烈火の娘
▽ 3


「ドルカスさん、大丈夫ですか? 怪我は……」

「こっちの台詞だ。何故そんな無茶を……」

「仲間ですし、それにナタリーさんへ恩もあるから尚更、死なせられません」

「ナタリーに?」

「はい。わたしは臆病で、戦いから逃げてたんです。そうしたらナタリーさんに励まされて、諭されて。お陰様で役立たずから脱却できたし、恩人の旦那さんを死なせられません」


ドルカスさんと出会ったあの日の事だ。
あのナタリーさんの言葉が無ければきっと、わたしは今も役立たずで逃げてばかりで、そんなダメ人間のままだった。


「だからナタリーさんの為にも、絶対に生きてくださいね」

「……お前もな。兄と再会できたんだろう」

「もちろん、死にたくなんかないですから」


言い合って、敵が居ないのを確認して先へ進む。
どうやら他の二組は先に行ってしまったみたい。
わたし達が奥の部屋へ駆け込んだ時には、敵の将らしき男がリン達に囲まれ膝をついていた。


「リン、敵は……」

「大丈夫、倒したわ。さあ、指輪を返しなさい。それからニルスとニニアンにはもう手を出さないと約束して! そうすれば命だけは助けて……」


リンが言いかけた瞬間、男の体が不自然に傾いだ。
ひょっとして不意を突くつもりかと身構えたら、そのまま倒れてしまう。

……倒れる瞬間、
「失敗には死を」
……と、言い残して。

一歩踏み出そうとするリンを制して、ケントさんが倒れた男に近付く。
どうやら完全に死んでいるみたいで、歯か何かに毒を仕込んでいたみたい。
リンがケントさんの隣に寄り、男を見下ろして苦い顔で口を開く。


「……毒? 自分から命を断つなんて……」

「この者達はただの賊ではありませんね。かなり訓練された組織の一員でしょう」

「それが、どうしてニルス達を狙うの?」


リンの疑問に不安げな顔をするニルスとニニアン。
別に不審を抱いた訳ではないリンは二人に笑顔を向け、大丈夫、私達と一緒に居れば安全よと励ます。
ニルスもニニアンも元気が出たとまではいかないけど、少し落ち着いたみたい。
凄いな、さっき私が二人を安心させようとしたら逆に不安がらせちゃったのに。
リンの強さと人柄かな。

男が持っていた指輪を取り返し、ニニアンに渡す。
もう用は無いのでみんな立ち去るけど、リンに続いて部屋を後にしようとしたわたしは、最後にお兄ちゃんが残っているのに気付いた。
死んだ男を見下ろし……
背を向けているから表情は分からない。
どうしたのかと思って近寄ると、お兄ちゃんの小さな呟きが聞こえた。


「……黒い牙、か」

「お兄ちゃん?」


背後のわたしに気付かなかったのか、お兄ちゃんが勢い良く振り向いた。
その顔が憎しみに満ちていたように見えて硬直したわたしに気付いたのか、すぐ柔らかい笑みを見せる。


「悪い悪い、ニルスやニニアンみたいなか弱い奴を狙った下衆野郎だと思うとつい、な。行こうか、皆を待たせちゃ悪い」


確かに今、“黒い牙”って言ったよね……ブルガルで私を襲った奴ら。
まさかニルスとニニアンを狙ったあいつらは、黒い牙っていう組織……?
怖くなってしまったわたしはそれ以上、何も質問する事が出来なかった。


++++++


アラフェン領とカートレー領を抜けたわたし達は、ついにキアラン領へ入った。
でも今のキアランは、既に侯弟ラングレンの支配下にあるに違いない。
わたし達は急ぎ足でキアラン領を進んでいる。
ふと振り返れば、サカを出てからずっと麓付近を通っていた山脈は随分と遠い。
リンも同じ事に着目したらしくて、感慨深そうにしてる。


「見て、アカネ。山があんなに遠くよ! ……随分、遠くまで来たのね」

「ほんと……サカで暮らしてた頃には想像できなかったよ」

「リンディス様、アカネさん! ここまで来たら、急げば二日ほどで城まで辿り着けますよ!」


セインさんがリンを励まそうと、嬉しげに言う。
リンはそれを慮って嬉しそうな顔を向けたけど、すぐに俯いて悔しそうに、急いでも二日……と呟いた。
リンのお爺さんは病気だって噂が流れてる。
しかも、情報が錯綜して危篤だなんて噂もあるから気が気じゃない。
わたしは家族を全て失ってしまった筈だったのに、お兄ちゃんと再会できた。
なら同じく家族を全て失ってしまった筈だったリンにも、家族と再会してほしい。

ふと、わたしのやや後ろを歩いていたニニアンが、地面の凹凸に足を取られて転んでしまった。
一番近くに居たので慌てて駆け寄り、立たせてあげようと手を差し出す。


「ニニアン、大丈夫?」

「あ、はい。すみませんアカネさま……」


一瞬。
ニニアンの手に触れたほんの一瞬、指先から凄まじい冷たさが襲って来た。
冷たっ、と声を上げて思わず手を弾いてしまい、はっとしてニニアンを見る。
彼女は驚いた顔で弾かれた手を押さえていた。


「わー! ごめんねニニアン、なんか冷たくて……。ひょっとして具合悪いんじゃないの、大丈夫?」

「あ、いえ、大丈夫です。……アカネさまこそ、熱があるのではないですか?」

「え?」

「……手が。すごく、熱いです」


言われて、自分の手を触ってみるけど何ともない。
って、自分で触っても他人との体温の違いなんて分かんないか。
具合も悪くないし、特に熱くなる要素は無い。
もう一度、恐る恐るニニアンと手を合わせてみても、今度は何ともなかった。
ウィルさんと辺りを楽しげに見物していたニルスも戻って来たので、ニニアンを立たせてニルスに任せる。

……その瞬間、ニルスとニニアンがハッとして辺りを見回した。
そしてリンの方へ駆けて行き、慌てて声を掛ける。


「リンさま、大変だ! なにか危険が……!」

「何ですって!?」

「……っと言っても、今のところ何も見えませんが」


顔色を変えるリンと、特に普段通りのセインさん。
周りの皆も辺りを警戒するけど敵の影も無い。
でも強く感じます、と呟くように言ったニニアンは目を瞑り、集中してる。
次の瞬間、ニニアンが珍しく大声を上げた。


「リンさま、動かないで!」

「え?」


逆に反射的に動きそうになるのをこらえ、その場にとどまるリン。
すぐさま空から、弓で射るには大きいと思われる矢が飛んで来て、リンの進行方向の地面に刺さる。
すぐケントさんがリンを庇うように前に出て、セインさんが背後を確認する。


「な、何なの、これは一体……!?」

「シューターです! 離れた敵を攻撃できる武器で、空に向かって放つ巨大な弓矢のような武器です」


弓矢のような武器という言葉に、フロリーナがびくりと震える。
そう言えばペガサスナイトやドラゴンナイトみたいな空を飛ぶ兵は、弓矢が弱点なんだっけ。
先の方へ進んでいたお兄ちゃんが足早に戻って来てわたしの隣に並び、近くのフロリーナに、お前は対策が取られるまで危ないから飛ぶなよ、と釘を刺す。

有効な戦略は、体力のある人が傷薬などで回復しながら囮になって矢を撃ち尽くさせるか、一気に突っ込んで使用者を倒すか。
使用者を倒せば、逆に利用して形勢を一気に逆転させられるかもしれない。
弓を操る歩兵のウィルさんなら使えるだろうって。
ラスさんは馬に乗りながら弓を使うので、歩兵とは弓の構造が少し違うみたい。
どちらの手で行こうかとリン達が相談していると、お兄ちゃんが進み出る。


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