烈火の娘
▽ 1


もう家族を全て失ったはずのわたしを待っていたのは、死んだと思っていたお兄ちゃんとの再会だった。
今までどこで何してたの、と訊いても、俺にも色々あったんだよとだけ言われ肝心の答えを濁される。
ひょっとしたら話す事も憚られるような目に遭ったのかもしれないし、それ以上は訊けなかった。
お前は大丈夫だったかと質問され、リンという女の子に助けられて2ヶ月一緒に暮らした事、今は彼女の故郷へ旅をしていると教える。


「そうか、助けてくれる人が居たなら良かった。お前が一人でこの世界に飛ばされてたらって思うと、この3ヶ月ずっと心配だったよ」

「……お兄ちゃんは、誰かと一緒に居られた?」

「ああ、心配するな。俺も一人じゃなかった」


その返答にホッとしたわたしは、お兄ちゃんの言葉を反芻して妙な単語がある事に気付いてしまった。

“この世界”に飛ばされ……って、どういう事?

まるで別世界に来たとでも言いたそうな言葉。
確かに文化から考え方から何もかも違って、別世界って言いたくなるけど。
それについて訊ねるとお兄ちゃんは言い難そうに視線を逸らした後、また真っ直ぐにわたしを見て言った。


「いいか、アカネ、落ち着いてよく聞け。ここはな、日本じゃないんだ」

「外国だって事ぐらいならわたしも分かるよ。誰もが日本語を使ってるのは、ちょっと気になるけど」

「……言い方が悪かった。いいか、ここは地球でもない。それどころか俺達が住んでいた宇宙でもない。次元も何もかも違う、完全な異世界なんだ」


お兄ちゃんが何を言ってるのか全然分からない。
異世界? ……って、そんな夢みたいな話ある訳ないのに。
わたしは3ヶ月も過ごしたんだから、サカやベルン、リキアの国々が夢じゃない事はちゃんと分かってる。

……そう思った瞬間、自分が抱えている魔道書の存在を思い出して蒼白した。
そうだ、魔法。こればかりは夢でもないと説明できない。
だけど日々を過ごしたわたしは、夢じゃない事を分かっていて……。
足下が、音も立てずに崩れたような気がした。
奈落のように底の見えない崖の上にわたしは立っていて、いや、浮いていて、認めた瞬間に落下してしまいそうで。


「……違う」

「アカネ」

「違う……なに言ってるのお兄ちゃん、そんな馬鹿な話ある訳ないじゃん、ゲームのやりすぎだよ!」


考えてみれば、魔法に限らずおかしな事ばかりだ。
どう見ても日本人じゃない人々が、揃いも揃って日本語を使ってるのはなぜ?
勉強してもいない知らない文字が読めるのはなぜ?
ペガサスだとかドラゴンだとか、そんなものが当たり前に存在するのはなぜ?
ドラゴンはまだ見た事が無いけれど、ベルンには竜騎士というものがあるって聞いたし……。

分からない。
これらが何なのか。
……分かっては、いけない。


「違う、違うっ! じゃあやっぱり夢なんだよ、現実なんかじゃない!」

「落ち着けアカネ、夢じゃない事は何ヵ月も過ごしたお前なら分かるだろ、ここは異世界なんだっ!!」


足下が崩れた。
認めたくない言葉を再び言われて、脳が完全に認めてしまったらしい。
でもわたしは落ちなかった。
お兄ちゃんが抱き締めてくれたから、落ちなかった。
わたしはお兄ちゃんと再会した時とは違い、今度は声も上げずにただ泣いた。
ゆっくり、ゆっくり受け入れると逆に冷静になれる。


「……帰れるの?」

「分からない。手掛かりが何も無いからな。俺もアカネの仲間に同行させて欲しいんだけど、いいか?」

「わたしに訊かれても……だけどリンなら絶対にOKしてくれるよ、わたしもお兄ちゃんが居てくれたら心強いし」



取り敢えず、異世界から来た事は黙っておく事に。
信じて貰えるまで時間が掛かるだろうし、万が一嘘つきのレッテルを貼られたら大変な事になる。
そう言えばニルスのお姉さん、と思って、お兄ちゃんと二人で砦へ入る。
ちょっと道に迷いながら奥の広間へ辿り着くと、リンが慌てて駆けて来た。


「アカネ、どこに行ってたのよ! 心配したんだから……!」

「ごめんね、ニルスのお姉さん見付かった?」

「ええ。エリウッドっていう人が助けてくれてて。来る時に会わなかった?」

「ううん。ちょっと迷ってたから行き違ったのかもしれないね」


リンの傍を見ると、ニルスと一人の少女が居た。
水色の髪を長く伸ばし、似た色をした足を覆い隠すほど長い衣装が神秘的だ。
儚げな表情も相まって、神秘的すぎるあまり人間じゃないように見える。


「アカネさま、ですか? ニニアンと申します。助けて頂いて、本当に有難うございました……」

「いえいえ、無事で良かった。ニルス、お姉さんと会えて良かったね」

「うん、アカネさんも有難うね。……ところで、あのひとは誰なの?」


ニルスが示した先、いつの間にか遠まいていたお兄ちゃんがこっちを見てた。
こっちおいでよと手招きして、主にリンに対してお兄ちゃんを紹介する。


「あのね、さっきお兄ちゃんと偶然再会できたの!」

「あ、ども。兄の朱蓮です。妹がかなりお世話になりましたー」

「お兄さんが生きてたの!? 良かったじゃないアカネ、元気そうで!」

「うん。……でもさ、まだ一緒に行動したいんだけど、お兄ちゃんも一緒に。良いかな……?」

「良いに決まってるでしょ、またよろしくね」


同行を認めて貰えて、お兄ちゃんもホッとしたみたい。
ニルスとニニアンは、二人で笛や踊りなどの芸でお金を稼いで旅をしていたけど、ニニアンが足をくじいてしまった為に二人だけの旅が難しくなった事でリンに付いて行く事になった。
もちろんリンは危険だからと拒否したけれど、二人には自分達に降り掛かる危険を少し前に感じる事の出来る特別な力があるらしくて、それで恩返しがしたいと一緒に行く事になったらしい。
こんなか弱そうな二人、置いて行く方が危険だしね。

出発しようとしたら、ニニアンが小さく声を上げた。


「……あ」

「? ニニアン?」

「指輪が無くなっているわ。ニニスの守護が……」

「そ、そんな! 奴らに持っていかれたの、母さんの形見なのに……!」


くそぉっ、と悔しそうに床を踏むニルス。
母さんの形見、という言葉にリンを見ると、彼女も気になるみたい。
リンはすぐにケントさんとセインさんを呼んで相談を始めてしまった。
ニルスとニニアンは、奴らを追って行くのは危険だから諦めると言うけれど、わたしだって放っておけない。

わたしは、お母さんやお父さんの形見となる物を何も持っていなかった。
燃え盛る家、“化け物”の牙に引っ掛かっていたお母さんのエプロン……。
あの光景が鮮明に思い出されて身震いすると、お兄ちゃんが手を握ってくれた。
お兄ちゃんも襲われて、いつの間にかこの世界に来ていたんだろうか。
お兄ちゃんが無事だったから、ひょっとしたらお父さんとお母さんも無事なんじゃないかと希望が湧いた。
でもわたしがそれをお兄ちゃんに訊ねる前に、歩み出たお兄ちゃんがリンに話し掛ける。


「えっと、リンだっけ。さっきアカネと再会する前に、南西へ走り去る変な集団を見掛けたんだ。ひょっとしたらそいつらが……」

「南西へ? ……そうかもしれない。ケント、セイン、奴らの消息を追って。南西の可能性が高いわ!」

「はっ!」


リンが命じ、ケントさん達が砦を出て行く。
わたしは不安そうにしているニルスとニニアンに近寄り、安心させようと笑顔を見せた。
……でも二人とも、一層不安そうになってしまった。
あれ? 逆効果?


「あの……アカネさん。ほんとに取り返しに行くの?」

「うん、行くよ」

「でも、きっと奴らのアジトへ行く事になるよ、さっき戦った奴らより、もっともっと強い奴がたくさんいるよ、きっと!」

「……指輪の事はもういいのです。どうか、リンさまを止めて下さい」

「ニニアンまで……。大丈夫、みんなすっごく強いんだから安心して。リンを守るべきケントさんやセインさんも了承したんだから、きっと勝算はあるよ!」


……だと信じたい、なんて、わたしが感じている少しの不安を出さないように努めたの……バレてないといいな。


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