烈火の娘
▽ 2


力無く苦笑するルセアさんを見て、わたしは過去の自分を目の当たりにしているような気分になる。
何にせよリンに付いて行く事は自分で決めたのに、わたしは何だかんだと言い訳して戦わなかった。
リンはわたしを連れて行きたがっていたけど、わたしが頑なに拒否すれば無理強いはしなかった筈だ。
戦い始めてからも、自分は悪くない、こうしなければ仕方ないと言い訳をつらつら重ねながら、ひたすら目を逸らしていた。
それが今は、こんなに平気で敵を……。


「ルセアさんは、それで良いんだと思いますよ」

「……敵を倒すのを、躊躇っていても?」

「人を救う神父様なんですから、例え相手が悪人でも、殺すのを躊躇ったって構わないじゃないですか。悪人を許した方が良いとは言いませんし、他の仲間達の行動は間違っていないと、胸を張って言えます。だけどルセアさんみたいに、殺し自体に疑問を持って躊躇う人が、もし居なくなってしまったら……。その時は世界から平和が消えて無くなる時だと思います」


正直、わたしはルセアさんが羨ましかった。
敵を殺す事を躊躇い、疑問に思い、こうして慈悲を浮かべる事の出来る彼が。
もうわたしに、そんな事は出来そうにないのに。
殺しを躊躇うルセアさんを見ていると、遠くなった故郷を少し身近に思える。
ルセアさんは甘いのかもしれないけど、そんな彼に付け込んで害をなす奴が居るなら、その時は……。


「わたしや、周りの仲間達が守りますから」

「……」

「ねっ」


笑んでみせると、ルセアさんは少し呆然とした後、困ったような笑みを浮かべた。
本人としては甘えてるようで申し訳なく、だけどわたしの言葉を嬉しく思ってくれているのかもしれない。


「有難うございます。駄目ですね、私は。神父として皆さんの悩みを聞かねばならないのに、逆に相談を受けさせてしまうなんて」

「神父さんだって人なんですから、悩みや苦しみを持ってて当たり前ですよ。そして誰かに聞いて貰いたくなるのも当たり前でしょ。わたしで良ければ、いっくらでも聞きますから!」


満面の笑みを見せて胸を叩くと、今度は困ったような笑顔でなく、優しく微笑んでくれるルセアさん。
勝手な願いではあるけど、わたしが失ってしまった物をこれからも守り続けて欲しいな。


+++++++


メキメキとした軋みが鳴り、やがて古木が倒れる。
ドルカスさんが斧を入れた大木は、上手い具合に向こう岸への橋になり、中洲の島へ道が出来た。
ここからは、お城を目指す隊と囮になって敵を引き付ける隊に分かれる。

リンと一緒に行くのはケントさんとセインさん、それにフロリーナと、わたしとお兄ちゃんの五人。
あまり大人数になると囮が危険だから、戦力を考えるとギリギリの人数だ。
ドルカスさんにキアラン城側の古木を倒して貰い、彼とはここで分かれる。


「これからどうするの? ラングレンを倒すか、先にリンのお祖父さんを助けるか……」

「ラングレンの居場所が分からないし、おじい様が心配だわ。先に助けられれば良いけど……ケント、セイン、どこかから侵入できそうな場所はある?」

「簡単に侵入できちゃ問題ですけど、今は兵が手薄と考えて一番マシなのは……」


セインさんが言いかけた瞬間、城の方角から誰か……やや年配な男性の怒鳴り声のような物が聞こえた。
ラングレンかと思ってケントさん達に訊ねるけれど、さすがに少し遠くすぎて断定は出来ないみたい。
俺が偵察に行こうかとお兄ちゃんが動きかけると、それを遮る声。


「ま、待って……。私が偵察に行って来ます」

「フロリーナ……!? あなたが一人で敵の本陣へ偵察なんて、無茶よ!」

「だけど、この中で一番偵察に向いてるのは私よ。それにアカネが敵へ向かって行ったのを見て、私も勇気が湧いたの」

「わ、わたし?」

「うん。私もリンの為に、もっともっと役に立ちたい。お願いリン!」

「フロリーナ……」

「行かせてやれよ」


お兄ちゃんが口を挟む。
空も晴れて来たし空からでも見えるだろ、と言うお兄ちゃんに従って空を見ると、確かに霧が少しずつ晴れて明るさが増していた。
リンはまだ迷っていたけれど、フロリーナの真っ直ぐな瞳に押されて了承。
ケントさんとセインさんからラングレンの特徴と、城の裏手にある山の存在を聞いたフロリーナは、ペガサスに騎乗して空へ上がる。


「フロリーナ、弓兵にはくれぐれも気を付けて! 危険を感じたらすぐに逃げてね!」

「うん。行って来る!」


フロリーナが城の方へ行ったのを見送り、ふぅ、と溜め息を吐くリン。
わたしが、フロリーナなら大丈夫だよと言うと、リンは寂しそうな笑顔を向けた。


「あなたと良いフロリーナと良い、どんどん強くなって私から離れて行くみたいで、寂しいわ。……なんて言ったら駄目なんだろうけど、やっぱり、少し……。……ごめん、勝手な我が儘ね。忘れて」

「リン。わたし達はリンとこれからも一緒に居られる未来を守りたいから、強くなるんだよ。リンから離れたい訳ないじゃん」

「うん。私が馬鹿なのも我が儘なのも分かってる。ごめんねアカネ、変なこと言っちゃった」


苦笑しながら謝るリンだけど、“強くなって離れる”事への寂しさならわたしも持っているから、気持ちなら分かるかもしれない。
その“強くなって離れる”のはわたし自身と、日本での平和な生活だけど。
わたしまで辛くなって、ふとお兄ちゃんを見る。
真剣な顔で城の方を向いていたお兄ちゃんは、わたしの視線に気付くとこちらを見下ろしながら、ニッと笑んでくれた。
その笑顔が、地球の日本で平和に暮らしていた頃と同じで、心からホッとする。


「お兄ちゃんも強くなったけど……一緒に居てくれるよね、わたしから離れたりなんかしないよね?」

「お前とは離れたくねぇな。フレイエルの一件から強くなってくれて少し安心したが、まだまだ心配だし」

「……なら、これ以上強くならないのもアリかも」

「バーカ。自衛に繋がるんだから、もっともっと強くなれよ。強敵を相手にしても死なないようにな。……いいかアカネ、絶対に死ぬなよ。強敵にも対応できるよう、鍛えろ」


突然お兄ちゃんが真剣な顔になったので、わたしも表情を引き締めて頷いた。
やがてフロリーナが戻って来て、彼女はケントさん達に教えられたラングレンの特徴と同じ姿の男性が、城の門に居たと言う。
ここまで攻め込まれては城の中に居ても同じだと思ったのかもしれない。
リンはマーニ・カティを手に、城の方を睨んだ。


「ラングレンは私が倒す。……ところでシュレン、あなたの強さを見込んでお願いがあるんだけど。ケントかセインを連れて城に侵入して、おじい様の安全を確保してくれない?」

「お、珍しいなリン。お前が俺に頼み事とはよ」

「こんな時に茶化さないで。おじい様が助かるなら私の矜持なんて安いものよ」

「……そこまで言うかい。まあアカネの借りもあるし、引き受けてやるぜ。セイン、頼めるか」

「えぇー。俺は美しいレディー達を守って一緒に戦いた」

「行けセイン。鍛練をさぼって町へ遊びに抜け出していたお前の得意分野だろう」

「あだだだ痛い痛い、ケントさん耳引っ張らないで! てか根に持ってる!?」

「当たり前だ」


決戦前なのに賑やかしいけれど、お陰で緊張が少し解れて落ち着けた。
お兄ちゃんとセインさんはキアラン侯を助けるため一足先に城へ向かい、見送ってからわたし達も城へ。
雨は止み、まだ晴れてはいないけれど空は明るい。
ケントさんを先頭に進むと、城門前に立派な鎧を着込み槍を持った初老の男性。
イライラしている様子が、少し離れていても分かる。


「ケント、フロリーナ、アカネ。手出しは無用よ」

「はい。しかし万一リンディス様に危機が迫った場合、ご命令に背かせて頂きます」

「絶対に勝ってねリン、信じてるから……!」

「背後は任せて、あんなヤツやっつけちゃって!」


リンは振り向いて少しだけ笑顔を見せると、ラングレンへ向かって行く。
わたし達もそれぞれ武器を構え、不測の事態に備えた。


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