烈火の娘
▽ 5


ニニアンを見てもニルスと同じような顔で、考え方は同じみたい。
本人達がここまで言うなら引き留めるべきじゃない。だからリンも送り出す事に決めたんだと思う。
だけどそれでも、こんなにか弱い二人を旅に出すのが、どうしても心配で堪らない。
今まで二人で旅をしていたと言っても、これから先も無事である保証なんて無い。
旅芸人をするくらいならキアランに定住して、近辺で踊りや笛を披露して稼げばいいのに。

……だけど何を言っても2人の決心は変わらなかった。
泣きそうな顔をするわたしに困った笑顔を浮かべて、ニニアンが近寄り、わたしの手を握る。
ひんやりと冷たく感じた気がして、彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。


「あたたかい手……。こんなわたし達を引き留めて下さって、ありがとうございます。助けて下さった皆さんの事、決して忘れません」
「……ニニアン、ニルス」


優しく微笑んだ二人は一礼してわたしの元から立ち去る。
きっと他の人にも軽く挨拶して、そのまま城を出て行くつもりなんだろう。
どうしようも無く呆然と二人を見送っていると、背後からリンの声。


「アカネ。二人は行っちゃったのね」

「うん。わたしが言って良いのか分からないけど、お城に残ればいいのに」

「そうね。私も引き留めようとしたんだけど、二人とも決心は固いみたい。帰りたい故郷でもあるのかな」

「そっか、今は旅してるけど帰る場所だってあるかもしれない。でも心配だよ……」


わたしだけじゃない。
リンも他の皆もきっと、見るからにか弱そうで、更に謎の組織に狙われている二人を心配するはず。
だけれど、どうしても旅立つと決意を固めている人を無理に引き留める事も出来ない。
心配な心を何とか抑えて、きっとまた無事に会えると自分に言い聞かせながら、リンと一緒に二人を見送っていた。


++++++


キアランのお城に来てから一月が経過しようとしている。
ようやく基礎体力作りだけでなく本格的な魔法の訓練も入って来て、きついばかりの印象しかなかった訓練が楽しく思え始めた頃。
気晴らしに近くの街まで買い物に出て来たら、ルセアさんと遭遇した。


「ルセアさん、こんにちは!」

「アカネさん。なんだか妙にお久しぶりですね」

「そうですねー。訓練始めちゃってから、ロクに休日が取れないし……」

「訓練?」

「はい。わたしの魔法を見た魔道士隊長さんに、基礎からなってない! って怒られちゃいまして。今は魔道士隊に混じって訓練しているんです。ルセアさんもこの街で、神父見習いとして修行してるんですよね」

「ええ。ですがそろそろ、旅立たねばならないようです」

「え、ルセアさんまで!? どうしてですか!?」

「……連れが、おりまして。連絡が入ったのです。一緒に行かねばなりません」

「そのお連れさんというのは……」

「申し訳ありません、私が勝手に喋ってしまう訳にはいかないのです」

「そうですか……。一緒に旅した仲間がどんどん減っちゃって寂しかったんです。ルセアさんまで居なくなっちゃうなんて残念だな……」

「またお会いしましょう。あなたには迷いを祓って頂きました。その恩返しもしたいですし」


例え相手が悪人でも殺すことを躊躇っていたルセアさん。
相談されたんだっけ、わたしの人を殺す事に対する躊躇いが激減していたから。
わたし、そんな迷いが吹っ飛ぶほど良い事を言ったつもりは無いんだけど……。
まあルセアさんが満足してるならいいか。

そのままルセアさんとお喋りしながら街を歩き、そろそろ城へ帰ろうと街の出口まで来た。
……と、前方の道を一頭の馬が風を切り駆け抜けて行く。
速くてよく見えなかったけど、長い緑の髪が靡いているのはハッキリ分かった。リンだ。
わたしは慌ててルセアさんに別れを告げると、全速力でリンを追い掛ける。
当然追いつける訳なんて無いんだけど、思い切り大声を上げると反応して止まってくれた。


「リン! リンーーーーッ!! ちょっと待ってーーーーー!!」

「え、アカネ!?」


手綱を引いて馬を止め、常歩でわたしの方へ引き返して来るリン。
ぜえぜえ息を切らしているわたしに、呆気に取られた表情で話しかける。


「びっくりした……街に出て来ていたのね。どうしたの?」

「い、いや。リンの姿が見えたからつい追いかけちゃって。一人でどこ行くの?」

「ちょっと……景色を見に行くだけ。一緒に来る?」

「! うん!」


手を引いて手伝ってもらい、馬に乗るとリンの後ろに跨がった。
掴まっててねと言われ、手を導かれリンの腰に腕を回す。
すぐに馬が走り出し、涼やかな風がわたし達の体を撫でて行った。


「リン、馬に乗れたんだね」

「サカの民は大体乗れると思うわ。生活に必須だしね。私も父さんに教えて貰って……」


そこでリンは言葉を詰まらせ、そのまま黙ってしまった。
ご両親の事を思い出したのかな。ちょっと悪い事きいちゃっただろうか。
沈黙がわたし達を包む。辺りはすっかり夕暮れで、馬は小高い丘をぐんぐん駆け上がる。
やがて丘のてっぺんに着いたわたし達は馬を下りて崖際に近寄った。
眼下にはさっきまで居た街があって、平原の先をぐるりと山が囲む。
その向こうに真っ赤な太陽がぽっかり浮かんで、茜色を作り上げていた。


「うわー、いい景色! あっちの方、サカの方角だよね?」

「そうね。時間が出来た時にはよく一人でここに来るの。……草原なんて見える訳ないのにね」

「リン……」

「キアラン城での生活、嫌いじゃないわ。おじい様がいらっしゃるし、一緒に旅した仲間が居る。フロリーナとも一緒だし、アカネも居るし。だけどね、時々……恋しくなるの。あの噎せ返るような草の匂いや、澄み切った風が」

「…………」

「ふふ、みんなには内緒よ? 余計な気を遣わせちゃう。特におじい様には……」

「分かってる、誰にも言わないよ。二人だけの秘密ね」


微笑み合って、暫く丘の上からの景色を楽しみ、遥か彼方の草原にまで思いを馳せる。
リンと2ヶ月一緒に暮らしていた草原……わたしの、この世界での冒険の始まりの場所。
キアランまでの旅程と、到着してからの生活も合わせると、この世界に来て5ヶ月くらいかな?
長く感じたけれど、過ぎてみれば目まぐるしくてあっという間だった。
キアランでの生活も板についたし、すっかりこの世界の住人になっちゃったかも。

わたしとお兄ちゃん、これからどうなるんだろう。
お父さんとお母さんを探したいけれど、見付かったとしてもその後は?
元の世界に帰る手段なんてあるのかな。

そして、わたしの側に落ちていた荷物……焼け焦げた手紙と謎の魔道書。
そして今もわたしとリンが分けて持っている2つのペンダント。
わたしが持っているのは赤い真円の石で、リンが持っているのは雫の形の青い石。
こっちの方も何とかしないと駄目だよね。でも持ち主なんて見付かるかな?
いざとなったらこっちの世界の誰かに預ければ良いかもしれないけど、あの【黒い牙】という人達が目印に狙ってたみたいだし、無責任かな。

とにかくわたしの願いは、これ以上戦いが起きないこと、そして巻き込まれない事。
わたしは勿論、リンにだってもうあんな危険な戦いに身を投じて欲しくない。
だけど彼女はタラビル山賊団に復讐を誓ってて……難しいかな。
ワレスさんに支えになってくれと言われたけれど、わたしにどこまで出来るか分からない。

わたしはただ、新しく始まったこの日常が、ずっと続いてくれる事を願っていた。




−続く−




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