烈火の娘
▽ 4


「基礎も何もなっていない未熟な方ですが、魔力だけは有り余っているようですね。避けはしましたが訓練用の模擬魔法だというのに、威力がそこそこあった」


隊長さんに指さされた先を見ると、芝生の地面が小さくだけど黒く焼け焦げている。
あれ、本当だ。訓練用の威力の無い魔法だって聞いてたのに。
さっきまでわたしのような小娘に下に見られて怒っていた様子だった隊長さんは、今は目を輝かせてわたしの肩を掴んでいる。
そんなわたし達に周りの残った人達が近付いて来て、セインさんが笑いながら。


「あっちゃー、やっぱりこうなったか」

「“やっぱりこうなった”? どういう意味ですかセインさん」

「魔道士隊長殿は指導者気質の方でして。アカネさんみたいに素質のある方を見れば指導したくて堪らなくなるタイプなんですよ」

「ええー……ちょっとお兄ちゃん、なんて人にわたしの自慢したのよ」

「良かったじゃねぇか、これでお前も基礎から指導して貰えるぞ! お前 魔力だけはあるけど、戦い方なんて独学かつ行き当たりばったりだろ?」

「……え? まさか最初からこうなるのを見越して……!?」


聞けばお兄ちゃん、兵士達の訓練を見学していて、この魔道士隊長さんに目をつけたらしい。
その指導者気質を見抜いて、これなら戦わせればわたしの状態に気付き指導してくれるようになるんじゃないかと。
普通にお願いしなかったのは、何の接点も無い素性も知れないただの小娘を頼んだって、引き受けてくれるとは思えなかったからだそう。
まず見下して相手の負けん気を刺激してから戦いの場に引っ張り出す……。
そんな手の込んだ事しなくてもリンにお願いすれば一発だったような気もするけど、今までのお兄ちゃんの態度からしてリンには頼みたくなかったのかもしれない。

それにしても、わたしまで調子に乗っちゃったのは確かなんだよね。
ほんと何であんな図に乗っちゃったんだろう。
ここまで生きて来られたから自信が付いちゃったのかな。
自信が付くのは良い事だろうけど行き過ぎは良くない。もっと自分を戒めなきゃ。
と思っていたら相変わらずニコニコのお兄ちゃんが。


「っつー訳でリン、今日からアカネも魔道士部隊で訓練するけど良いよな!」

「アカネが良いなら私は構わないけど、あなた達の立場は変わらず客人よ」

「おー心配すんな、今の好待遇を自分からポイ捨てする気は無いから。じゃあしっかり訓練に励めよアカネ。お前の為になるんだからサボるなよ?」

「……はぁい」


実の所を言うときつそうだから嫌だったんだけど、この世界が危険な場所なのは確かだし、基礎がなってないならいつか足下を掬われる可能性がある。
出来ればもう戦いたくない。だけどいずれお父さんとお母さんを探しに行きたいし、そうなったら旅に出る必要があるから……実力をつけるに越した事は無いよね。

そしてその日から、わたしは魔道士部隊の人達と一緒に訓練する事になった。
とは言ってもまずは体力や筋力作り。
サカから旅して来たから日本に住んでた頃より体力はついてるけど、お城の兵士達や一緒に旅した仲間達に比べるとまだ足りない。
そんな中で嬉しい事と言えば、基礎訓練は新米の天馬騎士と行うから、フロリーナと一緒に訓練できる事だ。
体力作りの基礎訓練を行った休憩時間、訓練所 端の木陰に寝転びながら、隣に座るフロリーナと話す。


「あーっ、疲れたー! 隊長厳しいよ、フロリーナは大丈夫?」

「うん。きついけど、私もっとリン……リンディス様のお役に立ちたいから。早く一人前になって、リンディス様を側でお守り出来るようになりたいな」

「……すごいよね、フロリーナは。人生の目標っての持ってるんでしょ? わたしにはまだそんなの無いからなあ。将来ほんとどうしよう」

「アカネは、大人になったらなりたいものとか無かったの?」

「あんまり考えたこと無い。小さい頃はそれこそ普通の女の子みたいに、お花屋さんになりたいとかお菓子屋さんになりたいとか思ってたけど、それって“単なる夢”でしょ。目標って意味での夢とは全然違う」


今はこの世界を生きるのに必死で、あんまり考えられないのかもしれない。
取り敢えず目下の目標には、お父さんとお母さんを探し出す事があるけど。
そうなったらお兄ちゃんと2人旅かな。リンもハウゼン様が快復して心配事が無くなったら、もしかすると着いて来てくれるかもしれない。
あ、そうしたらフロリーナも一緒で……お兄ちゃんとわたしとリンとフロリーナで旅?
ふふ、楽しそう。

そうして2人で涼やかな風に身を任せていると、ふらふらとした足取りでウィルさんが。
こんにちはー、と声を掛けるとこちらに歩いて来た。


「……やられた。ワレスさんすっごい無茶なもの残してた」

「ワレスさんが? 一体何を……」

「『兵士強化マニュアル』ってやつだよ! 全速力で領地一周とか無理だろ!」

「えええ!? そ、そんなのやらなくちゃいけないんですか!?」

「もちろんナシだよ、ケントさんもそう言ってたし。でもそれ以外もきついのなんのってさ。アカネとフロリーナは別枠だろ? おれもそっち行きたい……」


ウィルさんは男の人だから女しかなれないペガサスナイトは無理だし、魔力も無いみたいだから魔道士にもなれないのは分かり切っている。
それにしてもワレスさんが言ってた『兵士強化マニュアル』、そんなに恐ろしいものだったなんて。
領地一周以外にも無茶な訓練が書いてありそう。
ウィルさんには悪いけど、魔道士で良かった、と心の中で息を吐いておいた。


++++++


わたしが魔道士に混じって訓練を始めてから数日。
お城の中をうろうろしていると、ふと、通りかかった部屋から知った声がした。
行儀が悪いけれど思わず聞き耳を立ててみたら、ニニアンとニルスがリンと話している声。


「……そう。残念だけど、決心が揺るがないなら仕方ないわ。どうか気を付けて、困ったらいつでも訪ねて来て良いのよ」

「ありがとうございます。リンディスさま、お世話になりました」


……ニニアン達も行ってしまうんだ。
また一緒に旅した仲間が減ってしまう寂しさが胸を締め付ける。
ニニアンとニルスは旅芸人だし、定住してない分、またいつ会えるのか分からない。
部屋の中からこちらに向かって来る足音が聞こえたので、わたしは少し扉から離れて二人の退出を待った。
すぐに扉が開き、わたしに気付いた二人が少し驚いた顔でこちらを見る。


「アカネさま……」

「アカネさん聞いてたの?」

「ごめんね二人とも。通りかかったら声が聞こえて、話きいちゃった。もう城を出て行っちゃうの?」

「はい……怪我もすっかり良くなりましたし、これ以上お世話になる訳には……」

「ぼく達、変な集団に狙われてたでしょ? 迷惑かけちゃうかもしれないからね」

「尚更心配だよ! それに命を狙われるならわたしだって、フレイエルに狙われてるんだから立場は一緒じゃないの!」


そう言っても二人は首を横に振るばかり。
でもわたしと二人と何が違うと言うんだろう。わたしが良くて二人が駄目な理由が無い。
素性が知れないのも狙われているのも同じ。
戦えるか戦えないかの差があると言っても、リンはわたしとお兄ちゃんを客人扱いしているし、訓練しているのはリンにとっても想定外の事のはず。
それを二人に伝えると、少し辛そうに顔を歪め……だけれど主張は変えない。
いつもの快活さを潜めたニルスが、寂しげな笑顔で静かに告げる。


「違うんだ、ぼく達とアカネさん達は。だからダメなんだよ」

「何で……わかんないよ、わたし達もニルス達と一緒だよ!」

「ううん、違うんだよ。詳しくは言えない。だから聞かないで、どうかぼく達を見送って」


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