烈火の娘
▽ 4


……そこへ、馬の足音。
振り返ったわたし達の目の前に、ラスさんが現れる。
リンが驚いて彼の方へ歩み寄って行った。


「ラス! どうしたの、こんな所で……」

「……城主との話を聞いていた。ロルカ族のリン、誇り高き草原の民よ。その同胞として俺はお前に力を貸そう」

「本当!? 有難う、心強いわ。これから宜しくね」


ラスさんから旅の足しになればと5000Gもの大金を受け取り(リンは受け取れないと断っていたけど、ラスさんも引っ込めなかった)、これから更に険しくなるであろう戦いに備える。
先程の聞こえなかったアラフェン候との会話の中に、リンの祖父であるキアラン侯が病気だという情報があったらしい。
敵の攻撃が険しくなろうとも、歩みを止める訳にはいかなかった。
リンがわたしに近付いて来て、こっそり耳打ちする。


「アカネ、さっきは有難う、私の為に泣いてくれて」

「え、あ、はは、何か恥ずかしいんだけど……」

「いつも居てくれて有難うね。皆が居てくれるから私、ここまで来れたの」

「……他の皆はともかく、わたしって何も役に立った覚えないんだけど……」

「もう、そんなこと言わないで。あなたは攻撃に夢中で気付いてないみたいだけど、私あなたの魔法に何度も助けられているのよ」

「えっ……」

「それに、居てくれるだけで良いって事もあるの。自分以外に守るべきものがあるって、自分を物凄く強くしてくれるんだから」


誰かを守ろうとする気持ちが、自分自身を強くする。
色んな漫画やアニメやゲーム、ドラマや小説で使い古されている筈の言葉なのに、何故か、今のわたしにとっては青天の霹靂だった。


++++++


アラフェン候の援助に見切りをつけたわたし達は、キアランへ行軍を続けた。
リンのお祖父さんの病が本当なら、事は一刻を争う事態になっている。
今わたし達が居るのは、カートレーという領地。
ここを南に抜ければキアラン領へ入れるみたい。
このまま行けば、後十日ほどで着けるんだとか。
今までの旅路を思えば残り僅か十日か、なんて思える筈だけど、家族の命が掛かっているリンにとっては一日千秋の思いだろうな。
いや、リンだけじゃない。誰もがそう思ってる。

小さな村の側を通り掛かった時、不意に向こうから小さな影が走って来た。
見れば青緑の短髪に赤い瞳をした幼顔の美少年。
やけに慌てた様子で、わたし達に声を掛けて来る。


「あの、すみません!」

「? 私に何か用?」

「お姉さんたち、もしかして傭兵団かなにか?」

「……だとしたら?」

「力を貸して欲しいんだ!」


少年の訴えに優しいリンは、心が動き掛ける。
でもすぐケントさんに、子供とはいえ気を許さない方が良いと諭され、先を急ぐから他を当たって欲しいと断った。
それでも少年は引き下がらずに、まるでこの世の終わりと言う程に蒼白だ。
なんか、可哀想。リンじゃなくても心が動くよ。


「今すぐじゃないとダメなんだよ! ニニアンが……ぼくの姉さんが、あいつらに連れて行かれてしまう!!」

「お、お姉さんっ!? 君のお姉さんが誰かに捕まってるのか?」

「……セイン」


姉さん、の単語にセインさんが目を輝かせた。
うん、まあ、この子まるで女の子みたいに美少年だし、お姉さんも期待できるだろうけどさ、うん。
少年は話を聞いてくれそうな人を見付けたと、捲し立てるように続ける。


「うん、すごく悪い奴らなんだ。ニニアンを連れて行かれたら、ぼく……どうしたらいいか……」

「リンディス様、人助けですっ!!」

「セイン、我らは急ぎの旅なのだぞ。侯爵のご病気が本当だとすれば、一刻も早く戻らねば……」

「ケント、待って。私、この子を助けてあげたいわ」


リンの言葉に、ケントさんが驚いて彼女を見る。
勿論リンだってお祖父さんの事は心配の筈。
でも彼女はやっぱり、子供から家族を奪うような奴らを許してはおけない。
リンが家族や部族の皆を殺された時、どれだけ辛かったかわたしは知らない。
けれど似た気持ちはわたしだって持っている。
……あの、化け物に、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、殺されてしまったんだから……。

リンの言葉にケントさんも承諾し、少年を助ける事になった。
すると向こうから、覆面で顔を隠した怪しげな男達が向かって来る。


「くくく……見付けたぞ。さあ、ネルガル様の元へ大人しく戻るのだ!」

「嫌だっ! ニニアンを返せ!!」

「……命さえ残っていれば多少、傷付いても問題なかろう」


問答無用で剣を構え、少年に斬り掛かる男。
あんな子供を手に掛けると思わなかったわたしが、あっと声を上げそうになった瞬間リンが割り込み、自らの剣で男の剣を跳ね返した。
少年一人だと思っていたらしい男に動揺が走るけど、余裕があるのかすぐ怪しい笑みを浮かべる。


「……この子の姉さんを返してあげて」

「ほう、この子供を助けようというのか? 哀れな話だ、関わらなければここで死ぬ事も無かったのに」

「それはどうかしら? 私達を見くびったばかりに、痛い目に遭うのはそっちよ!」

「ふっ、女よ……その言葉、後悔するなよ。皆の者、かかれ!」


控えていた男の仲間達があちこちで構えてるみたい。
わたしはすぐ側の小さな村へ、戦いが始まる事を告げに行こうかな。
リンに言って、ほとんど入り込んでいた小さな村へ戦いの事を告げに行く。

そうしたら村の方から一人、人が歩いて来た。
長い金髪をした、清楚な感じのお姉さん。
なんかシスターって感じかな、あんな穏やかで清楚で優しそうなイメージ。
……あ、セーラはちょっと違うんだけど、ね。
と言うかお姉さんはわたしの方へ来てるみたいだけど、何か用なんでしょうか。


「あ、あの、すみません。あなたはひょっとして、あの少年に力を貸して下さった方のお仲間ですか?」

「見てらしたんですか。確かにそうですけど」

「あの少年は先程、村の宿に助けを求めて来ました。しかし巻き込まれるのを恐れた宿主は、彼に酷い言葉を……」

「え、あんな小さな子にですか!?」

「私も、手伝わせて頂けませんか? 少しでもあの子の力になりたいのです」

「分かりました、仲間の所へご案内しますね、お姉さん」


言った瞬間、お姉さんが少し硬直した気がする。
どうしたんだろうと思っていると、少し気まずそうにしながら切り出した。


「も、申し遅れました。私はルセアと申します。まだ修行中の見習いですが……。一応、エリミーヌ教の神父を務めさせて頂いています」

「………」


神父、つまりそれは。
【お姉さん】がなれる職業じゃ、ない、よ、ね。


「……ごめんなさい」

「いえ、慣れていますから大丈夫ですよ」


にっこり微笑んでくれたお姉さ……。
いや、お兄さん、ルセアさんは気にしていないようだけど。
反則だよね、こんな美人なお兄さんなんて……。
ああ、なんか女として泣けて来ました、わたし。


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