烈火の娘
▽ 3


「わたしはアカネです。マシューさん、ですね。宜しくお願いします」

「アカネだな、宜しく」

「それで、こちらは……」


もう一人、こちらは完全に見た事の無い男性。
馬に乗って弓を携えてる……気のせいか、服装や雰囲気がリンに似てるような。


「彼は私と同じサカ草原出身の、クトラ族のラスよ。今はアラフェン候に雇われているらしくって、協力して貰ってるの」

「そうなんだ! ラスさん、わたしはアカネです。宜しくお願いしますね」

「ああ……」


少しだけ赤に近い茶色を身に纏った彼は、必要最低限の会話しかしないとばかりにそれだけを言う。
それでも嫌われたのかな、なんて思えないのは、彼から嫌な感じがしないから。
元々あまり口数の多い人じゃないんだろうな。

わたしはいつも通りにファイアーの魔道書を構え、リンの傍で敵を屠る。
……気持ち悪い、気分が悪い、こんな事やめたい。
そう思ってしまう心を何とか抑え込んで、死体や傷付いたものを見ないよう、ただ必死で魔法を放った。
どうして皆、平気そうにしているんだろう。信じられない。
こんな危ない国で、そうしなければ生きていられないのは分かるんだけど……。
普段の彼らを知っているからこそ、それとの落差で目の前の皆が怖く思えた。

誰に謝れば赦されるんだろう、どうしたらこの罪から逃れられるんだろう。
そんな事をつい考えてしまい、ここから逃げ出したい気持ちが膨らむ。
今まで殺した人達の分の罪を清算して、全てから目を逸らしてしまいたかった。


「アカネ、危ない!」

「!!」


ケントさんの声が響き、瞬時にリンに突き飛ばされる。
わたしが今立っていた所を矢が通過して行き、次の瞬間わたしの傍を通り過ぎたセインさんが、兵舎の中に居た弓兵を倒した。
突然の事に呆然としたけど、すぐさま蒼白になる。


「リンディス様、お怪我は。アカネも大丈夫か」

「ええ、私は大丈夫。アカネは平気?」

「あ、うん、有難うリン……。ケントさんとセインさんも有難うございました」


心臓がバクバクと高鳴り始めて苦しくなる。
今ケントさんが声を上げてくれなければ、リンが突き飛ばしてくれなければ、あの矢は間違い無くわたしに突き刺さっていた……。
体が小さくだけど震え始めて止まらない。

今までは運良く、自分が怪我をする事は無かった。
でも戦場に居るんだから、いつ怪我したっておかしくなかったんだよね。
きっと、リンがかなり気を配ってくれていたんだ。
でも目的地へ近付くにつれ敵の攻撃も激しくなり、リンの余裕も無くなる。
わたしがいつまでもリンに頼っていたら、今度はリンの身が危ない……。


「アカネ、考え事か」

「え、あ、ケントさん…」

「戦場で身辺を疎かにする程の考え事は感心しない。君の身が危うくなるだけで良い事など一つも無いぞ」

「あ、はい、すみませんでした……」

「謝る必要は無い、君自身の事だ。次から気を付けないと、取り返しの付かない事になってからでは遅いからな」


それだけ言って、ケントさんはセインさんと先へ行ってしまった。
心配……してくれたんだ。
本当はリンを危険に晒した事を責めたかったのかもしれないけど、わたしの戦闘経験を鑑みて黙ってくれていたんだと思う。
……これを有り難いと思っちゃ駄目だ、情けなくて恥ずかしい事だと思わなければ、わたしは成長しない。

泣きそうになっていたのを、唇をぎゅっと結んでひたすら耐え、両足に力を込めて地面を踏み締めた。
今は、罪からひたすら目を逸らしていよう。
どうすれば逃れられるか分かるまで、考えるのはやめにしておこう。
もう周りに迷惑を掛けないように、そして何よりわたしが生き残る為に。


++++++


3ヶ所の仕掛けを操作し、隠し通路は開かれた。
内部から崩されて刺客は総崩れになり、ラスさん率いる部隊の活躍であっと言う間にアラフェン城解放に成功する。
その足でアラフェン候に謁見する事になって、リンはケントさんやセインさんと共に、ラスさんに連れられ侯爵様の所へ赴く。

……アラフェン候に協力を仰ぐと聞いた時に感じた嫌な予感がまた顔を出した。
リンに、侯爵様の所へは行かないで城を出ようと言いたかったけど、そんな事なんて言える訳がない。
わたし達はずっと離れた後方に居たから詳しい会話の内容は聞こえなかったけれど、
いきなり不穏な声が聞こえて来て、そこからの会話が大きくなり筒抜け状態に。


「アラフェン侯爵様っ! それでは、お約束が……!!」

「……ケントと言ったか? そなたは、わしに肝心な事を言わなかったではないか!」

「……と、申されますと?」

「この娘、確かにマデリン殿に似ておるが、まさかここまでサカの血が濃く出ておるとは……」


場の空気が凍り付いた。
侯爵様は続けて、サカ部族の孫娘などに戻られてはキアラン侯爵もさぞや迷惑するだろうと鼻で笑う。
遠くてリンの顔は見えないけれど、きっと戦慄いているのだろうと思う。
セインさんが思わず突っ掛かりそうになって、ケントさんに止められていた。

……頭がくらくらする。
何故か動悸がして息苦しくなり、涙が滲んだ。
そのせいか途中から会話が聞こえなくなり、ようやく聞こえたのは静かに憤ったリンの声。


「……わかりました。ケント、セイン、戻りましょう。私は、自分に流れるサカの血に誇りを持っている。だから、それを侮辱する人の力なんて絶対に借りたくないわ!」


リン達が戻って来る。動悸と息苦しさに耐えていた私は、行きましょ、とリンに引っ張られて多少よろけながら城を出た。
外に出てからはセインさんがリンの啖呵にスッとしたような顔で、リンディス様には我々がおります! と楽しそうに言う。
ケントさんはリンの身の安全ばかりを考え、リンの心にまで気が回らなかった事を謝罪していた。
謝罪するケントさんに、彼が自分の事を一番に考えてくれていると分かっているリンは彼を慰める。

……謝らなきゃ。
わたしも、リンに、謝らなきゃいけない。

まだ頭がくらくらして涙が滲み、息苦しい。
どうしてだろう、リンを馬鹿にされた悔しさだけじゃない、これは……。
恥ずかしさ、気まずさ、そして申し訳なさ……のような気がする。
何でわたしがあの侯爵様の言動で申し訳なく思わなきゃいけないんだろう。
何か繋がりのある人でもないのに、とんだとばっちりだ。
でも息苦しい、涙が溢れる、これは謝罪しないと収まりそうもない。


「リン、ごめんね……」

「え、ちょ、どうしてアカネまで謝るのよ、あなたが謝らなきゃいけない事なんて無かったでしょ」

「分かんない、分かんないけど、あの侯爵様の言葉を聞いたら、なんか……リンに謝らなきゃって」

「泣かないでアカネ。自分の事みたいに悔しく思ってくれたのね、有難う」


本当はそれだけじゃないんだけど、ややこしくなりそうなので言わなかった。
リンに頭を撫でられていると落ち着いて来る。
それも束の間、セインさんが、なんて美しい友情なんだ! あとリンディス様、俺の頭も撫でて下さい!
なんて言って駆け寄ろうとして、ケントさんにど突かれてしまう。
そんな漫才を見ていると自然と笑えて、息苦しさも次第に治まって行った。


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