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リンがラングレンを倒した翌日。
毒に蝕まれて病に臥せっていた侯爵様の容態は、見違えるように良くなったそう。
きっとリンのお陰だと言わなくても皆が分かってる。
侯爵のハウゼン様がリンと付き人に支えられながら起きて来て、一緒に戦った仲間達に改めてお礼の言葉を述べられた時は、何だか胸がいっぱいになって泣きそうになってしまった。
彼女が家族と再会できて本当に良かった……。
リンは草原には帰らず、キアランのお城に残る事にしたみたい。
せめて侯爵様が元気になるまで傍に居るつもりらしいけど、キアラン家を継いだりはしないのかな?
公爵様、他にお子様とか居ないみたいだし……お家断絶になるんじゃ?
お兄ちゃんに訊ねてみたら、それは俺達みたいな部外者が口を出す事じゃない、って窘められてしまった。
まあ確かに、リンは草原に居るのが似合っているとわたしも思う。
部族の人達は居なくなってしまったけどラスさんとも知り合えたし、今なら草原に帰っても独りぼっちって事は無いよね、きっと。
リンが草原へ帰る事になったら、わたしはどうしよう。
彼女と離れたくないけど、お父さんとお母さんを探しに行きたい。
城の廊下の窓から外を眺めながら、先の事を考えて溜息を吐いた。
そしたら背後から急に声を掛けられて驚いてしまう。
「どうしたのアカネ」
「わっ! ……びっくりした、リンか。あ、様付けで呼ばなきゃだめかな」
「やめてよアカネまで。さっきフロリーナがね、侯爵家に雇われて臣下になったんだからって、私の事を“リンディス様”なんて呼ぶようになったのよ。しかも敬語まで!」
「えぇ、フロリーナが? ……だけど臣下になったんなら仕方ないかも」
「そうなのよね……雇われたフロリーナが私と普通に接してたら、怒られるのは彼女だし。下手をしたら不敬だって城を追い出されるかもしれない。一緒に居る為には我慢するしか無いわ。だから私、せめてアカネとシュレンの事は客人として扱う事に決めたから」
「い、良いのかな。一番素性が知れないのに」
「いいの、もう決めた。アカネとシュレンは何も気にしないで、私に対してはこれまで通りに接してね。……まあシュレンには言う必要ないかな」
確かにお兄ちゃんなら、何を言われようがリンには対等に接しそうだよね……。
それにしてもリンは侯爵家のお姫様な訳で、わたしとお兄ちゃんがその客人って。
なかなか凄い立場になっちゃった気がする。
ウィルさんも故郷に帰らずキアラン家に雇われて、弓兵隊で頑張るらしい。
ケントさんは騎士隊隊長、セインさんは副隊長に任命されて大出世。
ワレスさんは……まだ何も聞いてないけど、元キアラン騎士みたいだし多分残るんじゃないかな?
ルセアさんは城を出たけれど近くの街で修行しているみたいだし、ニルスとニニアンはもう少し城に残るみたい。
だけれどそれ以外の人は皆、各々の目的地を目指してキアランを後にする。
寂しくなるなあ……。
キアラン城奪還から3日経ち、リンは対外的にも正式に公女と認められた。
もうキアランに関して心配事は無くなって……出て行く人達は出発する事にしたみたい。
去って行く人達に会えないかと城門の近くでうろうろしていると、最初にドルカスさんに会った。
「ドルカスさん! ナタリーさんの所に帰るんですね?」
「ああ……報酬も得たしな」
「そうか、ナタリーさん足が……。早く快くなると良いですね。……あの、ナタリーさんに改めてお礼の伝言をお願いできますか? あなたのお陰で、自分が出来る事を実行できるようになりましたって」
「分かった。必ず伝えよう」
相変わらずの言葉少なだけれど、表情の変わり難い顔を少しだけ笑顔にして、ドルカスさんはナタリーさんの待つベルンへ帰って行く。
その姿を暫く見送っていたけれど、彼の姿が見えなくなる寸前、誰かが飛び付くような勢いで背中から抱き付いて来て前に倒れそうになる。
驚いたけれど同時に上げられた声に、振り返らなくても誰だか分かった。
「やっほーアカネ、元気〜?」
「セ、セーラ!」
「なによ一人でこんな所に居て。あ、私を見送りに来てくれたのね! やっぱり私が居ないと寂しいわよね〜分かるわ〜」
相変わらずの言動に苦笑してしまうけれど、彼女の言う通りだったので反論はしない。
自信過剰気味できつくなりがちな彼女の言動も、もう聞けないと思うと寂しくなるな。
セーラの後ろからは疲れたような表情のエルクが足取り重く歩いて来た。
そういえば彼、セーラに護衛で雇われたんだよね。
「二人とも、オスティアって領地を目指すんだよね。そこに住んでるの?」
「僕は違う。北のエトルリアって国に住んでるんだ。早く仕事を終わらせて帰りたい」
「エルクったら素直じゃないのよね、私と離れるの、寂しくってたまらないくせに!」
「……ね、これだよ」
ますます疲れた顔になって溜め息を吐くエルクには悪いけれど、二人のやり取りは笑いを誘って良いコンビだとしか思えなくなる。
でも、離れたら次はいつ会えるんだろう。
わたしの元居た世界みたいに交通手段が発達してないから、会おうと思ったって簡単に会えない。
下手をしたらこれっきり、なんて事にもなりかねなかったり……。
そう考えていたら、セーラ達だけじゃなく他の皆とも もう会えない気がして来て、気が付けばわたしは ぽろぽろと涙を零していた。
ぎょっとしたセーラとエルクが慌てた声を掛けて来る。
「ちょ、ちょっとアカネ! やだ泣かないでよ!」
「だ、って、もしかしたら、っ、もう皆に会えないかも、って……!」
「アカネ……。成り行きで仲間になったけど、こうなると僕も寂しいよ」
「エル、ク、も?」
みっともなく しゃくり上げながら途切れ途切れの言葉を発してしまう。
だけどエルクは優しく微笑んで、わたしの頭を軽く撫でてくれた。
セーラが、ちょっとー私と態度違くない? なんて不満げに言っていたけれど顔は笑顔で。
しょうがないなー、なんて言いたげな溜息を吐いて、わたしの手を両手で握った。
「幸運の女神セーラ様が保証するわ。また会えるわよ、絶対にね!」
「……ほんと?」
「この私が言うんだから間違いなし!」
自信満々なセーラの言葉が、頼もしい支えとなってわたしの心を引っ張り上げてくれる。
エルクもこの時ばかりはセーラの言葉にうんざりしたりせず、優しげな目を向けていた。
見送りに来たのに すっかり二人に元気付けられちゃったなあ。
また会うまで元気でね〜、なんて笑って手を振ったセーラにこちらも同様にして、足取り軽く城門の方へ向かう彼女を見送る。
……と、少し先まで進んでいたエルクが立ち止まり、振り返った。
「エルク?」
「アカネ、君、確か文字の読めない魔道書の事を知りたがっていたよね」
「え、うん……」
倒れていたわたしの傍に落ちていたという、読めない魔道書。
謎は何も解けていないけれど、わたしや仲間の危機を救ってくれた。
魔道書を扱う店で調べて貰おうと思っていたけど、結局まだ何もしていない。
エルクにも見せた事あったなあ、そう言えば……。
「僕の魔法の師匠、エトルリア王国軍 最高指揮官の一人である、魔導軍将なんだ。魔法に詳しいあの方なら、何かご存知かもしれない」
「本当!?」
「ああ。大事な物だろうから魔道書を預かる訳にはいかないけど、話しておいてみるよ。もしいつか機会があったら、リグレ侯爵家のパント様を訪ねてみるといい」
「で、でも会えるかなあ。要はすっごく偉い人なんでしょ?」
「パント様も奥様も気さくな方だから大丈夫……とは言え周りがうるさいかな。僕を指名してくれた方が確実かもしれない。その気があるなら、手紙でも送って所在を確認してから訪ねて来てくれ」
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