烈火の娘
▽ 3


「ラングレンッ! あなたの野望、ここで砕く!」

「な……貴様、まさかリンディスか……! おのれ、どこまでも邪魔な! 何をしておる衛兵、わしを援護しろっ!」


ラングレンの怒鳴り声に、わたし達が中洲の島を通った事に気付かなかった兵達が集まって来る。
リンの所へ行かせる訳にいかない、食い止めなきゃ!


「アカネ、フロリーナ! リンディス様をお守りするぞ!」

「はいっ!」


もう兵士達は出払ってしまったのか、城の中から出て来る様子は無いし背後から迫る数もたいして多くない。
リンも戦いを始めたらしく、わたし達の背後からも剣戟の音が聞こえた。
後ろは振り返らない。リンならきっと勝ってくれると思っているし、それ以前にそんな余裕も無い。
覚悟が出来て敵を倒せるようになったとは言え、まだまだ緊張や経験不足による欠陥は補えないから。
……そんな中、聞こえた声。


「リンディス、良い事を教えてやろう。貴様の祖父、あの老いぼれは死んだぞ」

「っ!?」


聞こえたわたし達も思わず動きが止まる。
敵が向かって来るからすぐ我に返ったけど、衝撃を受けてさっきまでみたいに動けない。
リンが立ち直れないのか、ラングレンの勝ち誇ったような声は止まらない。


「あの老いぼれ、毒を飲ませてもしぶとく生き延びるのでな、孫娘は死んだと吹き込んでやったわ。あの絶望に満ちた顔、貴様にも見せてやりたかったぞ!」

「う、嘘……嘘よ、おじい様が死んだなんて! ふざけないでっ!」


振り向きたい、だけど目の前の敵も倒さなきゃ……。
そんな葛藤を心中で繰り広げていると、背後からリンの呻き声。

たまらず振り返った。
わたしだけでなく、ケントさんとフロリーナも。
わたし達の目に映ったのは、辛うじてラングレンと間合いを取るも、脇腹を刺され片膝を地面に付きながら血を流すリンの姿。
きっとお祖父さんが死んでしまったと聞かされ、冷静を欠いてしまったんだろう。


「リンディス様!」

「リン!」


駆け寄ろうとするも、こちらも敵が来るから無理だ。
だけど魔法で敵が近付く前に倒していたわたしの周りには、敵が居ない。
今リンの所に行けるのはわたしだけ、と考える前に、体が動いていた。


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」


リンを狙っていたラングレン目掛けて炎魔法をぶつける。
ワレスさんと同じジェネラルらしい奴は魔法に弱いようで、それなりのダメージは与えられたみたいだ。
その隙にリンに駆け寄り、支えつつ更にラングレンから間合いを取る。


「魔道士が仲間に居たのか、忌々しい……!」

「リン、しっかりして! あなたが倒れたらお祖父さんはどうなるの!?」

「でもアカネ、あいつ……おじい様が、死んだって……!」


これまで唯一の家族に会いたい一心で危険な旅を乗り越えながらも、お祖父さんに関する不穏な噂を耳にし続けたリンにとって、ラングレンの一言は予想以上の精神的ダメージになってしまったみたい。
危ない、ケントさん達の加勢も期待できない今、リンが動けないと……。


「アカネ、避けろっ!!」

「!」


突如響くお兄ちゃんの声。
反射的に動いたのは怪我をしていたリンで、彼女に押されてわたしは倒れる。
鋭く短い空を切る音……わたしが今居た位置にはラングレンが操る槍が。
慌てて体勢を立て直したわたし達に、更にお兄ちゃんの声が降る。
お兄ちゃんは城の上の方にある窓から身を乗り出していた。


「テメェ何やってんだリン、アカネに何かあったらタダじゃおかねぇぞ!」

「シュレン……!」

「お前のジイさんは無事だ、心配すんなっ! 弱ってるけど今ならまだ助かる!」


その言葉に、リンの瞳にまた光が宿った。
マーニ・カティを構え直すと、刺された脇腹も忘れたように地面を踏み締める。


「……絶対に許さない!」

「ふん、薄汚いサカの血を引く小娘が! ネズミを城に入り込ませた所で無駄だ、貴様の死を知れば奴らも絶望するだろうよ!」

「私の死……? ふふっ、シュレンなら喜びそうね」


余裕を見せるために、そうする事で自分を騙すためにリンは軽口を叩く。
今までのお兄ちゃんとの関係からして、半ば本気で言ったかもしれないけど。
わたしはもう一度魔道書を構え直し、狙いを定めた。
奴は重厚な鎧を着ている割に動きが素早いから、不意を突けない今だと避けられてしまうかもしれない。
けど、それで良い!


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」

「馬鹿め、遅いわ!」


わたしが放った炎はラングレンに当たらない。
だけどさっきまで降っていた雨の影響で地面が緩んでいて、泥濘のような状態になっていた。
地面に直撃した炎の玉は衝撃で周囲の泥を大量に跳ね上げ、それはラングレンの顔に。
目に入ったのか、思わず目を瞑るラングレン。
リンはその隙を逃がさない。


「はあぁぁーーっ!!」


全身全霊を込めた突きが、ラングレンを鎧ごと貫く。
非力なリンではジェネラルの鎧を貫けない。
けど精霊の剣マーニ・カティが、それを可能にした。
槍を落とし、血を吐き出すラングレン。
マーニ・カティが抜かれ、リンが飛び退ると地面にどっと倒れる。


「忌々しい、サカの小娘めが……。キアラン侯の座は、わ……わし、の……」


それきり、二度と動かなかった。


+++++++


戦いは終わった。
ラングレンが死んだ事が伝令されると、戦っていたキアラン兵達は次々と降服。
張り詰めていた気を解放した途端に出血のダメージが来たのかリンが倒れ、悲鳴を上げるわたしにフロリーナも一緒に大慌て。
ケントさんが居てくれて助かった、セーラが到着するまで冷静に応急手当てをしてくれていたから……。
……まあケントさんも、冷や汗いっぱいかいてたけど。

セーラの杖で回復したリンは休息も惜しいとばかりに、ラングレンに囚われていた宰相さんの案内ですぐキアラン侯爵の所へ。
そこから先は知らないや、わたしとお兄ちゃんみたいに、家族水入らずで再会して欲しかったからね。

わたしは用意された部屋で、お兄ちゃんと一緒に休んでいた。
何か疲れが一気に来た、わたしも張り詰めてた気が解放されたんだろうな……。
ベッドにうつ伏せになりだらだら脱力していると、お兄ちゃんに頭を撫でられる。
髪の間に指を通して、頭にしっかり手が触れるけれど力加減は優しい、気持ちの良い撫で方だ。


「アカネ、頑張ったな。リンとお前が戦いに終止符を打ったんだぞ」

「へへ……。何か未だに信じらんない。わたし戦えるようになったんだ」

「自分くらい信じてやれよ。母さんが言ってた事忘れたか? 信じる事から始まるんだからな」


お兄ちゃんの口から出る、お母さんの言葉。
急に日本での生活が思い出されて、泣きそうになってしまったのを堪える。
戦えるようになったわたしは、平和から、現代日本から遠ざかった、よね……。


「お兄ちゃん、お母さんとお父さんは? お兄ちゃんが無事なんだから、二人もきっと無事だよね?」

「……ああ、多分……そのうち会えるさ、今はゆっくり休んで回復しろよ。母さんと父さんに再会した時、疲れ切ってたら二人を心配させちまうだろ」

「うん。なんか眠たい。ちょっと寝ても良いかな」

「良いぞ。何かあったら起こしてやるから、今は辛い事も悲しい事も全部忘れて、ひたすら休んでろ」

「うん……。ありがとう、お兄ちゃん……」


優しいてのひら、暖かい言葉と眼差し。
全てが心地良くて、元々疲れていたのもあったわたしはすぐ眠ってしまった。

本当に、お兄ちゃんと再会できて良かった。
お兄ちゃんが居なければ今頃、わたしは疲れ果ててしまっていたかも。
優しくて、いつもわたしを守ってくれるお兄ちゃん。
大好きな大好きな家族……いつか恩返ししたいなあ。
お父さんとお母さんも一緒に居て、また皆そろって家族で生活するんだ。

あはは、本当に家族離れ出来てないんだね、わたし。
中学生って普通は反抗期じゃなかったっけ、なんか恥ずかしいような気がする。
けれどそんなわたしのゴチャゴチャした思考も、優しく撫で続けてくれるお兄ちゃんには敵わない。
心地良い感触に身を委ねて、わたしは眠りに落ちた。




−続く−




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