烈火の娘
▽ 4


ああ、いつも通りにお兄ちゃんとリンが火花を散らし始めちゃった。
こういう時って『やめて、わたしの為に争わないで!』って言えばいいのかな。

……いや、無理。さすがにそれは恥ずかしい。
セーラだったら躊躇い無く言いそうだなー……とか考えたら思い出しちゃった。元気にしてるかな。
臨戦状態の二人を止められずに見ていると、フロリーナがこっそり近づいて来る。


「アカネ、誕生日だったのね。おめでとう」

「ありがとうフロリーナ。良かったらフロリーナの誕生日も教えてくれない? やっぱり友達だし、ちゃんと祝いたい」

「うん。わたしの誕生日はね……」


一緒に旅した仲間は減ってしまったけれど、こうして今も側に居てくれる。
命を脅かされる事の無いこの時間が、平和で穏やかで、賑やかで楽しいこの時間が、これからもずっとずっと続いてくれれば良いのにな。


……だけど。

その掛け替えない幸せを、自分の方から放棄しなければならない時が来てしまった。


それは15歳の誕生日から更に2ヶ月以上が経ったある日。
部屋で寝ていたわたしを起こしたのは、深夜には場違いなノックの音。
戸惑って返事できないでいると、再度ノックが聞こえた。
こんな時間の来訪者に心霊現象の方を想像してしまい ゾッとしていると、扉の向こうからお兄ちゃんの声が聞こえた。


「おいアカネ、起きたか? 起きてるか?」

「お兄ちゃん……? どうしたのこんな時間に」

「よかった、起きてくれたな。取り敢えず入れてくれ」


部屋に招き入れると確かにお兄ちゃん。
だけどその姿は、旅をしていた時のような旅装だった。
荷物入れと愛用の剣も携えていて、まるで今からどこかへ旅立つよう。
お兄ちゃんは一つ息を吐くと、いつもの軽い雰囲気を潜めて真剣な声音で。


「アカネ、準備しろ。今から旅立つぞ」

「え、え、どういう事……!?」

「覚えてないか? お前がフレイエルに襲われた時、俺、あいつの接近が分かっただろ?」


それってキアラン領に入ってから、ケントさん達と一緒に襲われた時の事だよね。
確かにお兄ちゃんはフレイエルの接近が分かって、わたしを置いて一時的に去ってしまった。
事が終わった後、奴の接近が分かるから次に現れたらリンから離れる、という事で、同行を渋っていたケントさんを説得したんだったよね。

……つまり、今がその時。
リン達を巻き込まない為に、離れる時なんだ……。


「フレイエルがどこか、近くに居るんだね?」

「ああ。すぐ支度しろ、魔道書は絶対に忘れるなよ。引き止められるだろうからリン達には何も言わずに出て行く」

「ま、待って。せめて置き手紙ぐらい残したい。時間ありそう?」

「そうだな……そのくらいなら大丈夫そうだ。分かった、支度は俺がするからお前は手早く書け」

「うん」


心音がうるさくなって行く。
緊張して息が少しだけ荒くなった。
震える手を何とか誤魔化しながら、わたしはペンを滑らせる。


【リン、ごめんなさい。お兄ちゃんがフレイエルの接近に気付いたらしくって、ここを出て行かなくちゃいけなくなったの。どうか黙って行く事を許して。リンがわたしを思いやってくれているように、わたしもリンと皆を守りたい。一緒に旅した仲間や魔道士隊の人達にもよろしく伝えてください。こんな形で別れる事になって本当にごめんなさい。出来ればまた会いたい。生き延びれるように頑張るから、どうかリンも、また会えるまで元気でいてね】



敢えて“さようなら”は書かなかった。
月並みだけど、また会いたいから。
これで終わりになんかしたくないから。

お兄ちゃんが用意してくれた荷物の中身を確認して、キアラン城を後にする。
見張りの人には見つからなくて良かったけど、フレイエルに見つかる可能性があるからまだ安心は出来ない。
城からだいぶ離れた所で行き先が不安になって、お兄ちゃんに訊ねてみる。


「これからどこに行くの?」

「南だ。フェレを目指す」

「フェレって……確かエリウッド様の……」

「覚えてたか。説明の手間が省けた、これを渡しておくぜ」


お兄ちゃんから受け取ったのは、封がしてある封筒。手紙が入っていそうだ。


「中身は見るなよ。大事に持ってろ、絶対失くすな」

「う、うん……」

「街道も道案内もあるから苦労はしないだろうが、フレイエルから逃れなきゃならんからな。出来るだけ急いで、リン達が気付く前にキアラン領を抜けないと……」


そこまで言った瞬間。
お兄ちゃんがわたしを突き飛ばし、まるで以前と同じように、あっと言う間に炎に包まれてしまう。


「きゃあぁぁっ!」

「く、そ、ったれェェ!!」


何とか炎を振り払ったお兄ちゃんは剣を構え、進行方向とは逆を向く。
まさかフレイエルの奴、もう追い付いて……!


「アカネ、先に行け!」

「わたし一人で……!? 嫌よ、お兄ちゃんも一緒じゃなきゃ!」

「我が儘を言うな! リン達にまた会いたいんだろ!? 父さんと母さんだってきっと探してるぞ! 必ずフレイエルを倒して追い付くから、先に逃げるんだ!」

「でも、でも……わたし、一人でどうすればいいの……」

「フェレ侯爵家を訪ねて、さっきの手紙を渡せ! 要所要所に案内もあるから街道に沿って進めば大丈夫だ!」

「……」

「ぐずぐずするな、行け!」

「お、お兄ちゃん……」

「行けッ!!」


有無を言わせない怒鳴り声に体を震わせ、多少よろけながら後退る。
そのまま振り返って一目散に走り出した。
背後から何かが燃えるような音と、焦げるような嫌な臭い。
続いて響いたお兄ちゃんの怒声に怖くて振り返る事も出来ず、わたしは涙を流しながら走り続けた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」


泣きながら、それでも走りながら呪文のように呟いた。
せっかくまた会えたのに、再び離ればなれになってしまう。
あんなに強いお兄ちゃんなら大丈夫、フレイエルなんて軽くやっつけてくれる。
そう思おうとしても、不安が涙と一緒に次から次へと、止め処なく溢れて来た。

……わたしとの訓練の時に見せた、魔法へ正面から突っ込む剛胆さ。
あれをフレイエル相手に発揮しない事を祈りたい。
フレイエルの炎魔法は凄まじかった。温度だけでケントさん達が殺されそうなくらい。
そんな炎に真っ正面からぶち当たったら、魔法耐性の低いお兄ちゃんじゃ……。


「無茶しないで。倒せなくったっていい。逃亡生活になってもお兄ちゃんが死ぬよりマシだよ……!」


すっかり離れてしまい、もう聞こえる筈の無い言葉。
どうしてそれをお兄ちゃんに直接言わなかったのかと後悔しながら、わたしは夜空の下をひたすら走り続ける。

……揺れる体、服の下に何かが触れる感触。
例の持ち主不明の謎のペンダントだと思い出し、同時にもう一つをリンがまだ持っている事に気付いた。

返して貰うの忘れたなあ、なんて今はどうでも良い事を頭の片隅で考え、わたしはフェレを目指して南へ駆けて行った。




−続く−




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