烈火の娘
▽ 1


エリウッドという人に協力を求めるため、リン達はカートレー領へ引き返した。
わたしは情けない事に、恐らく連戦による肉体的、精神的疲労が原因で具合が悪くなってしまい、キアラン領に残っている。
お兄ちゃんとセーラ、ルセアさんが残ってくれて、強行軍になって危ないからとニニアンやニルスも一緒。
取った宿屋の部屋で休んでいると、セーラが話し掛けて来た。


「ねえねえアカネ、アンタのお兄さんって割とイケメンよね、彼女居るの?」

「え……うーん、居ないと思うけど。浮いた噂なんて一つも聞かなかったし。お兄ちゃんを好きな人なら沢山居たみたいだけどね。ファンクラブまで出来てたらしいんだよ……」

「へーえ、モテるんだ! 強いし中々の良物件ね、後はお金持ちなら文句無いんだけど〜……」

「うちはそこそこの家だったかな。一般人における中流って感じで、たまに贅沢する余裕はあったけど、飛び抜けて裕福でもないよ」


私がそう言うと、セーラが一瞬だけ呆けた顔をする。
何事かと思っていると近付いて来て、わたしの顔をまじまじと眺めて来た。
い、いくら女同士だからってそんなに見られると恥ずかしいんだけど……。
セーラは何か考え込んでいるような顔になり、以前にも聞いた事を訊ねる。


「やっぱりアンタ、どっかで見た事あるわよ」

「へ……。この旅に出る前は会った事ない筈だけど」

「うーん、“会った”って言うか“見掛けた”って感じなのよね。ニニアンはアカネに見覚え無い?」


同じ部屋で椅子に座り外を眺めていたニニアンへ、セーラが急に話題を振る。
え? と言いたげな顔でこちらを見た後、彼女も考え込んでしまった。
そう言えばニニアン、ニルスと旅をしてたんだよね。
そうならどこかで見掛けた事ぐらいはあったかもしれない。
ニニアンみたいな神秘的な美少女は見掛けたら忘れないだろうから、彼女の方がわたしを一方的に見た事ぐらいだったら……。
やがてニニアンは、怖ず怖ずと口を開いた。


「……少し、ですけれど。どこかで見たような気はします」

「本当!? 知らないうちにどっかで一緒に居た事あるのかな、どこだろ」


ニニアンがわたしを見掛けていたんだとしたら、どこかですれ違ったのかな。
セーラも一緒に考えていると部屋の扉がノックされる。
入れてみるとお兄ちゃん達だった。
わたしの具合を心配してくれたらしく、冷たい水まで持って来てくれている。


「よおアカネ、具合は良くなったか?」

「うん、お兄ちゃん。だいぶ楽になったよ」

「喉が渇いているかと思って、お水を頂いて来ました。コップも置いておきますので、どうぞ」

「有り難うございます、ルセアさん」


確かに喉が渇いていたので遠慮なく水を貰う。
冷たい温度が口の中から喉をつたって滑り落ちる感覚だけで気持ちいい。
ニルスが、さっき何の話をしてたのと割り込んだ。
セーラやニニアンがわたしに見覚えがあるという話を教えたら、ニルスも何となく覚えがあるらしい。
ルセアさんは特に無し……じゃあ会わなかったんだろうな、わたしは別に有名人じゃないんだし、皆が皆、見た事ある訳じゃないか。


「アカネに見覚え、ねえ……俺には見覚え無いのかお前ら、俺、アカネの実の兄貴なんだぞ」

「シュレンみたいなイケメンだったら、見たら忘れたりしないわよ〜」


セーラがお兄ちゃんに擦り寄り、お兄ちゃんは困ったような顔で笑ってる。
セーラはお兄ちゃんには見覚えが無いらしい。
そりゃ、この世界に来てからお兄ちゃんとは離れ離れだったんだし、知らなくても無理は無いよ。
わたしを見た事があるんなら、3ヶ月の間にお兄ちゃんと会う可能性は、そんなに高くないだろうし。
ルセアさんはお兄ちゃんも見覚えが無いらしいし、この話はこれでおしまい。
……と、思ったら。


「ねぇニニアン、シュレンさんの事、どっかで見たような気がするんだけど」

「そうねニルス、わたしもそう思ってたわ」

「え、ニルスとニニアンはお兄ちゃんにも見覚えあるの!?」


さすが旅芸人してただけの事はあるんだね……。
二人ともわたしと変わらないぐらいの年齢に見えるから、そんなに長くは旅してないだろうけど。
どっちにしろわたしとお兄ちゃんは3ヶ月前まで元の世界に居たんだから、期間はあんまり関係ない。

それにしても、人って意外と色んな所で会うんだね。
ケントさんやセインさんもわたしに見覚えがあるみたいだったし、確信は無いけどマシューさんも、初めて会った時に何となくわたしに対する態度が変だった。
セーラは“会う”じゃなくて“見掛ける”って感じだとか言ってたけど。
そうやって考えていると、お兄ちゃんがわたしの隣に来て頭を小突いた。


「いたっ」

「お前は余計なこと考えなくていいから休め! 命懸けた戦いしてんだぞ、俺も出来る限り守るけど万一って事もあるからな」

「一昨日からゆっくり休んだし、もう具合は悪くないって言ったじゃん」

「俺はお前が心配なんだよ……ここは俺達が住んでた国とは違う、危ない所なんだから」


心から心配そうな表情と声のお兄ちゃんに、気に掛けて貰っている実感が湧いてとても嬉しい。
小さい頃からよく一緒に遊んでたけど、お兄ちゃんが中学に上がった辺りから友達と過ごす事が多くなって、寂しい思いをしてた。
今なら仕方ない事だって分かるんだけど、小学生の頃のわたしはただ悲しくて、まるで裏切られたみたいに思っちゃってたんだよね。
誕生日には早く帰って来てくれたり、暇を見付けては話してくれたり、本当は色々と気に掛けてくれてたのに。


「……お兄ちゃん、ありがとう。お兄ちゃんが居てくれて、凄く幸せだよ」

「何だよ急に、おだてたって何も出ないぞ。リン達が帰って来るまでゆっくり休んでろよ」


優しく微笑んで頭を撫でるお兄ちゃんに甘えて、今の幸せを噛み締める。
暫くしてお兄ちゃん達は自分達の部屋に戻り、わたし達の部屋は静まる。
夕飯まで休んでいようかなと思ってベッドに寝転がろうとしたら、セーラが。


「部外者の割り込む隙間なんか無いって感じね、アンタ達。シュレンもよっぽどアカネが大事なのねー」

「優しいんだよ、お兄ちゃん。思えば昔から助けられてばっかりだったなあ」

「あーあ……あれでシスコンでさえなかったらなあ、お金持ちじゃない事もそれなりに我慢できたのに」

「セーラ……本気だったんだ……」

「乙女たるものイイ男はいつでも狙っとくべきなのよ!」


自信満々に言うセーラにクスリと笑い、ニニアンを見ると彼女もうっすらではあるけど微笑んでる。
窓の外は快晴、リン達の姿は見えないようだった。


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