烈火の娘
▽ 2


ニルスとニニアンを狙っていた一団の残党達は、南西の……カートレー領のはずれにある古城に逃げ込んで行ったらしい。
日が暮れてしまう前にと急いでいると、リンがわたしの隣に居たお兄ちゃんへ声を掛ける。


「そう言えばあなた、シュレンだったかしら。剣を持っているけど強いの?」

「んー、まあそこそこ。足手纏いにならない強さはあると思うけど」

「剣……? お兄ちゃんいつの間に? そんなの扱えるなんて知らなかった」

「なに言ってんだよ、お前だって魔法なんか使いやがって羨ましい。あーあ、俺も素質あったらなあ」


確かに、夢中で気付かなかったけどお兄ちゃんは一振りの剣を携えてた。
この世界に来て3ヶ月あまり、お兄ちゃんも戦えなきゃ生きられない生活をしていたのかもしれない。
いつか、この旅の苦労や恐怖を笑って話せる日が来ればいいな。
そこにはお兄ちゃんだけでなく、お父さんとお母さんも居て欲しい。

……人殺しになったわたしが元の世界で、平成の日本で果たして受け入れられるのか不安だけど、ね。



やがて辿り着いた古城。
偵察から戻ったセインさん達の報告によると中は思ったより数が多いみたい。
敵が待ち構えてるところに攻め込むんだから、かなり慎重にいかないと。
中は狭い通路や小部屋があって、わたし達は何人かに分かれる事になった。
壁となる前衛の後ろから、後衛となる魔法使いや弓使いが攻撃を加える。
リンはわたしを傍に置きたがったけど、わたしの魔力がなかなか高いという事で戦力分配のため、他の人と行動を共にする事に。


「ごめんねアカネ、私が守ってあげたかったのに」

「リン、リンはちょっと色々と背負いすぎだよ。命を狙われてるんだからもっと自分の事にかまけて。わたしも戦い慣れて来たし、お兄ちゃんも居るから」

「……なんか、今まで私がアカネを守ってたのに、取られた気分だわ。ちょっとヤキモチ焼きそう」

「なーに言ってんだよ、俺がアカネの兄貴なんだからアカネを守るのは俺の役目! 先に取ってったのはそっちだろ」


いきなり割り込んだお兄ちゃんに、リンにはお世話になったんだから張り合わないでよと抗議する。
だけどお兄ちゃんは謝る気も無いらしくて、役目は譲らねぇぞー、て笑ってる。
さっきまで少し遠慮してた風だったのに、もう慣れちゃったんだから……。
調子に乗ったお兄ちゃんにムッとしたリンが言い返す前に、主君を下に見られ密かに腹を立てたらしいケントさんが、爆弾を投下した。


「シュレン、君もアカネとは別行動だぞ」

「」

「我々と行動を共にするからには従ってもらう」

「」


言葉を失っているお兄ちゃんにリンが小さく、いい気味ねー、なんて笑ったのが、お兄ちゃんに届いていませんように……。



本来なら人気が無いはずの古城に、たくさんの声が響いては吸い込まれて行く。
戦闘を開始したわたし達は三手に分かれて突入し、今まさに交戦中。
そんなに大きなお城じゃなかったらしく、中は砦のようで通路も狭かった。

わたしはドルカスさん、ラスさん、マシューさんと一緒に左の方へ。
ドルカスさんを先頭に、後ろにはわたしとラスさん、その後ろにマシューさん。
マシューさんは盗賊だから戦闘向きじゃないと言っていたけど、ドルカスさんとラスさんは場慣れしていて安心できる……けど。


「……」

「……」

「……」


し、静かだ……!
戦場でべらべら喋ってる方がおかしいんだろうからこれが正しいと思うんだけど、にしたって静か!
敵を斬ったり射ったり燃やしたりしてるのに、心なしか何もしてないより静かな気がする……。
明らかに自分がおかしい気まずさを抱えていると、後ろのマシューさんにちょんちょん肩をつつかれた。
ドルカスさんやラスさんの邪魔にならないよう、あくまで小声で応える。


「何ですか?」

「いや、寡黙な男に辟易してるんじゃないかと思ってちょっかい出してみた」

「……戦場ではこれが普通だと思いますけど。用が無いならこんな時にふざけないで下さいよー」


もう、と呆れて前に向き直れば、ごめんごめんと笑いながらもう一度、今度は普通に肩を掴まれた。
いい加減にして下さいとわたしが怒鳴る前に、マシューさんは前方右側の壁を指差す。


「あの壁、かなりヒビが入ってるから壊れるぞ。中からお宝のニオイがする」

「ニオイって……て言うかお宝目当てですか」

「何を言ってんだよ、オレ達がいま探してるのは指輪じゃねぇか。違っても役立つ物かもしれない、利用できるモンはしようぜ」


ニヤリと笑ったマシューさんに、盗賊稼業したいだけなんじゃないかと思った。
けど確かにわたし達が探してるのは指輪だし、違ってもお金になる物なら旅の助けになってくれるはず。
通路の先が行き止まりだったので、マシューさんが示した壁を壊してみる事に。

ドルカスさんが斧を振りかぶり、ラスさんがすぐ突入できるように馬を構えさせ弓と矢をつがえる。
敵と戦うと考えるならいつもの事なのに、先が見えないだけでかなり不安だ。
わたしも魔道書を構えていつでも魔法が使えるように魔力を含蓄した。

斧が振り下ろされる。
長い年月放置されていたらしい壁は予想外に広い範囲が壊れ、わたし達の前には待機していたらしい数人の敵。
槍使いのソルジャーと傭兵が数人、ソルジャーは手槍を持ってないから……間接攻撃が出来る敵は居ないね。
真っ先に向かって来たソルジャーにラスさんが弓を放ち、ドルカスさんが突っ込んで傭兵を仕留める。
わたしが炎魔法を放って一人を倒すと瓦礫だらけの部屋に土煙が巻き起こり、それに乗じたマシューさんが傭兵の背後に回って息の根を止めた次の瞬間、再び放たれたラスさんの矢がもう一人、命を奪った。

我ながら見事と思える連係プレーで部屋の中に居た敵は倒してしまい、嬉々として宝箱を開けるマシューさん。
っていうか宝箱あったの、気付かなかったよ……。
開けると頑丈な鎧を纏った敵に効果的なハンマーの武器があって、なんだハンマーかとつまらなさそうに呟いたマシューさんは、ドルカスさんにそれを渡した。
この辺りの敵は大体片付いたみたい。
わたしは何となく隣に居たラスさんに、思い切って声を掛けてみる。


「みんな、敵を倒してしまったでしょうか。大丈夫だと良いんですけど」

「……喧騒が先程よりずっと小さく少ない。心配しなくても勝っているだろう」


……会話して貰えた。
いや、ラスさんは普段が無口なだけで、決して無視するような人じゃないっていうのは分かってたけど。
それでも妙に感動したわたしが浮かれて、進んで皆と合流しましょうと言った瞬間、寒気が走る。
え、と思って、どこからか放たれるその寒気の元を探して視線を動かした。
他に何か無いか探るマシューさん、次いでこちらに体を向けているドルカスさんが見え、瞬間、彼の背後にある部屋の出入り口に、魔道書を持った敵を発見する。

手に集まる暗黒……闇使いのシャーマンだ!
狙いは出入り口に背を向けているドルカスさん……!


「ドルカスさんっ!」


言葉より先に体が動いて、わたしは咄嗟にドルカスさんを突き飛ばす。
わたしの力では体格の良いドルカスさんを動かせなかったけど、面食らった彼がその場から二、三歩引いてくれて助かった。
ドルカスさんが居た位置にわたしの体が収まり、全身を闇に包まれる。

苦しい。
体が押し潰されそうな、逆に引き伸ばされそうな、よく分からない感覚。
ただ苦しく、外傷も付かないのに全身が痛むのを感じる……
けど、何とか踏みとどまり倒れずに済んだ。
ハッと気付くとシャーマンは矢が突き刺さり死んでいて、三人が心配そうにわたしを取り囲んでいた。

あ、助かったんだ。
そう思うと安心して笑みが浮かんでしまう。


*back next#


戻る

- ナノ -