烈火の娘
▽ 3


わたしの事を詳しくは聞いていなかったようで、ハウゼン様は疑問符を浮かべる。
リンは(嘘だけれど)わたしが別の大陸から来た事を思い出したのか、ハッとしたような顔。
そして彼女の方からハウゼン様に説明してくれた。
当然だけど、ハウゼン様だってユーラシアなんて大陸もニホンなんて国も聞き覚えが無い。
しかも いつの間にかこの大陸に居ただなんて怪しいこと極まりないのに、それでも孫娘のリンが信用しているからか、疑わないで聞いてくださった。


「そうか……無事に帰れれば良いが、お互いに寂しかろう」

「覚悟はしているつもりよ。帰る方法が見つかったらアカネを送り出してあげようって。……すごく、本当にすごく、寂しいけどね」

「リン……でも、それでもわたし達ずっと友達よ!」

「当たり前じゃない。これから先 何があっても、私とあなたはずっと友達。約束するわ!」


あまり しんみりした空気は出したくないのだけれど、ついつい泣きそうになってしまった。
リンが覚悟するなら、わたしも覚悟しなくちゃいけないだろうな。
悲しみを抑えて送り出してくれるリンの気持ちを、無駄にしたくはない。
……まあ、帰る方法なんて未だ見当もつかないんだけど、ね。


暫くお喋りしてからリン達と別れ、自主訓練でもしようと訓練所の方へ向かう。
すると途中、何か言い争いのような事をしているお兄ちゃんとセインさんが目に入った。
何事かと近寄ってみると、二人は同様に何かを持っていて。


「セインさん、お兄ちゃんが何かしましたか?」

「おまっ、何で俺がやらかした前提なんだよ」

「アカネさん! 今日も相変わらずお可愛らしくて素敵です!」

「え……あ、ありがとう、ございます……」

「勝手に人の妹を口説くなセイン! お前も照れるなアカネ!」


セインさんは女性なら誰でも口説くっていうのは分かってるんだけど、それでもこんな風に褒められると本気にしちゃいそう。
特にわたしみたいな、恋愛耐性が付いてないのは本当に危ない。
セインさん大丈夫かなあ。いつか刺されたりしないかなあ。

余計な心配は置いといて、二人が何を言い争っていたのか訊いてみる。
また何かお兄ちゃんがキアラン騎士を馬鹿にしたんだろうか?
でも聞いた話は、予想とは全く違うものだった。


「こいつ、俺の特権を横取りしようとしやがったんだ!」

「お兄ちゃんの特権って何よ」

「アカネさん、シュレンの奴あなたの誕生日を独り占めしようとしていたんです! たまたまシュレンが独り言を言っているのを聞いて、あなたの誕生日を知りました。そこで俺は一足先にアカネさんを祝おうかと思って……」

「ちょ、ちょっと待って下さい。わたしの誕生日?」

「確かお前の誕生日って今日だったろ?」

「……あ」


すっかり忘れていたけど、言われて思い出す。
確かにそうだ、今日ってわたしの誕生日じゃない!
ちなみに今はキアラン城を奪還してから8ヶ月ぐらい経ってる。

この世界に来てから今日でちょうど一年なんだね……。
色々な事がありすぎて、もう14歳の誕生日なんて遠い遠い昔の事みたいだ。
感慨に耽っているとお兄ちゃんが一歩進み出て、私に可愛い装飾の袋を渡して来る。
軽く開けて中を見てみると、黒いレースで編まれたリストバンド。
編み込みで綺麗な装飾が入っていて、ブローチのような装飾がなされた3cmくらいの赤い石が付いている。


「去年はちゃんと祝えなかったからな。15歳の誕生日おめでとう、アカネ」

「お兄ちゃん……ありがとう……」


あの日お兄ちゃんは わたしの誕生日を祝う為に部活を休んで、早めに家へ帰ってくれていた。
結局お兄ちゃんに14歳の誕生日を祝ってもらう事は叶わなかったけれど、こうしてまた会えて、無事に迎えられた15歳の誕生日を祝ってくれてる。
それがこの上ない奇跡のように思えて、わたしは泣きそうだった。
最近 涙もろくなっちゃったかなあ。

……と、その様子を見ていたセインさんが騒ぎ始める。


「シュレンお前、兄だからってアカネさん独り占めはずるいぞ!」

「うるせー! 第一盗み聞きなんかしやがって、お前こそ抜け駆けする気だったんだろ!」

「当然。こんな天使のように愛らしいアカネさんがこの世へ生まれて下さった記念日、祝わないなんておかしいだろ。プレゼントまで買って来たんだ!」

「畜生、こういう輩が現れるからアカネの誕生日を黙っていたかったんだ!」

「え、アカネって今日誕生日なの」


突然、お兄ちゃん達のものではない男性の声。
そちらを見やるといつの間にかウィルさんが近くまで来ていた。
で、その後ろにはケントさんも控えていて……。
なんか、怒っているように見えるんだけど……?
それを示すように、セインさんが目に見えて慌て始める。


「セイン貴様、仕事をサボり町まで出た理由はそれか……」

「い、いや、だってアカネさんの誕生日だぞ、これは祝わないと駄目だろう!」

「そうか。お前は自分の不真面目の責任を、女性に擦り付けるというんだな」

「う……」


なんだか修羅場が始まってしまった二人をよそに、ウィルさんが無邪気な様子で祝ってくる。


「そっか誕生日か、おめでとうなアカネ! でも知らなかったしプレゼントも何も用意してないぞ」

「構いませんよ、祝って下さるだけで凄く嬉しいです! それにわたしだってウィルさんの誕生日は知らないですし……」

「だあっ! お前ら和気藹々とするな! アカネの誕生日なんて俺だけ祝えてりゃ良かったのに!」

「へぇ、そういうつもりだったのねー」


不満げなお兄ちゃんの声の後、聞き慣れた声。
その主はリンで、2人で何か話していたのかフロリーナを伴って現れた。
それを見た瞬間お兄ちゃんが不機嫌そうに顔を引き攣らせる。


「来やがったな鬼門……」

「誰が鬼門よ。むしろ鬼門はシュレンの方でしょ、アカネの誕生日を黙ってるなんて」

「訊けば良いのに訊かなかったのはお前だろうが」

「すっかり失念してたの。教えてくれたって良いじゃない」

「嫌なこった。去年祝えなかった分、今年は存分に祝ってやるって決めてたんだ」

「家族水入らずを堪能したいのは分かるけどね、アカネの気持ちは聞いたの? ひょっとしたらアカネは、皆に賑やかに祝って貰う方が嬉しいんじゃない?」


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