烈火の娘
▽ 5


村に戦いの事を告げたわたしはルセアさんを連れてリンの所へ戻った。
ルセアさんをリンや仲間達に紹介した後、リンの方も少年……ニルスという名らしい彼の事を教えてくれた。
なんでも彼、バードという職業……つまり吟遊詩人で、笛を使った不思議な演奏が出来るみたい。
実際に聞いてみたら、と言われお願いすると、ニルスはすぐに演奏してくれる。
その音色は耳を通らず、まるで直接、心の方へ響いて来るかのような印象。
体が軽くなり、普段以上の力が発揮できそうな。


「凄いニルス、綺麗な音色だね! すぐ隣で聞いたら力が湧いて来るよ!」

「うん、この笛の音で皆を応援するよ。……えっと」

「あ、わたしはアカネだよ、宜しくねニルス」

「アカネさんだね、ぼくの力が必要ならいつでも言ってね」


にっこり笑ったニルスに、温かい気持ちが広がる。
彼のお姉さんを、何としてでも取り返してあげたい。
わたしもお兄ちゃんを失ってしまった身として、兄弟を失う辛さは知ってる。

敵の中には、威力が高いという闇魔法を操るシャーマンが複数居るみたい。
魔法耐性が高く、闇魔法に強いらしい光魔法を操れるルセアさんに頼りながら、わたし達は先へ進んだ。
ふと先の方の民家、マシューさんが家主らしき人と話をしているのが見える。
……何を話してるんだろう、話はよく聞こえないけど親しそうにしてるなあ。
仲間から遠くないし、好奇心を刺激されて近寄ってみた。


「……オレの目で見極めろって事だったんで、孫娘の方に力を貸してます。あの侯弟のラングレンという男は野心がありすぎる。ほっといたら、いずれはオスティアの敵にな……」

「マシューさん、なに話し込んでるんですか?」

「っ、アカネ!?」


こっそり近付いて声を掛けたら、かなり驚かれた。
あれかな、わたしみたいな素人に気付かなかったからショックなんだろうか。
特に気配消したりはしてない……というか、そんな方法知らないんだけど。
ふと民家の中に目をやると、青い髪を後ろへ撫で上げた精悍なお兄さんが居た。
重そうな鎧を着込んでいて、一見してその辺りの一般人ではないと分かる。
そのお兄さんがこちらを見て顔を顰めたものだから、怖くなって逃げてしまった。


「あ、お邪魔でしたよね! ごめんなさい今すぐ立ち去りますからー!」

「おい、お前!」


青い髪のゴツいお兄さんのものらしき声が聞こえたけど、ヤバいと思って立ち止まりも振り返りもせず、ただひたすらに逃げる。
あれだね、好奇心は猫をも殺すっていうしね、関わらない方針で行こう!


++++++


……アカネが走り去った後、何なんだアイツ、と青い髪の青年……ヘクトルが独りごちた。
その様子を見たマシューは、初めてアカネの顔を見た時から感じていた事を訊ねてみる事に。


「若様、ひとつ良いですかね。今の女の子、どっかで見覚えないですか?」

「あ? 見覚えっつったって……。……いや、どっかで見たような気はする」

「ですよね。オレも思い出そうとはしてるんですが、どうも出て来なくて。商売柄、顔に見覚えある気はするのに分からないって致命傷なんスけど、はは……」

「……お前が“仕事中”に見た顔だとしたら、それなりにヤバいんじゃねえか?」

「いや、さすがに仕事中に見たなら覚えてますよ。若様も見覚えあるんですから、もっと別の場所で見た筈なんですけど……」


思い出そうと記憶を巡らせても、アカネと同じ顔を引っ張り出せない。
しかし確かに、どこかで見た筈……それは間違いなく断言できるのだが。
マシューが思い出そうと頭を捻っている横で、ヘクトルは何故か胸騒ぎがしていた。


「(……何だ? 確かにアイツはどこかで……。しかも何となく穏やかな話じゃなさそうな気が……)」


あの少女が居る事で何か良からぬ展開になるのだとしたら、警戒しなければ。
ひとまずヘクトルは、約束のこの場にまだ現れない親友の身を思い出し、心配していた。


++++++


わたし達は敵を倒しながら進み、遂にニルスのお姉さんが連れ去られたという砦にやって来た。
門の所にはローブを身に付けた怪しげな男性。
黒い魔道書を構えたシャーマンは虚勢を張っているのか、追い詰められた状態でも諦めようとしてない。


「子供を助けて英雄気取りかもしれんが、それが死を招くとなれば、どうかな?」

「私達は死なないわ、さあ、ニルスのお姉さんを返しなさいっ!」


リンが愛剣を手にシャーマンへ斬り掛かる。
瞬間、シャーマンに放たれた闇魔法は地面へ吸い込まれ、下からリンを狙う。
それはまるで地を這う蛇のようで、禍々しさと相まって寒気がしてしまった。
リンは慌てない。打ち合わせ通りに光魔法を放ったルセアさんが闇魔法を掻き消し、斬り掛かるかと思われたリンが飛び退く。
その後ろからウィルさんとラスさんが同時に矢を放ち、飛び道具に油断し切っていたシャーマンを貫いた。


「やった、リンさまっ!」


ニルスが満面の笑みを見せ、リンの元へ走る。
私はいいから早くお姉さんを探しましょ、と促され、慌てて砦の中へ。
良かった、これで彼のお姉さんはきっと助かる。
私みたいに兄弟を喪わせるのは嫌だったから良かった、しかもあんな小さい子……。


「アカネっ!!」


他の皆は砦の方へ行ってしまい、最後に歩み出したわたしの耳に、届く声。
名を呼ぶそれが脳まで到達した時、わたしの心臓は圧縮されたものが解き放たれたかのように跳ねた。

違う、聞き間違いだ。その声がわたしの名前を呼ぶ筈なんてない。
ニルスと彼のお姉さんの事を考えていたら、つい思い出して幻聴がしただけ。
……頭ではそう思っていても、心は頑として認めさせようとわたしを促した。
苦しくなって堪らず、どうせ期待は裏切られる、と予防線を張りながら振り返ったわたしの目に。


「お前、アカネだろ! 生きてたんだな……!」


期待通りのものがそのまま映し出された。

苦しい。胸が締め付けられる。
でもそれは辛さではなく、嬉しさから来るもの。

わたしの口が喉が何かを叫んだ気がしたのに、わたしの耳には何も届かない。
視界がぼやけると思ったら目から涙が止めどなく溢れていて、ようやく自分が泣いている事に気付く。
わたしは名を呼んでくれた人にしがみつき、涙を拭おうともせずに叫んだ。
さっきの叫び声は聞こえなかったけど、今度の声はちゃんと自分の耳が拾う。


「うそ、うそっ、本物だよね、夢じゃないよね!?」

「ああ。よく生きてたなお前、大丈夫だったか?」


みっともないだなんて、そんな事は思えない。
他の皆が砦の中へ消えて行ったのを良い事に、わたしは声を上げて泣いた。
多分、他の皆が居たとしても構わずに大泣きしていたとは思うけど。
状況を考えれば誰もからかわないとは思うし。
しがみつくわたしを抱き締め、背中を優しく叩いてくれる懐かしい腕。
その温もりが涙腺を緩めながら入り込んで来る。


「3ヶ月ぐらい、か? 辛かっただろ、今まで一人にしてごめんな」

「うん、うん……!」


もう何も考えられない。
今はただ、形振り構わず甘えていたい。

わたしは暫く、懐かしい優しさ……お兄ちゃんに抱き付き、泣きじゃくっていた。




−続く−




*back ×


戻る

- ナノ -