烈火の娘
▽ 2


「アカネ」


ある日、城の廊下を歩いているとケントさんに声を掛けられた。


「ケントさん。何かご用ですか?」

「ああ。訓練を頑張って、最近はめっきり実力を付けたと魔道士隊長殿に聞いてな。少し見学させて貰ったが確かな事のようだ。それで君に一つ提案があるんだが」

「提案?」

「本格的にキアラン家に仕えてみる気はないか」

「えっ! わたしがですか!?」


いきなりの提案に驚いて一歩後退ってしまう。
キアラン家に仕えるって……兵士になるって事!?
そりゃあもしもの事があれば戦うつもりではいるけど、本格的に兵士になるっていうのはちょっと、考えた事が無い。

まあケントさんにしてみれば、実力を付けた人が居るのなら引き込みたいよね。
ラングレンの一件でキアランの家臣達は分断し数も減った。
立て直しはそれなりに順調だけれど、以前の状態にはまだ届かないみたい。
でもなあ、本格的に雇われて兵士になるってのもなあ……。

そうして迷っていると、ケントさんが言い難そうに。


「……君は確か、別の大陸から来たと言っていたな」

「え? は、はい……」

「いずれは帰るつもりなのか」

「まあいずれは、帰りたいですね」

「例えば……こちらに居心地の良い居場所が出来たとしても、絶対に帰りたいか?」

「どういう事ですか?」

「だから つまり……その、だな。キアランが君にとって、第二の故郷にしてもいいと思えるほど、居心地の良い場所になれはしないかと」

「……」


んん? ケントさんの言ってる事って、なんか……。
気のせいかもしれないけど、わたしを帰したくないみたいな、そんな。
そんな事を言ってるように聞こえるんだけど……。
あれ? 確かにそういう趣旨の事を言ってるよね?
わたしの自意識過剰な勘違いじゃないよね?
ケントさんにそこまで言わせるほど優秀な人材じゃないと思うんだけど。

それとも、ひょっとしたらケントさんは。


「寂しいんですか?」

「! な、何の話だ?」

「一緒に旅した仲間は結構 居なくなっちゃったし、ひょっとしたらウィルさんやフロリーナも故郷へ帰るかもしれない。その上、わたしとお兄ちゃんまで居なくなったら、一緒に旅した仲間は3人まで減ってしまいますし……」

「……やはり、おかしいだろうか。大の男が」

「いいえ。ただちょっと、意外かなって思えちゃいますね。ケントさんは主君さえ居れば、後は去る者追わず的な感じがするので。大人だからとか、男性だからとか、そういうのは関係ありませんよ」

「参ったな……」


照れ臭そうに苦笑するケントさん。
あ、そんな表情も出来るんだ。また新たな発見かも。

やっぱりわたしの考えは当たっていて、ケントさんも共に旅した仲間との別れを寂しく思っていたらしい。
わたしだけじゃなくて良かった。
他の皆だって、大なり小なりそういう感情はあるよね。
それに、実力のある人物を引き込みたいというのも間違ってないみたい。


「嬉しいなあ。わたし、ケントさんに必要として貰えるくらい、実力を付けられたんだ」

「……アカネ、正直な話をすると私はな、君を見くびっていたんだ。旅に連れて行っても足手纏いにしかならないだろうと思っていたし、君が戦い始めてからも、きっと危なくなれば戦うのをやめる、最悪逃げるだろうと踏んでいた」

「うーん、あながち間違ってないかも」

「そうだろうか。私は、それは過小評価だと後から分かったぞ。君は危なっかしいながらも立派に戦い抜いた。フレイエルに襲われてからは、心さえ強くなっているように思えた。ずっと君に謝らねばならないと思っていたよ。見くびってすまなかった」


頭を下げるケントさんに慌てて、気にしてませんからと告げる。
かつてわたしを足手纏いだと評価していた彼も、今は信じる主君へ一緒に仕えないかと誘う程、頼りにしてくれてるんだ。
嬉しい、すっごく嬉しい! ようやく本当の仲間になれた気がする。

……だ、だけど。
キアラン家に仕えるかどうかの決心はつかないなあ。
やっぱり本格的に兵士になるのは、ただ戦うのとは別の決意が必要だと思う。

ケントさんにそれを告げ、でもいざという時はわたしも戦いますと誓っておく。
彼もさすがに無理強いする気は無いみたいで、助かると言ってくれた。
これで話も終わったと思って、一礼して去ろうとする。
けれどケントさんはそれを引き止めて。


「私は、アカネが故郷へ帰ってしまうのが一番寂しいよ」

「え。ど、どうして わたしが一番なんですか? リンは」

「もしリンディス様が草原へ帰りたいと仰られたら、もちろん非常に寂しいが、主君の決められた事ならば信じて送り出したいと思う。それに同じ大陸だ、リンディス様に必要とされる事があれば、馳せ参じるつもりで居る。しかし君の故郷は遠い別大陸なんだろう。帰ってしまえば再会は難しい筈だ。だから、アカネが帰ってしまうのが一番寂しい」


他意は無いんだろうけれど、男の人にいきなりそんな事を言われたら照れてしまう。
お兄ちゃんは……と思ったけど、ケントさんはお兄ちゃんをライバル視的な意味で敵視してたっけ。
それにわたしは旅の始まりから一緒に居るから、そういう意味で一番なんだろう。

ケントさんと別れてから、帰還の事について本格的に考えてみた。
元の世界には帰りたいけれどやっぱり、そうしたらリン達とは二度と会えなくなるのかな。
それだけがどうしても気がかりで、想像すればするだけ苦しくなる。
元の世界の友達とも会いたいし故郷に帰りたい気持ちは大きいけれど、生死を共にした仲間というのは格別だよ。

更に歩いて中庭に出るとリンとハウゼン様を見つけた。
お付きの人は出来るだけ下がっていて、リンがハウゼン様を介助しながら散歩している。
家族水入らずか、邪魔しちゃ悪いね。

……なーんて思って立ち去ろうとしたらリンに声を掛けられた。
うわああ、さすがに侯爵様がご一緒だと緊張するってば!
だけど当然無視なんか出来ないので、観念して側へ寄る。微妙に距離を開けながら。


「こんにちはハウゼン様、リンディス様」

「もう、アカネったら。私には普通に接して良いって言ったじゃない。あなたは私の客人なのよ」

「い、いやー……ははは……」

「わしに遠慮しておるのだろう。どうか気にせずリンディスの望む通りにしてやってくれ。聞けば以前からの親友も臣下となり、対等な態度の友人が居なくなってしまいそうだと。リンディスには不自由な生活をさせてしまっている事だし……」

「おじい様、不自由だなんて仰らないで。私は……」

「分かっておるよ、お前が嫌々この生活をしている訳ではない事くらい。しかし環境が変わって戸惑う事も多かろう。こういう時に対等な友人の存在は大きい」


ハウゼン様にそう言われてしまっては、態度を元に戻すしかない。
まあ別に嫌な訳じゃないから良いんだけどね。リンもこっちの方が良さそうだし。
誘われて中庭にあるベンチへ一緒に座る。
穏やかな気候の流れは、あの戦いが嘘のように優しい。


「アカネ、といったかな、君は」

「はい」

「君はリンディスが草原で一人過ごしていた頃、共に生活していたそうじゃないか。心強かったと嬉しそうに話してくれたぞ。家族として礼を言わせて貰おう」

「そんな、リンに救われたのは私の方です。私も家族を失って、独りぼっちになってしまった矢先でしたから」

「私もアカネも、頼れるものが何も無い状況だったからね。2ヶ月間お互いに支え合っていたわ」

「良い友人に恵まれたものだ……安心したよ。これからもどうか、リンディスと仲良くしてやってくれ」

「もちろんです! ……あ、でもわたし……」

「どうした?」

「……故郷に帰れる事になったら、もう一緒には居られないかもしれません」


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