烈火の娘
▽ 4


一般的に魔法に関する職業でない人は、魔法に対する耐性があまり無いらしい。
ケントさんとセインさんも例外じゃないはず。
わたしはギリギリで、標的をフレイエルからケントさん達を狙う炎魔法に変更。
せめて打ち消せれば、と思いながら勢いに任せてファイアーを放つと、二つの炎魔法がぶつかった衝撃で辺りが高熱に包まれる。

熱い、でもこれは魔法。わたしは多分大丈夫だ。
ケントさん達は……!
ふと視線を巡らせると、体勢を立て直したはずのケントさんとセインさんが、がくりと崩れ落ちた。
すぐ後ろからも音がして、見るとマシューさんが膝をついて苦しんでいる。


「マ、マシューさん!」

「やべぇ……な、比喩抜きで焼けそうだ……!」


顔はいつも通りの食えないといった風な笑みだけど、口調と大量の汗を見るに余裕は全く窺えない。
やっぱり魔法の耐性が低い人には危険なんだ。
逃げようにもフレイエルに隙は無く、そもそもわたし以外、誰もまともに動けない。
熱の蔓延が消えないうちに、フレイエルが三度、魔法の炎を発生させようと意識を集中させている。
……マシューさん達はこの状態で苦しんでいるのに、これ以上熱を加えられたりしたら、彼らは……。

死ぬ……?

この、辺りが赤く見える程の過剰な熱波の中、ぞっとする冷えに襲われる。
今までだって命を懸けた戦いの連続だったけど、私が本格的に戦い始めたリキア国境付近以降、一緒に居るわたし以外の仲間がみんな死ぬかもしれないなんて恐怖は無かった。
戦い始めてから、戦場では自分の事だけしか考えていなかったから、仲間達の方まで気が回らなくて。
何となく、彼らならわたしと違って大丈夫だろうと根拠も無く楽観していて。
きっとフレイエルはわたしを狙って来たんだろう。
つまりわたしのせいで、わたしの目の前で仲間が死んでしまうという事。


「……だ、め、」


わたしは弱い。
凄い素質があるとエルクに言われたけれど、素質だけあったって無意味だ。
戦わないと、戦えるようにはならないんだから。
リンに守られて、他の仲間達に守られて、再会してからはお兄ちゃんに守られて、そればかりじゃ……。
それじゃあわたしは、守る側に一生なれない。
目の前で仲間が死にそうでも、黙って見ているしか出来ない。

嫌だ、そんなの絶対に嫌だ!

わたしは初めて、敵を倒すのは仕方ないんだ、そうしないと自分が殺されるんだという、言い訳じみた感情を投げ捨てた。
自分が攻撃されたから身を守る為に、じゃない。
自分以外を守る為に、自身が攻撃されなくても能動的に敵を倒す……殺す事が出来なければ……。

手にしたのは、文字の読めない魔道書。
サカの草原でリンを山賊から守る為、たった一度だけ発動させた炎魔法。
出来なければならない、じゃなくて、出来る。
わたしは出来る、そう信じて魔道書を開いた。

途端に脳内を駆け巡る魔力と、呪文。
発音もロクに掴めない、その読めない呪文が、わたしの口を突いて出る。


「ρεγινα ηγνισ!」


自分が何と言っているのか全く分からないのに魔力は言霊に反応し、空へ向けて翳した手の上部に灼熱の火球を作り上げる。
瞬間、辺りの熱が火球に集まって熱波が急激に弱まり、仲間を助ける事が出来ると確信したわたしは、肥大化したその火球をフレイエルへ向けて放った。
一瞬見えたフレイエルの口元が笑っていたような気がしたけれど、それを改めて確認する間も無くあいつは火球に飲み込まれてしまう。


「っ、アカネ、怪我は無いのか……!?」


呼んだのはケントさん。
熱波が鎮まって体勢を立て直したのか、セインさんを伴ってこっちに来る。
後ろに居たマシューさんもわたしの隣に出て、視線は油断無くフレイエルへ。
セインさんが槍を構えながら、呻き声ひとつ上げずに焼かれているフレイエルを、緊張した面持ちで見つめている。


「死んで、ないよな。燃えてるけど平然と立ってるぞあいつ」

「あの炎魔法からして、奴の魔力はかなりの威力だ。耐性もかなり高いはず、油断するなよ」


ケントさんも剣を構え、フレイエルの出方を窺っている、けど……あいつは本当に燃えたまま動かない。
固唾を呑んで警戒していると、突如、フレイエルが声を上げて笑い出した。
そのまま纏わり付いていた炎を掻き消すと、こちらに数歩だけ歩み寄る。


「へえ。アカネお前、この魔法使えるんだな? 凄いじゃないか」

「効いて、ない……」

「俺に炎で傷を付けられるような力が、そう簡単に付くかよ。あんまり調子に乗るな、甘ったれたガキが」


ゆっくり、ゆっくりと、でも確実に一歩ずつ距離を詰めて来るフレイエル。
わたし達はプレッシャーに圧されて、武器は構えたままだけど逃げる事も立ち向かう事も出来ない。
足が上手く動かないんだ。

でも、フレイエルとの距離が5m程まで縮まった瞬間、突然マシューさんが手にしていた短剣を投げた。
フレイエルは直撃こそ避けたけど、動けないとタカを括って油断していたのか、顔を頭から覆っているフードの上部を切り裂かれる。
はらりと、フードが左右に割れて力無く垂れ。
風に流れる赤い髪が、想像していたより穏やかな顔が、白日の下に晒される。


「……本当に、知らない人なのに……あなたは一体、どうしてわたしを恨んでいるんですか?」

「……」


フレイエルは立ち止まり、穏やかな笑みを湛えてる。
赤い髪は、鮮やかなエリウッド様の赤とは違う、暗くて赤黒い血のような色。
穏やかな表情をしているけれど、あまり優男風ではなく、それなりにがっしりしたイメージの顔。
……あ、前にこの人の声をどこかで聞いた気がしたけど、顔も何となく、どこかで見たような気がする。
そんな事を考えていると、セインさんがぽつりと。


「……こいつ、何かどっかで見た事ある……」

「え、セインさんも?」

「セインとアカネもか。私も、どこかで……」


ケントさんもフレイエルに見覚えがあると言い、マシューさんは何も言わないけれど、何となく全くの初対面でもなさそう。
顔が見えたからか、隠していた時の不気味な雰囲気がかなり和らいだ。
ひょっとして攻撃して来たのも、わたしを恨んで殺そうとしているのも、何かの間違いなんじゃないかと思えてしまう程に。


「……興が醒めた」

「えっ?」

「まあ、今はまだお前を殺すには場所やタイミングが悪いからな。また機会が出来た時にしておいてやるよ」


それだけ言うとフレイエルはわたし達に何も発言させないまま、足下に発動させた魔法陣の光に包まれ、消えてしまった。
怖じ気付いた訳ではないと思う、あいつの方が圧倒的に優勢だった訳だし。
暫くは呆然としていたわたし達だけれど、これは一度報告する必要があると思い、リン達と合流する事に。

戻るとイーグラー将軍は既に倒されていた。
将軍はケントさんとセインさんが初めて配属された部隊の隊長で、しかも恩師だった人みたい。
リンの事も本物だと確信していたようだけど、どうやらラングレンに家族や部下を人質に取られて、やむなく従っていたらしい。
ラングレンの非道な行いに誰もが怒りや憤りを浮かべて、士気が高まった。
次の戦いが最終決戦になるだろうけれど、その前にわたしはリンに言わなきゃいけない事がある。
イーグラー将軍の事がショックで、そして士気に水を差さないよう黙っているケントさん達の代わりに、これはわたしが言わないといけない。


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