烈火の娘
▽ 4


「俺が一人で突っ込んで奪って来る。何か合図を出せる物って無いか?」

「なに言ってるのお兄ちゃん、無茶だよ!」


いきなりの主張。あまりに無謀すぎるよそれ……!
わたしだけでなく、リン達も無茶だと止める。
だけどお兄ちゃんは剣を担いで不遜な態度を見せていて、主張を変える気は無いらしい。


「ケント、シューターの射程はハッキリ分かるか?」

「おおよその飛距離は分かるが風などの条件で変わるし、固体によっても差異があるから断言は出来ない」

「ほら、矢だって何本あるか分からないし、撃ち尽くされるまで待ってちゃ時間が無駄になる。撃ち尽くしたと見せ掛けてまだ残ってる、みたいな罠もあるかもしれないしな」

「そうだけど無茶よ、シュレン一人なんて! もしもの事があったらアカネはどうなるのよ!」

「リン、俺は勝算があるから言ってるんだ。アカネを守る役目をお前から奪い返さなきゃいけないのに易々と死ぬかよ。それにお前の爺さん、病気だって噂があるらしいじゃねぇか。急ぐ必要があるだろ」


祖父の話題を出されたリンが押し黙った。
そうだ、リンのお爺さんは危険な状態かもしれないんだ、あまり猶予は無い。
お兄ちゃんはわたしの頭をポンポン叩いて、大丈夫だと笑顔で示した。
わたしは困った様子のリンに頷いて、お兄ちゃんを行かせてあげてと告げる。
リンはやっぱり迷っていたけど、一番の気掛かりだったわたしが了承した事で心を決めたのか、お兄ちゃんに特攻をお願いした。

ケントさんが持っていた狼煙を受け取り、これが見えたらウィルを連れて来てくれとフロリーナに頼んで、シューターがある南の高台へ向かうお兄ちゃん。
わたし達はお兄ちゃんの無事を祈り、ただひたすらに待つしか出来ない……。
と思っていたら、20分も掛からないぐらいの短時間で、南の高台から狼煙が上がる。
あまりの早さに仲間達からどよめきが上がった。


「まさか、もう……!? フロリーナ、ウィルを連れて狼煙の場所へ向かって。くれぐれも気を付けてね」

「分かったわ、リン」


ちょっと男性恐怖症気味だったフロリーナも、この旅でマシになって来たみたい。
フロリーナがウィルさんを連れて飛び去った後、わたし達も南へ進軍する。

やがて向かって来た敵の頭上にシューターの矢が降って行き、ウィルさんが撃っている事が分かった。
味方だと思っていたシューターから攻撃を受けた事で敵軍に混乱が走り、指揮系統が乱れ始める。
そうなると、旅で強くなっているリン達の敵じゃなかった。
あらかた敵を片付けたところで、シューターの所に居たお兄ちゃんとウィルさん、フロリーナと再会。


「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「おー心配すんなアカネ、この通りピンピンしてるよ」

「シュレンは大丈夫そうね、フロリーナとウィルは何ともない?」

「うん、大丈夫……」

「いやー、シュレンがマジで凄いっすよ! シューターを奪い返そうと敵が向かって来たんですけど、ぜーんぶ一人で返り討ちにしたんです。しかも無傷って凄すぎでしょ!」


興奮気味に話すウィルさんの言葉に、誰もが驚いてお兄ちゃんを見る。
わたしだってびっくりした。お兄ちゃんがそんなに強いだなんて聞いてない。
たった3ヶ月ぐらいでそんなに強くなるなんて、お兄ちゃんはこの世界に来てからどんな暮らしをしたんだろう……。
平和な平成の日本で過ごしていた平凡な高校生であるお兄ちゃんを、こんなに鍛え上げた人が居るはず。
一体どんな人なんだろう、いつか会えるかな?


「どうだリン、俺の強さ。お前より俺の方がアカネを守るのに相応しいぞ、さっさと諦めろ!」

「う……。で、でもそんなに強いなら単独で敵を撹乱して欲しいわね。私はアカネと一緒に行動するから」

「そう来たかこの野郎!」


……ところでリンとお兄ちゃんは何で私を守るポジションについて張り合ってんの、恥ずかしいんだけど。

気を取り直し、敵将が構えている更に南の砦へ皆で進軍した。
お兄ちゃんみたいな強い人が居ると知って士気が上がったのか、勢いづいたわたし達は敵将とその側近を難なく撃破する。
キアランまでの距離が近付いたのに、ケントさんとセインさんが浮かない顔をしていて、気付いたリンがどうしたのか訊ねると。


「戦っていて気付いたのですが、今の者達はキアランの正規兵です。中には我らの顔見知りもおりました。だが何の躊躇いも無く襲い掛かって来るとは……」

「大方、ラングレン殿に寝返ったんだとは思いますがね、薄情な奴らだ。城に着けばさすがのラングレン殿も手が出せませんよ」

「残念だけど、そう簡単には行かないみたいですよ」


突然そこに割り込んで来たのはマシューさん。
そう言えば姿が見えなかった。どうやら町で情報収集して来たみたい。
……けれど、彼が持って来た情報は、わたし達に絶望を与えるもの。

まず、リンのお爺さんであるキアラン侯の病気は本当で、もう何ヵ月も寝込んでいるんだとか。
そして噂の域を出ない情報だけど、侯爵の病気はリンの命を狙う侯弟ラングレンが毒を盛っているから。
それを証言できそうなキアラン侯爵を慕う側近は、口封じで殺されたらしい事。
ここまででも最悪の事態だと言えるのに、マシューさんの悪い話は止まらない。
下には下があった。


「最悪なのはここからです。“キアラン侯爵の孫娘を名乗る偽物が現れた”と、ラングレンが領地中に触れ回ったそうです。裏切り者のケント、セインの両騎士が偽物の公女を立てて城の乗っ取りを狙ってると」

「な、何だと!?」


ケントさんもセインさんも絶句してしまう。
リンは公女だと証明できるものは何も持っていなくて、こうなるとキアラン侯に会うしか証明する手立てが無い。
でも、いきなり城を攻めても、近くの領地から援軍が来て厄介な事になりそう。
世間的にはこっちが悪者なんだから……。

そうなれば、孤立したわたし達に勝ち目は無い。
そこでリンが何かを思い付いたらしく、やや俯けていた顔を上げた。
そして、目を輝かせて。


「そうだわ、エリウッド! 彼なら話を聞いてくれるかもしれない。今ならまだ、カートレーに居る筈よ」


リンの提案に皆が賛成し、ニルスやニニアンと出会った辺りまで戻る事に。
わたしはまだ会ってないな、そのエリウッドって人。
リンが言うにはリキア貴族らしいけど、リンが頼るって事は他の貴族と違ってサカに偏見なんか無い人なんだろう。

もはや一刻の猶予すら無い。
わたし達は最後の希望を賭けて、カートレー領へ引き返し始めた。




−続く−




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