。私の妻であるソヴィに関する事柄で、どうしても広める訳には参りませんでした】


「エイベルは僕の叔父、ソヴィはその奥方だよ。エリアーデの両親だ」

「実はソヴィ様は、記憶喪失であったために出身地などの素性が一切知れず、エイベル様が周囲の反対を押し切って結婚なされたという経緯があるのです」


エリウッド様とマーカスさんが、わたしが知らない部分を教えてくれる。
ちなみにエレノア様はエリウッド様のお母様の事みたい。
この手紙は、エリアーデって人の父親が書いたもの。
どうしてこんな手紙をお兄ちゃんが持っていたの?


【まず、恐らく私と妻はもう、兄上達には二度とお会い出来ないでしょう。せめて娘のエリアーデだけは守り、いつか帰したいと思っております。そしてこの手紙を読んで頂けているという事は、それが叶ったという事だと信じております。私達の娘エリアーデは、事情があって記憶を消し、姿を変えております。黒い髪と黒い瞳の、アカネという名の少女がエリアーデです】


……驚いて、一瞬だけ息が止まってしまったような気がする。
横から手紙を覗き込んでいたヘクトル様も驚き、ハァ? と声に出していた。
アカネ、って、わたしの事だよね? 黒目黒髪で、名前が同じで。
だけどわたしはエイベルという人もソヴィという人も知らない。
それにずっと日本で暮らしていた記憶があるのだから、記憶なんて消されてないし……。

まだ手紙が続いているので続きを読んでみる。
何だか驚きを通り越して、いっそ笑えて来たかもしれない。


【私達は、とある一つの禁忌を犯してしまいました。もし私達が普通の存在で、普通の出会いをして普通に恋をし、普通に結婚できていたなら。誰に追われる事も命を狙われる事も無く、家族で平穏な生活を送れていたなら。それを強く願い、とうとう妻の力を借りて実行してしまったのです。
私達はエレブ大陸とは全く別にある世界で、人生を初めからやり直しました。時間の位置や流れが違う異世界での生活は数十年にも及んでいます。そこで私達はアカネの両親として、穏やかで平和な日々を生きていました】


意味が分からない。
正確には、文章の意味は理解できるけど飲み込めない。

つまりわたしは元々エリアーデという人で、この世界で生まれたの?
英幸(ヒデユキ)という名前の日本人だった筈のお父さんは、エイベルという名前の異世界の貴族で。
聡美(サトミ)という名前の日本人だった筈のお母さんは、ソヴィという名前の異世界の人で。

……あれ? お兄ちゃんは?


【ですが、無理矢理に時間の違う異世界へ転移した上、住む国に合うよう姿を変えた影響か、私達は いつ元の姿に戻るか、いつ元の世界へ帰らされるか分からない、非常に不安定な状態でした。強制的にこの世界へ帰らされたのは、アカネの14歳の誕生日。これはきっと別世界へ転移したのが、エリアーデの14歳の誕生日だった事が関係していると思います。本当はこうなる可能性も薄々感じていたのですが、娘達には言い出せませんでした。これは兄上達に心配をかけ、身勝手な事をした罰なのかもしれません。ですがアカネにはもう背負わせたくないのです。どうかアカネが、エリアーデが平穏に暮らせるよう力添えをお願い致します。
記憶を消す前にエリアーデが、いつか戻る時に自分だと信じて貰える秘密の言葉があると言い、私と妻だけにこっそり教えてくれました。私達には意味が分からないのですが、エリウッドに見て貰えれば分かると申しておりますので、ここに記しておきます。
 
『日の光は? 昔の思い出。寄せ返す波は? 家族の食卓。風の音は? 父の背中。香る花は? 母の子守歌。薔薇の色は? あなたとわたし』】


「僕が手紙の内容を信じたのは、この秘密の言葉が最大の理由なんだ」

「日の光は?……という文ですね。ひょっとして何か重要な言葉なんですか?」

「いいや、この文章には何の意味も無い」


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