烈火の娘
▽ 3


え、あ、うそ、あれ? いやわたし、そんな、自惚れなんてするつもりじゃ……。
あああああ! ケントさんの顔がハッキリと笑顔になったぁぁ!


「随分と自信満々じゃないか。是非とも我が城の精鋭部隊と戦って欲しいな。よし、後学の為に我々も見学へ行く事にしよう」

「おおおおおっ、さすがアカネさん! 華麗に舞って華麗に勝つのですね!?」

「いや、ごめんなさいごめんなさい! 違うんです、誤解です、自惚れるつもりじゃなかったんです! わたしはまだまだ未熟なヒヨッコだって分かってますから! 今のは心神喪失状態で放った寝言です!」


慌てて否定しても受け入れて貰えず、ケントさんにずるずる引きずられながらわたしは兵士達が集う訓練所へと連れて行かれる。
向かった先は城壁に囲まれた広場のようになっていて、まばらながら人が集まりざわざわしている。
視線の先には何やら口論しているお兄ちゃんとリン、その近くでおろおろとしているフロリーナ。
わたしは既に抵抗を諦めたためケントさんには引きずられておらず、彼らの元へ小走りで駆け寄る。


「どうしたのリン、お兄ちゃん!」

「アカネ! シュレンの言う事なんか気にしなくていいわ、早く立ち去りましょ」

「え?」

「おーっとそうはいかねぇぜリン! アカネ、お前ならやってくれるよな?」

「え? え?」


一遍に2人から詰め寄られる形になって、上手く返答が出来ない。
というか何の話をしてるんだろう2人とも。
訳が分からなくてフロリーナに視線を移しても、彼女は小さく首を横に振るだけ。
事情を知っているのはお兄ちゃんとリンだけって事か。


「待って、何の話してるか分かんない! ちゃんと説明してよ!」

「シュレンったら魔道士部隊に喧嘩売って、あなたを戦わせようとしてるのよ! そんな馬鹿げた事しなくていいんだからねアカネ。第一、喧嘩を売ったのはシュレンなんだからシュレンが戦うべきでしょ!」

「残念だな、俺はアカネの魔法の方が強いって言ったんだぜ。戦うべきなのはアカネだろ、第一俺、魔法なんて使えないしな!」

「……お兄ちゃん?」


ちょ、なんて事してくれたのこれはさすがに酷いと思うよ。
わたしが訓練を重ねて来た兵士に勝てる訳ないじゃないの。
……さっきケントさんに言っちゃった事はノーカウントで。
なんて思っていたけれど、セインさんという予想外な所から爆弾が落とされた。


「リンディス様、先程アカネさんは自信満々なご様子でしたよ! 手加減すれば大丈夫とか、負ける気がしないとか! きっと華麗に戦って下さるに違いありません!」

「ちょっとセインさん、話を盛らないで下さい! わたしが言ったのは、わたしの魔法の威力をケントさんは知っているだろうから、わたしに勝てるとは思ってませんよね、って……。 ……あ」


しまった。訂正しようとしたのにセインさんの言葉と変わらない事になっちゃった。
わ、うわ、少し離れた所に居るローブの集団がこっち睨んでる!
あの人達が魔道士部隊の人達!? ごめんなさい誤解です、本当は思ってません!
お兄ちゃんは得意げな顔をしているし、リンとフロリーナは心配そうな顔で見て来るし。

わたしが不用意に馬鹿な事を言っちゃったせいでリンにも迷いが生まれ、それに加えて魔道士部隊の人達からも挑戦を受けてしまい逃げられなくなった。
お兄ちゃんは、頑張れよ〜なんて言いながらニコニコ笑ってるし……もうっ!

噂を聞き付けたのか兵士さんの野次馬が集まって来る。
なんて大事になっちゃったんだろう。お兄ちゃん後で埋め合わせしてよね。
使用武器は初級魔法のファイアー、を、模した訓練用の魔法。
魔道士隊長である男性と向かい合って構えた瞬間、妙な違和感がわたしを襲った。

あれ? なんか変だな。
武器が練習用の模擬魔道書なのを差し引いたとしても、今までの実戦と全く違って感じる。
命のやり取りをしないから……じゃない。むしろ今までの実戦より緊張感が増してる。
まあ周囲に見物人が沢山居るから緊張してるんだろうなと自己完結した。


「えっと、お願いします……」

「こちらこそ。リンディス様のお客人だとしても手加減は致しませんよ」


……怒ってるのかな、雰囲気的にそんな感じがする。
そりゃあこんな訓練もしてない小娘に、自分の方が強いとか言われたら怒りもするよね……。
審判役の兵士さんの合図で、隊長さんと同時に魔道書を構えて詠唱を開始した……瞬間、今までの実戦とは違う妙な違和感の正体に気付いた。

居ないんだ、誰も。
今までの戦いは命のやり取りだから緊張の連続だったけど、わたしの側にはいつも仲間が居た。
普段はリンの側に居て、お兄ちゃんと再会してからはお兄ちゃんが居て。
危なかったのはフレイエルに襲われた時だけど、あの時も弱っていたとはいえ わたしの側にはケントさん・セインさん・マシューさんが居たし、最後のラングレンとの戦いだってリンと二人で協力した。

だけど今、わたしの味方について戦ってくれる人は誰も居ない。
それは魔道士にとって致命的な、詠唱中の隙を攻撃されるという可能性が激増する。
隊長さんは魔道書片手に素早く詠唱を開始した。


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」

「(は、速い……)」


ただ単に詠唱が速いだけじゃない、体内の魔力を安定させるのも、それを放出させるため一所に集めるのも、集めた魔力を炎に変化させるのも、わたしとは段違いで速い。
あれだけ早く構築できたら一人でも充分に戦えるよね、すごい……。
わたしも数歩遅れて魔法の炎を発動させるけれど、相手に向けて飛ばすより先に向こうから小さな火球がわたし目掛け向かって来ていた。
すぐこちらも火球を飛ばして避けようとするけれど、飛ばした瞬間、避けようとした体がぐらりと傾ぐ。


「うわっ!?」

「アカネ!」


わたしの名前を呼んだのはリンみたい。
傾いだ体は倒れずに済んだけれど、結局避けられなくて火球がまともに当たってしまった。
訓練用だからちょっと痛いだけで怪我なんてしない。
……けど悔しい、わたしが放った火球はいとも簡単に避けられちゃった。


「うう、次は当ててやる……」

「重心が悪い!!」

「ひっ! え、え?」


体勢を立て直していると、突然隊長さんから罵声が飛んで来た。
急な事だったから驚いてしまい、ビクリと体が震えて間抜けた声を出すしか出来ない。


「魔法を放つ時の衝撃で体勢が不安定になっています! そもそもの姿勢や重心が悪い。だから今、私の火球を避けられなかったんですよ!」

「え、あ、はあ……」

「体力も筋力も少ないから体を支えられていない。魔道士だから鍛えなくて良い訳ではありません、最低限、魔法の衝撃に耐えうるフィジカルが必要なのです。あなたにはそれが無い!」

「………」

「そもそも基礎がなっていないではありませんか! 詠唱してから魔力を蒐集するのではなく、詠唱しながら蒐集するのは常識です! 今のあなたでは戦場で隙を突かれてしまう!」


なん、で、わたし、公衆の面前で説教されてるんだろう。
だけど隊長さんの説教は実用的な事ばかりなので、嫌がらせでないのは確かだと思う。
っていうか勉強になるなあ。なるほどなるほど……。

もうお互いに突っ立ったまま、隊長さんはくどくどとお説教+アドバイスを続け、決闘になるかと思っていたわたし含む野次馬達も呆然としている。
やがてこれ以上は進展しそうにない雰囲気を感じ取ったか、一人一人と姿を消し、後に残ったのはわたしと隊長さん、帰る訳にいかない魔道士部隊の人々、リン・お兄ちゃん・フロリーナ・ケントさん・セインさん・ウィルさん。
一頻り喋り終わった隊長さんはわたしの方に歩いて来て、肩を叩いた。


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