烈火の娘
▽ 1


「アカネ、相手から目を逸らすな! そのまま踏み込まれるぞ!」

「はいっ……!」


キアラン城の魔道士隊で訓練を始めてから、わたしの戦いもそれなりになった。
今はお兄ちゃんに提案されて、戦いの訓練をつけて貰っている所。
わたしは魔法に対する耐性がそれなりにあるみたいで、ある程度戦いの基礎と知識と経験を積んだ今となっては、お兄ちゃんみたいに物理攻撃をして来る相手との戦いも学ぶべきなんだって。

でも実際、この訓練に踏み切って良かったと思ってる。
高い耐性を持っている魔法と違って、武器が迫って来るのは相当な恐怖。
最初は怖じ気づいてしまいマトモに対峙する事すら出来なかった。
お兄ちゃんが相手でも怖いんだから、これがわたしの命を狙う敵だったらどうなる事やら。
キアランへの旅の最中は側に仲間が居たから良かったんだけど、今後、一人の時に戦う羽目にならないとも限らないし、訓練で守って貰う訳にはいかない。

今はそれなりに度胸も付いて、少なくともお兄ちゃんや訓練相手には怯まなくなった。
時折リンやフロリーナ、ウィルさん、時間が出来ればケントさんやセインさんも相手になってくれて、それなりに様々な特徴を持つ相手との戦い方も分かって来た。
魔道士隊長さんには褒められる事の方が多くなって、彼は、こんな素晴らしい使い手を指導できた事は誇りです……!
なんて涙ぐんだりしてちょっと大袈裟だ。あんなに熱い人だったのね。

お兄ちゃんが構えを解いた隙に、チャンスだと思ってファイアーの模擬魔法を放つため詠唱する。
詠唱しながら魔力を蒐集するの慣れたなあ。
だけど魔法を放った瞬間、お兄ちゃんは私に向かって突っ込んで来た。
物怖じする事なく正面から炎へ飛び込んで、あっと言う間に間合いを詰めて来る。
対処できないわたしの懐へ飛び込んで来たお兄ちゃんに剣を突き付けられ、ギブアップした。


「降参でーす……」

「ははは! まあ俺みたいな実力者が相手じゃあ無理もねえよ。気落ちすんな!」

「む……。でも魔法に突っ込んで来るのはちょっと違うんじゃない? 今のは訓練用の魔法だったから平気だけど、実戦だと相当なダメージだと思うよ。ケントさんやセインさんだって、わたしの詠唱に気付くと間合いを取るのに」

「おー、なかなか生意気な事を言うようになったなアカネ」

「茶化さないでよ、わたし真剣なんだから」

「確かに俺みたいな魔法の心得が無いタイプは、魔法耐性が低いからな。今みたいに魔法へ突っ込んで行くのは馬鹿のやる事だ。普通は」

「普通は……?」

「……時には命を懸けた決死の突撃をしなきゃならない事もあるだろ」

「あ、そうか」


そこまで聞いて、ふと今のお兄ちゃんを思い返す。
訓練だからとはいっても、やっぱり普通に戦う時の癖が出てしまうもの。
ひょっとしてお兄ちゃんは魔法の耐性が低いクセに、魔法へ向かって突っ込んで行くような無茶を普段からしていたんだろうか。
普段からしていた訳ではなくても、命を懸けた決死の突撃をしなければならないような、そんな目に遭った事があるのだろうか。

お兄ちゃんはこの世界に来てからの事を何も話そうとしない。
わたしも再会した頃に訊いただけで、それ以来自分から訊ねようとした事が無かった。
リンに救われ助けられたわたしとは違って、酷い苦労をして来た可能性もある。
それこそ、魔法に向かって飛び込むような、命を懸けざるを得ない苦労を……。


「お兄ちゃん……いつか絶対にお父さんとお母さんを探し出して、皆で一緒に帰ろうね」

「どうしたよ急に」

「お願い、約束して。わたし今でも怖くなる事があるの。元の世界に帰れるのか、お父さんとお母さんは今も無事に生きているのか……」

「……」

「根拠の無い口約束で良い。大丈夫だって言って。お父さんもお母さんも無事で、いつか必ず皆で帰れるって……!」

「アカネ……」


ついには涙声になってしまって情けないけど、お兄ちゃんの苦労を想像すると苦しくなった。
お兄ちゃんだってわたしと同じ平和な平成の日本に生まれ育って、命のやり取りに繋がる戦いなんかする必要の無い生活を送って来た。
なのにこの世界に来てからは、こんなに強くなるほど戦い、もしくは修行を重ねて来たんだ。
旅の途中、シューターを攻略する時に見せてくれたお兄ちゃんの強さ。
それ以外でも戦いの中でお兄ちゃんは結構な活躍ぶりだった。

変わってしまった。
お兄ちゃんも、わたしも、平和な世界で生きるには過ぎる程の力を手に入れた。
それはリン達 他の皆も持っているものだし、わたし達の世界でも戦いの中に身を置いている人なら、形は違えど持ってるものだろう。
それでも、この世界に来る前のわたし達の生活からはかけ離れていて。

もう戻れないような気がして来る。
それが、酷く恐ろしい。

お兄ちゃんは泣きそうに俯いてしまったわたしの頭を撫でてくれる。
そして変わってしまう前と変わらない、優しい笑顔と声で。


「前にも言ったろ、父さんと母さんはきっと無事だ。見つけた後は元の世界へ帰る方法も探し出して、皆で帰ろう。こんなに強い俺と強くなったお前が一緒に居るんだ、向かう所 敵無しだぜ!」

「……ふふっ。お兄ちゃんって調子に乗り易い所、あるよね」

「おいおい、それを言ったらお前もだろ。魔道士隊長に指導して貰う切っ掛けになった件、忘れたとは言わせねぇぞ」

「いいいいや、あれは忘れてお願い!」


昔みたいにふざけ合って、笑い合う。
お兄ちゃんがそうしてくれるだけで本当に心強い。
いつの間にかわたしから、沸き上がっていた不安は消えていたのだった。


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