烈火の娘
▽ 1


イーグラー将軍を倒し、わたし達はいよいよキアラン城の近くへと辿り着いた。
城には今までリンの命を、侯爵様の命を狙った候弟ラングレンが居るとあって、皆の士気は最高潮……これで戦いが終わるんだ。

辿り着いたのは南に大きな山々があり、川や平野が広がるのどかな場所。
だけど空は泣き出しそうな灰色で、辺りには戦いの気配が蔓延している。
山々を迂回して南下すればキアランのお城が見えて来るとケントさんは言う。
リンは感慨深そうに目を閉じて小さく息を吐いた。


「おじい様……もうすぐお会い出来るのね……」

「あてにしていた近隣の領地からの援軍も出ない今、ラングレン殿も死力でかかって来るでしょうね」

「どれだけの数で来ようと負けないわ。みんな、どうか私に力を貸して!」


リンの言葉に、皆が次々と闘志の声を上げる。
わたしが緊張しつつ魔道書を握り直すと、お兄ちゃんが優しく肩を叩いて来た。


「アカネ、もっと力抜いて良い。だけど周りに気を配るのを忘れるなよ」

「う、うん」

「リン、雨が降りそうだ。上手く利用すれば城まで気付かれずに切り抜けられるかもしれないぞ」

「そうねシュレン。二手に分かれて、少数でキアラン城まで行ければ……。ケント、セイン、城までの回り道ってあるかしら?」

「いいえ、この辺りは川が多く、複数の橋を渡って行かねばならないため進軍ルートは自然と限られます。二手に分かれ片方が囮を務めるにしても、限度があるかと」

「ずっと南に橋の掛かってない中州の島がありますから、そこさえ通れれば敵の目も欺き易いですよ!」


橋の掛かっていない中州か……フロリーナのペガサスに乗って行けばいいかもしれないけど、敵が沢山いる城へ行くのに二人だけじゃ危ないんじゃないかな。
ケントさんもそれを指摘して、中州を通る作戦は却下かなと思ってたら、マシューさんが割り込んで来た。


「はいはーい、困った時はこのマシューにお任せあれ!」

「……今度はどこに行ってたのよ」

「その辺の民家で話を聞いて来ただけですって、勝手に遠出はしてませんから」


へらへら笑うマシューさんに、リンも諦めてるのか苦笑して続きを促した。
どうやら中洲の島には城側と反対側に古木があって、切り倒す事が出来れば橋の代わりになりそうだって。
ドルカスさんならきっと倒せるはず、途中までは皆で進軍し、古木がある場所まで着いたら二手に分かれる事で話が纏まる。
リンは先頭に立ち、マーニ・カティを高く掲げた。


「皆に母なる大地の加護を、そして、敵に父なる空の怒りを!」


その瞬間、マーニ・カティが輝いたように見えてわたしは自分の目を擦った。
すぐ腕に感じる冷たさ……雨だ、雨が降って来た。
霧雨は辺りを白く染めて視界を遮り、地面を泥濘に変えて足を鈍らせる。
だけど絶好の機会、また目の利くマシューさんが敵の位置を知らせ、ワレスさんをやや先に据えて進む。


「ワレスさんストップ、魔道士の小隊が居る!」

「ぬう、鎧で魔法も防げぬものか……」

「わたしが行きます!」


ワレスさんが止まったのを確認するや否や、返事も聞かずに飛び出した。
慌てたリンの声がしたけど、その声が呼んだのはわたしの名前ではなくフロリーナとエルクの名前。
すぐに後ろからエルクを一緒に乗せたフロリーナがペガサスでやって来た。


「アカネ、君そんなに無茶する子だっけ……?」

「私達も戦うわ、協力して行こう」

「エルク、フロリーナ……ごめん、ありがとう」


気持ちが逸りすぎたかな。
だけどリンはわたしを止めずに、協力者を寄越すだけにしてくれた。
過ぎるほどわたしを心配してくれていた彼女だけど、敵に飛び込んで行くという今までじゃ考えられない行動をしたから、戦いの面でも信用してくれたのかな。

魔道士のエルクと魔法に強いペガサスナイトのフロリーナ、二人と協力して魔道士の小隊を殲滅する。
すぐさまケントさんとセインさんがマシューさんを伴いやって来て、先行を申し出てくれた。
通り過ぎる前に、ケントさんが話し掛けて来る。


「アカネ、敵に飛び込んで行くとは驚いたよ」

「フレイエルの事でケントさん達を危険に晒しちゃいましたから。いつまでも逃げてたらわたし、絶対に後悔する事になりそうで……だから戦います。言い訳なんて言えないくらいに」

「……本当に見違えたな。少し別人に見える」


冗談だったのか本当にそう見えたのか、少しだけ微笑んだケントさんはそれ以上会話させずに先行した。
ワレスさんだけでなくドルカスさんも壁役になり、向かって来る敵を倒す。
かと思えば壁役に集中する敵を欺いて、背後から弓や魔法で攻撃したりと、霧雨にもかなり助けられながら南へ南へと進軍。


「お兄ちゃん、雨が降って良かったよね。わたし達少人数だから霧雨のお陰で見付かり難いよ」

「だな、リンの恵まれ具合には素直に感服するぜ。マシューのお陰でこっちからは敵が見付け易いし、間接攻撃にも直接攻撃にも困らないし、守備や飛行兵種にも恵まれてるし、怪我しても回復の杖が……」

「呼んだぁ〜?」

「っ、て、セーラ……」


地獄耳かはたまたストーカーか、セーラは自分の話題を聞くや否やすぐさまお兄ちゃんにすり寄る。
お兄ちゃんは一瞬だけ顔を顰めた後、すぐにセーラから目を離して、はいはいウゼェし邪魔だと冷たくあしらい、離れる。
そんなお兄ちゃんをぽかんと見送っていたセーラは、すぐ不満げな顔を浮かべてわたしに文句。


「ちょっとアカネ、シュレンって絶対に猫被ってるタイプよね。イケメンの癖に実は中身最悪とかだったりするでしょ!?」

「え、うーん、わたしはそうは思わないけど……」

「それはシュレンがアンタに対してだけは単なるシスコン兄貴だから、害を感じる事が無いだけだって。ファンクラブまであるのに彼女の一人も居ない理由が分かったわ、妹以外の親しくしようとする女には、徹底的に冷たいんでしょ。近付いたら性格最悪な事が分かるから、彼女なんて近しい存在が居なかったに違いないわ!」


そうに違いない、と自信満々に言うセーラに、わたしは苦笑するだけで何も言う事が出来なかった。
わたしの知るお兄ちゃんは優しいばっかりで……なんだけど、“今は”果たしてどうなのか分からないから。

以前、ニニアン達の指輪を奪った賊に対して、憎しみに満ちた顔と声を浮かべたように思った事がある。
黒い牙とか何とか言っていた……この世界に来てからの数ヵ月、わたしと離れていた時に何があったのか、わたしは何も知らない。
ただの高校生だったお兄ちゃんが驚くほど強くなっているのだから、よっぽどの事があった可能性もある。

だけどお兄ちゃんは何も教えてくれなくて。
今のお兄ちゃんはわたしにとって、知らない人のように知らない事が多くある。
先に進むお兄ちゃんの背中を見ると、何も訊くなと暗に拒絶されているような気がして、何だか寂しくなった。



辺りを真っ白に染める程の霧雨に乗じて進軍し、わたし達は特に被害も無く着々とキアラン城に近付く。
そんな中、わたしの気持ちは非常に昂っていた。
あのフレイエルの一件からわたしの心は、ケントさんの言ったように別人のように変わった気がしてる。
恐怖……人を殺す事への恐怖が、以前に比べてかなり薄らいでいるから。
仲間を死なせるくらいなら、敵を殺した方がマシだと思ってしまったからだ。

わたしは平和な平成の日本では越えてはいけない一線を、もう越えてしまった。
日本へ帰れるんだろうか。
ちゃんと帰れたとして、果たして平穏な気持ちで暮らせるんだろうか。
周りの敵を粗方片付け、小休止がてらに歩きながら仲間達の後をつけていると、ルセアさんが話し掛けて来た。


「アカネさん、どうすればあなたのように迷いを打ち消せるのですか?」

「えっ?」

「あなたとの付き合いは十数日程度ですが、そんな私でも分かるくらいあなたは変わられました。敵へ攻撃する時の迷いや恐れが、驚く程に減っています」

「あぁ……」

「私は、倒すべき相手が悪事を働く者達だと自分に言い聞かせても、胸が痛いのです。辛くて苦しくて、とても申し訳ない。……協力する事を決めたのは自分なのに、甘いのは分かっているのですが」


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