烈火の娘
▽ 5


「ねぇ、リン」

「アカネ。シュレンは見付からなかったみたいね……ごめんなさい、イーグラー将軍が、おじい様はラングレンに密かに毒を盛られていると言ってて……ここで立ち止まるわけには」

「良かった。安心した」

「えっ?」


優しいリンに最後まで言わせないよう、途中で遮る。
きっと彼女の事、誰が聞いても納得しかしない事で悩んでしまうだろうから、わたしから言わないと。


「お兄ちゃんを探していたせいでリンのお祖父さんに何かあったら、いくらお詫びしてもしきれないよ。今は先に進まないと」

「ごめんね、こんな状況じゃなかったらシュレンを探すんだけど」

「大丈夫だから、そんな申し訳なさそうにしないで。わたしは全員亡くしたと思ってた家族に再会できた、リンにも再会して欲しい」

「アカネ……」

「……あと、一つ」


ここからが大事だ。
わたしはこれを言って実行しないといけない。
寂しいけど、心細いけど、リンの邪魔だけは絶対にしたくないから。


「わたし、今後は一緒に行かない事にしたから」

「えっ? ど、どうして!」

「黙ってて悪かったんだけど、実はわたしを殺そうとしてる人が居て……」


その言葉にリンだけでなく、フレイエルを目にしていない仲間も息を飲む。
全く覚えが無い事で恨まれている事や炎魔法の使い手らしい事、容姿などの特徴など、知り得る事を出来る限り話してしまった。
一緒に居ると巻き込んでしまうかもしれないし、フレイエルの狙いはわたしだけのようだから離れた方が安全に決まってる。


「けど、一人きりになるなんてアカネが危険だわ! そこを狙われるに決まってるじゃない!」

「だから、だよ。ケントさん達はまだ何も言ってないだろうけど、さっき、わたしと一緒に来てくれた時に殺されかけたんだから」


外傷は無いから黙っていてくれてるんだろうけど、あのままだったら温度で焼き殺されてたはず。
リンが確認を取るようにケントさん達の方を見ると、彼らは隠さず頷いた。
フレイエルの動機がはっきり分からない以上、わたしに恨みを抱く彼に仲間が危害を加えられた場合、原因はわたしにある事になる。
“自分が原因”で仲間がみんな殺されてしまうなんて、耐えられない。
襲い来る山賊の命でさえ背負うには重いのに、親しくしてくれた仲間の死を背負えるほど、わたしは強くない。


「リン、あなたがわたしを心配してくれる気持ちは凄く嬉しい。だけど今はまだ、あのフレイエルに勝てる人なんて仲間には居ない。お兄ちゃんが居てくれれば……と思ったけど、迷惑なのは変わりないし」

「でも前にも言ったでしょ。あなたが傍に居ないと、心配で気が気じゃなくなるわ。お願いアカネ、今更出て行くなんて言わないで……!」

「あいつなら、暫くは出て来ないと思うぞ」


突然割り込まれた。
知った声にそちらを見ると、何とお兄ちゃんがこちらへ向かって歩いて来る。
走り去った時とは違ういつもの態度に安心したけど、どこに行ってたんだろ?


「シュレンあなた、どこに行ってたの! アカネがどれほど心配したと思ってるのよ!」

「悪かったよ。フレイエルの気配がしたから、ぶっ飛ばしてやるつもりだったんだが罠だったみたいだ。お陰でアカネと引き離された」

「お兄ちゃん、フレイエルのこと知ってるの!?」

「ああ。よおぉーーく知ってるよ、あいつの事は」


まさか、お兄ちゃんの知り合いだったなんて……。
それならフレイエルがわたしの名前を知っていたのも理解できるし、何か繋がりがあってもおかしくないかもしれない。

だけど、やっぱり憎まれるような覚えなんて無い。
何にしてもあいつの恨みって理不尽だよ、この世界に来てまだ3ヶ月半ぐらいしか経ってないし、大して他人と交流してないのに、あそこまで恨まれるような事を出来る訳が無い。
フレイエルと知り合いらしいお兄ちゃんは、奴の恨みはお前のせいじゃないから気にするなと言ってくれる。
そして、恐らく今誰よりもわたしが同行する事に懸念を感じているだろうケントさんに向けて言った。


「俺が勝手な行動をしたせいで酷い目に遭わせて悪かった。さっきの通り、フレイエルが近付いたら分かるから、次に現れた時はすぐに俺がアカネを連れてリンの傍を離れるよ。それで勘弁してくれないか?」

「……正直、あまり気は進まないが……。リンディス様はアカネの同行を望まれているし、今言った事を本当に守ってくれるのであれば、私は構わない」

「ありがとう、ケント!」


わたしやお兄ちゃんより先に、リンが明るい声でケントさんにお礼を言った。
フロリーナをはじめ、リンにとって皆が掛けがえの無い仲間なんだとは思う。
だけどその中で、家族を殺され独りぼっちになったわたしに、類の無い親近感を抱いてるのかもしれない。
独りぼっちになった後、草原で2ヶ月間一緒に暮らしていた事も大きそう。

セインさんとマシューさん、そして他の仲間達にも謝って、話を終わらせる。
状況が状況なだけに、これ以上ここで会話を長引かせる訳には行かない。
わたし達はキアランのお城を目指して、すぐ出立した。
……進みながら、どうしても気になった事をお兄ちゃんに訊ねてみよう。
後回しにして流すには、あまりに危険過ぎるから。


「ねぇ、お兄ちゃん。フレイエルとはいつ、どこで知り合ったの? どうして良く知ってるっぽいの」

「あー……。あいつなあ、本当に馬鹿な奴なんだよ。救いようが無いくらい。知ってるのは昔からだ。付き合いはかなり長い」

「え、まさか……あの人もわたし達と同じ世界に住んでた人なの……!?」

「まあ、そうだな。地球の日本に十数年間住んでた事のある奴だ。俺はあいつを良く知ってるよ」


あのフレイエルも、地球の日本からこの世界にやって来た人だなんて……。
お兄ちゃんの知り合いなら、わたしが覚えてないだけで会った事があるのかも。
お兄ちゃんはたまに友達を家に連れて来ていたし、外でばったり会った事もあるし、そんな時に会ったんだろうか……何にしても、恨まれる理由を知りたい。


「あの人、何でわたしを憎んでるんだろ……教えてくれたっていいのに……」

「だから気にするな、お前は悪くないから。あいつが馬鹿なだけなんだ」


つまりお兄ちゃんは、フレイエルがわたしを憎んでる理由を知ってるんだ。
教えてくれないのは、もしかしたらフレイエルが日本ではお兄ちゃんの友達で、庇いたいからかも。
お兄ちゃんはわたしに危害が及ぶようなら守ってくれるだろうし、文句は言わないけど、不安が消えない。
今すぐ何とかしなくても大丈夫なのかな、あの人。
平成の日本人的感覚を忘れずに持ってる事を祈るしか無いのかもしれない……。

そこまで考えて、わたしはフレイエルの事を一時的にでも忘れるよう務めた。
今は考えも行動もリンの為じゃないといけない。
リンはもうすぐお祖父さんと再会できるんだ、それを応援して協力しなきゃ。
ケントさん達が殺されそうになった時、わたしの中で何かが変わった気がする。
自分が役立たずなお荷物なのを改善する為、そして殺されるのを避ける為だけに戦っていた筈なのに、今は仲間を守る為に戦いたい、その為なら能動的に敵を殺す事も辞さないと思うようになってしまってる。

それが良い事か悪い事か、まだ今のわたしには分からなかった。




−続く−




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