烈火の娘
▽ 1


時はエレブ新暦980年。
かつて人と竜が激しく争ったというこの大陸は今、幾らかの軋みはあるけれど穏やかな平和が流れているみたい。
そんな大陸を、重苦しい心を抱えながら南へ進む。
生死を共に分かち合った仲間達から離れ、今は唯一と言える肉親のお兄ちゃんとも離れて独りぼっち。
1年も訓練した後だし、街道が整備されているからキアランへの旅よりは体力的に楽だけど、気持ちの方は、仲間や家族と一緒だったあの頃の方がずっとずっと楽だった。

わたしは今、街道の途中にあった安宿に宿泊してる。
要所要所で宿泊しつつ、お兄ちゃんに言われたままフェレ領を目指しているけど、行ったとして何かあるのかな。
お兄ちゃんは手紙を見せろと言ってたけど、侯爵家を訪ねて相手にして貰えるかどうか……。
1年前のエリウッド様の様子を思い出せば話くらいは聞いてくれるかもしれないと思えるけど、わたし自身も手紙に何が書かれているか分からないから、どうなるかは分からない。
絶対に中身を見るなと言われたのが尾を引いて、手紙内容の確認は出来なかった。

ここはサンタルスという領地みたい。この領地を南へ抜ければフェレの領地。
朝食の固いパンと具の無い粗末なスープを静かに食べていたわたしの耳に、他の宿泊客の声が入って来る。


「1ヶ月くらい前、護衛を連れて北へ向かうエルバート様をこの辺で見掛けたんだよ! 今フェレ領じゃエルバート様が行方不明になってるって噂だろ。あの強そうな護衛達もそっくり消えちまったとなると……、相手はそこらの山賊なんかじゃなくて、余程とんでもねえ連中だろうぜ」

「……」


エルバート様、って、確か。
フェレ領の侯爵で、エリウッド様の父親。会った事は無いけど。
行方不明……しかも1ヶ月も前から?

どうしよう、いくらエリウッド様が親切だったからって、今 素性の知れない小娘一人が訪ねて行った所で、相手にして貰う暇があるかな?
わたし自身も親の行方が知れない身。
全く関わりの無い自分よりも、血の繋がった家族の方を大事にして欲しいと思う。


「(どうしよう、エリウッド様は優しい方だったし、どんな状況でも訪ねて行けば気を使って下さるかもしれない。父親が行方不明なんて大変な時に、そんな事をして頂く訳には……)」


元々、お兄ちゃんがフェレ侯爵家を訪ねろと行った理由が分からない。
あのお兄ちゃんが言うのだからきっと何か意味がある筈だとは思うけど、曖昧かつ不確かであるのも間違いない。
そんな曖昧なもので、今は大変な思いをしているだろうエリウッド様や侯爵家の人達に、気を使わせたり余計な時間を取らせてしまうのは申し訳ないよ。

朝食を終わらせて宿を出た。ひとまずフェレを目指そう。
どうするかは、ちゃんとフェレ領でしっかり情報収集して、出来るだけ正確な情報を得てからにしよう。

この辺りは緩やかな丘陵地帯が続いている。
天気も良くてコンディションは悪くない。
行方の知れないお兄ちゃんの事もあって、ジッとしていると良くない事ばかり考えそう。
早めに出発しよう……と思っていたら、これから向かう方角から妙な騒ぎ。


「……あれ? なんか、戦いが起きてるような……」


格好からして山賊のようなゴロツキだと思う。
関わったらまずい事になりそうだからスルーして行きたいけど、キアランへの旅の最中に、賊の被害で酷い目に遭う人や村を見て来た。
あれを思い出すと完全に放置して立ち去るなんて出来ないや。
せめて領地を守る兵士さんに伝えられないかな。

そう思っていると、近くに小さな砦を見つけた。
サンタルス領の旗を掲げているし、きっと兵が駐屯している場所なんだ。
そう思って近づき、門の近くに立っていた鎧姿の兵士さんに声を掛けてみる。
……あれ? でも見える所で戦いが起きてるみたいなのに、どうしてここの兵士達は何もしないんだろう。気付いてない訳じゃなさそうなのに。


「あ、あの。南の方角で賊が暴れているみたいですよ」

「何だお前は? ……その格好、旅人か。ここはサンタルス領、何が起きようと余所者の知るところではない!」

「えっ……! ど、どうしてですか! あの賊が近くの村を襲うかもしれないんですよ! それに今 戦っている相手だって、放っておくと危ないかも……」

「うるさい小娘だな。……騒がれると面倒だ。殺しておくか」

「!?」


えっ、今 なんて……!?
頭で情報を処理するより先に、兵が槍をこちらへ向けて来る。
まずい、普通に話を聞いてくれると思っていたから、戦う準備なんてしてない!

いつかお兄ちゃんが教えてくれた、相手から目を逸らすなという言葉を忘れていた。
思わず目を瞑ってしまったわたしは、その後で自分の行動が愚かだったと思い出す。
武器や敵意を向けられているのに目を瞑ってしまうなんて……!

でもわたしに痛みや衝撃は訪れない。
代わりに兵士の短い悲鳴が聞こえて、ハッと目を開けると彼は地面に伸びていた。
そしてその兵士のすぐ側に、青い髪のとても大きな体躯の男性。


「賊をほったらかしの上に無防備な女まで殺そうとするのかよ。どうしちまったんだ、ここの領地は?」


どうやら手にしていた斧で兵士を殴って気絶させたみたい。
男性は黒い重そうな鎧を身に付けていて、粗野な印象ながらもどこか高貴さを感じる雰囲気、手にした斧の立派さ、そのどれを取っても只者だと思えなかった。


「あ、あの。ありがとうございました」

「おう、気を付けろよ。っつっても今のは予想も出来なかったよな」


言いつつ振り返った男性。
……あれ? この人どっかで見た事あるような。
しかも何故か彼の方まで、わたしを見て驚いたように目を見開いた。
んん? 助けて貰っておいて何だけど、また何か厄介事?
そう思っていると、背後から懐かしい声が聞こえて来る。


「やっだー! 乱暴〜っ! 暴力はんたーい!」

「あははは、さすがは若様! 兵士が一発で伸びちまった」

「……すぐに力に頼るのはあまり感心できませんな」


よく知っている声だ。最後の男性の声だけは分からないけど。
思わず目の前の男性も忘れて振り返ったわたしの目に飛び込んだ、鮮やかな桃色髪の少女と食えない笑みの男性。
二人もわたしの方を見て、あっ、と声を上げる。


「うっそー、アカネじゃないの!」

「おいおいマジかよ、こんな時にこんな所で」

「セーラ、マシューさん!」


1年前、キアランまでの旅を共にした懐かしい仲間。
満面の笑みで走って来たセーラが飛び付いて来て、わたしは よろけつつも抱き止めて支える。
その後ろからマシューさんが歩いて来て、更に後ろから、助けてくれた人より更に重厚な鎧に身を包んだ男性。
ワレスさんと同じ重騎士だね。


「キャーッ久し振り! 元気にしてた?」

「うん! セーラとマシューさんも元気そうで良かった!」

「何だお前ら、知り合いか。……いや待てよ、コイツどっかで」


助けてくれた男性が怪訝な顔をしながら近寄って来る。
それにしても……本当に大きな人。
背が高いのは勿論だけど、恐らく筋肉で体格が凄く良い。
ちょっぴり威圧されて一歩後退ると、マシューさんがフォローを入れてくれる。


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