烈火の娘
▽ 2


「もう1年前の事ですからね。若様とカートレーで偶然会った時に……」

「ん……ああ、あの話し掛けて来た後すぐ逃げた女か」

「……あ、まさかあの時の……!」


確かお兄ちゃんと再会する前、ニルスと初めて出会って、敵と戦っていた最中。
マシューさんが誰かと民家で話していた所に割り込んじゃったんだ。
青い髪を後ろへ撫で上げた精悍なお兄さん。確かにこの人だった。思い出せばすぐに分かる。
だけど今は話し込んでいる場合じゃないみたい。
一番後ろに控えていた重騎士の男性が話を遮って来る。


「ヘクトル様、今は話している場合ではないでしょう」

「お、おう、そうだな。まずは野盗どもを蹴散らすぞ! エリウッドを助ける!」

「助ける、ですか。暴れるにはお誂え向きの言い訳ですな」

「……オズインお前、俺をあそこに向かわせたいのか向かわせたくないのか、どっちだ」


エリウッド様の名前が出た二人の会話に疑問符が浮かぶ。
そんなわたしに、マシューさんとセーラが軽く説明してくれた。

彼は、リキア同盟国の盟主であるオスティア侯ウーゼル様の弟、ヘクトル様。
エリウッド様とは幼い頃から交流がある親友同士なんだって。

そしてマシューさんはオスティア家に仕える密偵で、セーラもオスティア家に仕えるシスター。
そういえばセーラ、オスティア家に仕えてるって言ってたような気がする。
しかもマシューさんと知り合いだったのね。
どうやらマシューさんが口止めしていたみたいで、気付かなかった。

今はエルバート様が行方不明の件で、エリウッド様の所へ向かっていた最中だとか。
そして南で起きている戦闘。
マシューさんが偵察した所、間違いなくエリウッド様が居たらしい。
きっとエルバート様を捜す為に旅立ったんだ。
ヘクトル様は斧を構え直しながらマシューさんに告げる。


「マシュー、お前はセーラとその辺に隠れて待ってろ」

「うっ! セーラと……ですか?」

「えーっ! 私も一緒に行きますー!」

「来るんじゃねえ! 足手纏いだ!」

「ひっどーいっ!」


付いて行けない事に不満たらたらのセーラと、セーラと一緒に隠れる事に不安があるらしいマシューさん。
ヘクトル様は……オズイン、とか呼ばれていたかな?
重騎士のあの人だけを連れて賊に向かって行った。
それを呆然と見送っていたわたしの手をセーラが引っ張る。


「もー、ヘクトル様ってば冷たいわね! 仕方ないわ、隠れようアカネ」

「……わたし、ヘクトル様達をお助けして来る」

「えっ!? で、でもあんた……そう言えば魔道士だっけか」

「この1年キアランの魔道士隊で訓練してたから、足手纏いにはならないはず! それにわたし、エリウッド様にご用があるから!」


それ以上は質問や会話を続かせず、引き止めるセーラやマシューさんを振り切ってヘクトル様達の方へ向かって行った。

相手の実力は大した事は無いみたいだけど数が多い。
南の方に騒ぎが一際大きな所があるから、きっとあそこにエリウッド様が居るはずだけど、ヘクトル様とオズインさんの2人では数を減らすのにも一苦労してる様子。
わたしはファイアーの魔道書を構えて火球を放った。


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」


久々の命のやり取りで訓練の成果が実感できる。
詠唱も魔力の蒐集も魔力を炎に変化させるのも、1年前よりだいぶ速い。
放たれた火球は遠距離からヘクトル様を狙っていたアーチャーに命中し、炎の出所へ目を向けたヘクトル様と目が合う。


「お前……」

「わたしはアカネと申しますヘクトル様。セーラやマシューさんには、1年前のキアラン騒動の件でお世話になりました。キアランの魔道士隊で訓練していたので戦えます」

「……ひょっとしたら巻き込まれる事になるかもしれねぇぞ」

「エルバート様失踪の件ですね。どっち道わたし、エリウッド様にご用がありますから」

「そうか。戦力が不足してたんだ、助かるぜ」


これ以上は問答している時間も惜しいと思ったのか、ヘクトル様はそれで納得して戦いを続けた。
重騎士のオズインさんが前に出るけれど、それより軽そうだとはいえ負けじと重装しているヘクトル様も、率先して前に出る。
あんなに体格の大きな2人が一緒に戦っていると、なんか圧倒されちゃう。

やがて賊の数が減り、向こうもこちらへ近付いていたのかエリウッド様がはっきり視認出来る位置まで来ている。
ヘクトル様が走り出し、軽く溜め息を吐いたオズインさんと一緒に追い掛けた。


「無事か、エリウッド!」

「ヘクトル! どうしてここに!?」

「話は後だ。まずはこいつらを片付けちまおうぜ」

「分かった!」


久し振りに見るエリウッド様の顔。
ヘクトル様を認識した瞬間は驚いていた顔が、今は軽く笑顔に見える。
性格は全く違うように思えるけど、本当に信頼し合う親友なんだね。
エリウッド様はわたしに気付いた時の方が驚いていて、取り敢えず、ヘクトル様が仰ったようにお話は後で、と言っておいた。

お互いに頼もしい助っ人が登場して、このくらいの賊相手なら戦力は充分。
賊の親玉と思しき相手を倒した後に増援が出ない事を確認して、エリウッド様がヘクトル様に歩み寄る。


「ヘクトル! まさか君が来てくれるとは……!」

「よぉ。久し振りだなエリウッド」

「どうしてここに?」

「……水くせぇよお前。親父さんを捜すんだろ? だったら俺にも一声かけろよ」

「だがオスティアは今、新侯爵ウーゼル様のもと体制づくりで大変な時じゃないか。侯爵には弟である君の支えが必要なはずだ」

「兄上はそんなにヤワな男じゃねーよ」


表向きは何だかんだ言いつつ自分が動くのを見逃してくれたと、ヘクトル様は少し嬉しそうに話してる。
……見逃してくれたって、まさかお城を抜け出して来たりしたんだろうか。
何だかやりそうな気がして少しだけ笑ってしまった。
やっぱりエリウッド様も頼もしい親友の登場が嬉しかったのか、素直にウーゼル様のご厚意に甘える事にしたみたい。
とても心強いよ、なんて微笑む姿を見ていると、こちらまで微笑ましくなる。

その後オズインさんや、騒ぎの収束を見て追い付いて来たセーラ達もエリウッド様に挨拶する。
話を聞いていると、エリウッド様はセーラとマシューさんを知らないようだけど、セーラ達の方は知っているみたい……別におかしい事じゃないか。
エリウッド様はリキア同盟国の地方を治める貴族の一員なんだし。
それにエリウッド様とヘクトル様が親友なら交流もあるはず。
エリウッド様がオスティアに来た時に見掛ける事もあったかもしれない。

彼らの会話はすぐフェレ侯失踪に関わる件になって、割り込む隙が見当たらない。
ベルンの暗殺団がリキアで不審な動きをしているとか、腕に覚えのある賞金稼ぎや傭兵なんかが失踪しているとか、さっきの賊が、エリウッド様が生きていると都合の悪い者が居ると言っていたとか……。
なんか……本当に一大事なんだ。どうしよう、私用を持ち出せる雰囲気じゃない。


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