烈火の娘
▽ 2


リン達が帰って来たのは次の日で、
協力を了解してくれたエリウッドという人の報告を待つため、またもどかしい日々を過ごす事に。
一週間後、宿主さんから連絡があってリン達が飛び出して行き、わたしも後について宿の扉からこっそり覗くと、そこには真っ赤な髪が印象的な男の人。
年齢はお兄ちゃんと同じくらい、状況が状況だから真剣な顔をしているけど、優しそうな印象だ。


「キアランに隣接する5つの領地、ラウス・トスカナ・カートレー・タニア・サンタルス……。全ての領主殿に、キアランへの干渉はしないとの意思を確認した」

「エリウッド、なんてお礼を言えばいいか……」

「僕がやったのは、どちらにも手を貸さないという事だ。つまり、僕も君達に力を貸す事が出来ない。……勝算はあるのかい?」

「勝つわ。おじい様をお助けするには、それしか手が無いんだもの」

「分かった。友人として君達の勝利を願っているよ」

「有難う。あなたの思いやり、決して無駄にはしないわ!」


話が終わったのを確認してから、わたしはリンの所へ駆け寄って行く。
思い詰めたようにも見える表情で、何か無茶をするんじゃないかと思えて心配になってしまったから。


「リン、これでリンのお祖父さんの所へ行けるね」

「アカネ。ええ、随分長かった気がするけど、もうすぐなのね。あなたも……」

「エリアーデ!?」


リンの言葉を遮って張り上げられた声に、わたしもリンもすぐ傍に居たケントさん達も驚いた。
そちらを見ると、酷く驚いた顔のエリウッド様。

エリアーデ? なにそれ。
聞いた事の無い単語に疑問符を浮かべる事しか出来ず、助け船を求めてリンを見ても、彼女も同様に困ったような顔をしていて。
エリウッド様は、今にも駆け出しそうに焦りながら早歩きでこちらに来て、急にわたしの手を取った。
こんな格好良い男の人に手を握られるなんて思ってなかったから、恥ずかしい。


「え、あの……!?」

「君、エリアーデだろ!? 今まで一体どこに行ってたんだ、心配したよ……!」

「待ってエリウッド、アカネが困ってるわ!」

「アカネ? エリアーデじゃないのか? 君は僕の従妹だろう……!?」


この人が何を言っているのか分からない。
従妹だなんて言うという事は、その“エリアーデ”は人なんだろうけど……心当たりが無さすぎて困る。
わたしもリンもエリウッド様も困っていると、宿の方から怒った顔と足取りでお兄ちゃんがやって来た。
エリウッド様の手を乱暴に離させ、わたしを引き寄せてエリウッド様から引き剥がした。


「おい、テメェなに人の妹をたぶらかしてんだよ!」

「た、たぶらかすなんてそんなつもりは……! ……え、君の妹……?」

「そうだよ! 小さい頃から一緒に過ごしてたんだ、お前みたいな親戚は一人も居なかったがな!」

「エリアーデに兄が居たなんて、そんな話は聞いた事が無い……」

「だからコイツはエリアーデなんて名前の奴じゃねぇ、アカネだっつってんだろうが!」


今にも殴り掛かりそうなお兄ちゃんを、リンの為に動いてくれた人なんだから抑えて、と宥めてみる。
エリウッド様は暫く何か考えるようにしていたものの、やがて自分がした事に気付いたのか顔を少し赤くしながら謝って来た。


「す、すまない! 初対面の女性に、とんだ失礼な事をしてしまって……!」

「大丈夫です。従妹さんが行方不明なんですか?」

「ああ、僕の叔父やその奥方も一緒に、もう半年以上は経ってる。……どうして間違えたんだろう、君は髪や瞳の色がエリアーデと違うし、顔も似ていないのに。本当にすまなかった」

「いえ、従妹さん一家が見付かるといいですね。わたし達も何か手掛かりになるような事を聞いたら、あなたにお教えしますから」


半年以上経っているなら、完全に無関係だね。
わたしは3ヶ月くらい前にこの世界に来たんだから。
まだ謝りそうなエリウッド様を制し、戦闘になりそうですからと言って別れた。
特に気にしていないのに謝り倒されるのは逆に申し訳ないし、先を急がなければならないのは確かだから。

改めて、キアラン城を目指して南下する事に。
ケントさんとセインさんの話では、この辺りは霧に包まれる事が多く、視界を遮られるため危険だとか。
今も霧が出て来そうになっているらしいけど、霧が掛かるのを待ち、それからまた晴れるのを待つなんて余りにも時間が惜しい。
キアラン城へ行くには、最後の難関とも言えるイーグラーという将軍の館を抑えないといけないみたい。

霧でも目が利くというマシューさんを囲むように陣形を組んでいると、近くの山から誰かが降りて来た。
全身を強固な鎧に包んだ、スキンヘッドのおじさん。
その目付きは鋭くて、只者じゃない事が窺える。
その人を見たケントさんとセインさんが、一瞬だけ顔を顰めて身を引く。


「あなたは、ワレス殿!」

「ケント、この人は?」

「キアラン騎士隊の隊長を勤めておられた方です。今は引退されている筈……」

「わしもそのつもりだったがな。ラングレン殿から騎士隊に命が下った。公女リンディスを騙る不届き者を討つべし、とな」


かつて上司だった人にまで疑われている事に、ケントさんもセインさんも驚愕の色を隠せない。
その様子から、あの二人が信頼してる人だって事は分かるけど、そのワレスさんはリンを出せと言って話を聞いてくれない。
疑われているのにリンを出すわけにいかず、ケントさん達は引かない。
そんな一触即発な状態を見かねたリンが、両者の間に飛び出してしまう。


「待って! 私よ、私がリンディスよ。信じてくれないならそれでもいい。でも、仲間同士で戦うような真似はやめて!」

「……ふむ。綺麗な目をしておるな」

「え……?」

「わしは三十年を騎士として生き、一つ学んだ事がある。こんな澄んだ瞳を持つ人間に悪人は居ない。いいだろう、気に入った!わしも、お前達と共に戦わせて貰うぞ!」


急な話にセインさんが、本気ですか? と目を見開く。
ワレスさんはキアランに忠誠を誓っているから、正当な主君を攻撃する奴は許しておけないそう。
ケントさんも呆気に取られたようになっているけど、見る限り良い人みたいだ。
尊敬できる方です、とリンに言うケントさんの目も、頼もしい人の仲間入りにどことなく楽しげ。

改めて陣形を組み、南……間に山脈を挟んでいるので、正確には南東を目指して進軍を始める。
新しく仲間入りしたワレスさんは、全身を強固な鎧で包んだジェネラル。
攻撃をその鎧で跳ね返し、こちらからは大きな槍で敵を薙ぎ倒す。


「お兄ちゃん、あのワレスって人強いよ、出る幕無さそうだよ」

「ま、敵兵どもの実力も大した事なさそうだしな、無傷は確実だろうけど。霧が出て来たし、奇襲も有り得るから油断するなよ」

「はーい」


お兄ちゃんの言う通り、辺りには霧が出て来た。
マシューさんが忙しそうに敵の来る方角と人数を伝え、ワレスさんが先行して攻撃を防ぎ、討ち漏らした敵をわたし達が倒す。
ジェネラルは魔法に弱いらしいけど、いま戦っているイーグラー将軍の部下には魔道士が居ないらしい。
つまり絶好の進撃チャンス、応援を呼ばれる前に館を抑えないと。
わたしとお兄ちゃんは最後尾、背後も霧に包まれていて怖いけれど、ワレスさんの鎧や足音につられて敵は前方に集まっているから、こちらには誰も居ない。


「ここを越えたらキアランのお城か……。リン、お祖父さんと再会できればいいけど」

「…………」

「お兄ちゃん?」


返事が無かったから、やや後ろを振り返るとお兄ちゃんもまた振り向いていた。
霧に包まれた平野、何も見えない筈なのにお兄ちゃんはまるで何かが見えているように一点を凝視。
どうしたのか気になって近付こうと一歩踏み出すと、急にお兄ちゃんが片手をこちらに突き出した。


「来るな、アカネ!」

「え?」


厳しい怒鳴り声にびくりと体が震えて立ち止まる。
その瞬間、お兄ちゃんが炎に包まれてしまう。
息が詰まる。悲鳴さえ上げられない。
どこから発せられたか分からない炎はお兄ちゃんの全身を食らい、飲み込んで焼き尽くそうとする。
ふと思い出す。わたしの家で見た、燃え盛る炎のように真っ赤な色をした竜を。
別に竜の形をしている訳ではないのに、お兄ちゃんを食らい尽くさんばかりの勢いで燃え盛る炎は、確かにあの時の竜のイメージしか湧かなくて……。


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