烈火の娘
▽ 2


傭兵業の関係か、連絡先を書いた名刺のような紙を持っていて、それを渡して来るエルク。
貰った瞬間にセーラがエルクを呼ぶ声が聞こえて、じゃあまた、と小さく言った彼は踵を返して去って行く。
二人の姿を暫く見送っていたら、背後からガシャガシャと鎧のぶつかる音。
あまり長く一緒には居なかったけれど、仲間内では目立つ音だったからすぐに分かる。
重厚な鎧を纏った重騎士のワレスさんだ。


「あれ、まさかワレスさんも行っちゃうんですか?」

「うむ。久しぶりに戦ったら血が騒いでな。ブランクもある事だし、暫く旅して勘を取り戻して来よう」

「少しの間でしたけど、とっても心強かったです。また戻って来られるんですよね?」

「無論そのつもりだ。戻って来る頃に『兵士強化マニュアル』で騎士隊がどれだけ鍛え上げられているか、実に楽しみだのぉ!」


ヌハハハハッ! と豪快なワレスさんの笑いは、こちらまでつられて笑いそうになる。
でも兵士強化マニュアルって何なんだろう? ワレスさんが作ったのかな?
兵士の人達はそれで特訓してるんだろうか。
ワレスさん鬼教官って感じで厳しそうだから、きっとめちゃくちゃキツいんだろうな……。
なんて他人事な心配をしていると、急にワレスさんが真剣な顔になって、声を潜めて来た。


「アカネよ。一つお前に頼み事がある」

「え? わたしにですか?」

「ああ。……リンディス様の事だ」


リンの事。
それを聞いたわたしも思わず真剣な表情になる。
ワレスさんはリンのお父さんと友人だったみたいで、リンから事情を聞いたそう。
そしてリンが、部族を滅ぼしたタラビル山賊団に復讐しようとしている事も。


「憎み恨む事も、寂しい思いをしたあの方には必要だったのかもしれん。しかし憎しみの力は、過ぎれば心を歪めてしまいかねない。わしは……あの方の澄んだ心が歪み切ってしまう事が惜しくてならんのだ。リンディス様には是非とも、幸せになって頂きたい。あの方の心が堕ちてしまわぬよう気を使ってくれんか」

「……どうしてそれを わたしに? わたしよりもケントさん達に言った方が……」

「この数日お前を見ていて思った。リンディス様はお前に対して、他の者と違う気持ちを向けておられる。聞けばお前も家族を喪い、草原で一人だったリンディス様と共に暮らしていたらしいな」


ワレスさんの言わんとしている事は分かった。わたしも以前 思った事だ。
リンはきっとわたしに対して、他の仲間達とも、昔からの親友であるフロリーナとも違った感情を持ってる。
そして自覚は薄いけれど、わたしもリンは他の人と違う感じがしている。
家族を喪い2ヶ月を一緒に過ごして……傷の舐め合いと言われればそれまでなんだけど、わたしは独り寂しく暮らしていたリンの心をこじ開けて割り込んだ。
寂しさを埋め合って励まし合いながら2人で生きた。
たった2ヶ月だけれど、理不尽に家族を奪われ絶望していたわたし達には充分な期間だった。

だけど心が堕ちないようにって、復讐しないように止めろって事?
わたしは お兄ちゃんが生きていたから、お父さんとお母さんも生きているかもしれないと希望が湧いた。
だから気持ちは薄れかかっているけれど……それでもあの竜には恨みがあって、機会があるなら復讐したいと今でも思っているのに。止める事なんて出来ないよ。
それを素直にワレスさんへ伝えると、彼は神妙な顔で一つ息を吐く。


「わしにそれを止める権利など無い事は知っている。だが、リンディス様やお前のような年若い者が憎しみに駆られている姿は、何とも痛々しい。何より両親がそれを望むと思うか? 引き返せなくなってからでは遅いぞ」

「それは……」


お父さんとお母さんは、きっと望まないと思う。
それにワレスさんの言う事だって分かる。
誰かや何かを守る等という理由ではなく、恨みや憎しみだけで殺しを行ってしまったら、きっとその時こそ本当にわたしは戻れなくなってしまう。
平和な平成日本の生活に、家族や友人達との平穏な生活に。
いつかお父さんお母さんと再会した時、そこに居るのは最後に別れた時とは違うわたしになってしまっている。
……そんなの、イヤだなあ……。


「難しい頼み事をしてすまんな。だがやはり、どうしてもリンディス様が心配だ。お前の行動に沿う範囲でいいから、リンディス様のお側に居る間はあの方が心を壊してしまわんように支えて差し上げてくれ」

「……分かりました。難しいとは思うけど、出来る限りの事はします」


正直な話をするとあまり自信は無かったけど、それでもはっきり答えたわたしにワレスさんはお礼を言い、そのまま城門を出て旅立って行った。

後、旅立つのはマシューさんとラスさんの筈だけど、暫く待っていても一向に来ない。
ひょっとしたらまだ城に居るつもりなのかもしれないと思ったわたしは、城門の側から離れると城の方へ戻り、彼らの行方を探してみる事に。
何となく兵士達の詰め所の方へ行ってみると、ウィルさんに出会った。


「ウィルさん こんにちは。突然ですけどマシューさんとラスさん見ませんでした?」

「アカネか。実はラスさん城に着いてからすぐ居なくなっちゃって、マシューさんも今朝早くに城を出て行ったらしいぞ」

「ええ!? 見ないなあとは思ってたけど……。わたし、挨拶も何もしてない!」

「リンディス様さえ何も聞いてなかったらしいからな。あーあ、おれラスさんにサカ流の弓術習ってみたかったのに」


リンにさえ何も言わずに出て行っちゃったんだ……。
呆気なかったなあ、また会えるかな?
ラスさんはサカに帰れば会えるかもしれないけど、マシューさんは流れの盗賊みたいだし、セーラの自信満々な言葉を思い出してもまた会えるような気がせず、小さな喪失感が胸に生まれる。
一言くらい言ってくれてもいいのになー、と、文句というよりも寂しい気持ちで言っているだろうウィルさんに同調していると、ケントさんとセインさんがやって来る。


「アカネ、ここに居たのか」

「ああっ、今日も可愛らしいお姿ですアカネさんっぐふっ」


武器を振り上げたケントさんは、セインさんを一瞥もする事なく柄を正確に命中させる。
何でもない顔でこちらを向いたままだったからちょっとビックリした……。
もうプロって感じだね、さすがケントさん。
っていうか、『ここに居たのか』って事はわたしに用かな。


「何かご用ですか?」

「ああ、どうやらシュレンが城の魔道士部隊と口喧嘩をしたみたいでな。口論の末、アカネの魔法は城の誰よりも凄いと言ってしまったが為に、君を探してるようなんだ」

「……あの、それ、わたしに魔道兵士と戦えって事ですか?」

「そうなんじゃないか?」


相変わらずの何でもない調子……っていうか少し笑顔?
やだ何かケントさん怖い。普段通りなのに威圧感がビシバシ出てるような気がする。
以前からリンに乱暴な口を利いていたお兄ちゃんを、ケントさんは良く思ってない。
とは言っても本格的に嫌っている訳ではなく、ライバル的な感じみたいだけど。
そしてお兄ちゃんは、キアランの魔道士部隊よりもわたしの方が強いと言ってしまってて……。

……ああ、間接的にキアランを下に見たって事になるのかな。
だからキアラン家に仕える騎士であるケントさんは怒っていると。
もちろん“怒っている”というのは本格的にではなく、ライバルを打ち負かしてやる的な感情だろうけど。


「別に殺し合えって訳じゃないですよね? それなら手加減すれば大丈夫か。ケントさんもわたしの魔法の威力ご存知ですし、わたしに勝てると思ってる訳じゃない、です、よ、ね……?」

「………」

「あ、あれ、え……?」


……あれ? 今わたし自惚れた? 自惚れた気がする。
『手加減すれば大丈夫か』『わたしに勝てると思ってる訳じゃないですよね』って……。
訓練を重ねて来たキアランの魔道士部隊より自分が強いって、言っちゃった、気がする。


*back next#


戻る

- ナノ -