烈火の娘
▽ 2


リンが、広場の噴水そばにある水場でペガサスに水を飲ませていたフロリーナに声を掛けた。
確かに街中でもあんな事になったし、用心するに越した事は無いかも。
いざとなったらフロリーナのペガサスに乗せて貰って逃げればいいか。
よろしくね、と微笑み合い、さっそくペガサスに乗ってセインさんに教えて貰った魔道書のお店へ。
初めて乗ったペガサスでの空の散歩はやっぱり怖かったけど、日本では味わうのが難しい、足下まで広がる景色が楽しすぎる。

……うん、怖いんだけど。
怖いんだけどね。
まあそんなに高くないしすぐ慣れる……前に目的の店に着くか、うん。


「アカネ、平気? あんまり飛ばさないから、しっかり掴まってれば大丈夫よ」

「うん、大丈夫。……で、でもあんまり揺らさないでね、フロリーナならそんな事しないと思うけど……」


どう見ても大丈夫じゃない言い方をしてしまい、フロリーナがクスリと笑う。
セインさんに結構歩くと言われた距離も、ペガサスに乗っていたら大した距離じゃなかったみたい。
特徴を聞いた雑貨屋を見付け、そこで曲がった路地の奥に魔道書のお店。
少し狭い路地だからフロリーナには雑貨屋辺りで待っていて貰い、わたしは一人で薄暗い路地に足を踏み入れた。

外国で一人でお店に入るのは初めてだからか、何だか少し緊張してしまう。
何故か言葉は通じる……のは分かってるけど、勝手が日本と違ってたりするし。
いざ話し掛けた時に頭がごちゃごちゃにならないよう、例の魔道書を荷物入れから取り出して確認。
えっと、お店の人にこの魔道書を見せて、分からなかったら店主さんを呼んで貰って……。


「お嬢さん」

「えっ」


一人でぶつぶつ言っていると、不意に声を掛けられる。
振り向けば少し侘しいローブを着たお爺さんが。


「その魔道書、どこで手に入れたのかね? もし良ければ譲ってもらえんか」

「あ、でもこれは……」

「そこの魔法書店で売るつもりだったんじゃないか? わしならその店より高く買い取るぞ。ほれ、この白の宝玉は売れば一万ゴールドにはなる」


提示された大金に一瞬、ぐらりと揺れ掛ける。
それだけあればリンの旅路にも余裕が出来る、けど……魔道書の持ち主が分からない以上、手放せない。
大金に心動かされた事を悟られないよう何でもない振りをして、お爺さんの提案を丁重に断る。
けどお爺さんは諦めきれないのか、更に金額を吊り上げて懇願して来た。

……って事はこれ、そんな貴重な魔道書なの?
じゃあ益々手放せないな、持ち主さんに悪いし。


「金額が足りんか? では白の宝玉を二つじゃ、二つにしてやろう!」

「で、ですから! 幾ら積まれてもこの魔道書を手放す訳にいかないんです!」

「お嬢さんも商売上手じゃのう! ええい、こうなったら宝玉をもう一つ……」

「そこまでにしといてやれよ爺さん」


突然、わたしの背後から声が割り込んで来た。
振り向けば、赤いマントを身に付けた何だか軽薄そうな茶髪のお兄さん。
腰に短剣を付けているのを見て少し身構えた。
こんな事を瞬時に確認してしまうようになった自分が、日本での生活からどんどん離れて行くようで怖い。


「その宝玉、パチモンだろ。本物はもっと混じり気の無い白色してるからな」

「え、偽物……?」


それを聞いた瞬間、お爺さんはそそくさと去ってしまう。
……って事は偽物だったんだろうか、一瞬でもぐらついた自分が情けない……。
……仕方無い、よね。わたし宝石の目利きなんか出来ないんだし……。

と、そこで助けてくれたお兄さんにお礼を言っていない事に気が付いた。
売る気は無かったけど、騙されてたと分かったから後ろ髪も引かれないし。


「あの、有難うございました。わたし一人じゃ押しきられてたかも……」

「ああ、まあ通り掛かっただけだし。ああいうヘタレは偽物だと指摘されたら割とすぐ引き下がっ……」


その瞬間、お兄さんが目を見開いてわたしを見た。
それにドキリとして、恐怖がじわじわ競り上がる。

え、何だろうこれ。
ひょっとしてまた何か敵意のある人なんだろうか。
だとしたら何回目だろう、他の仲間と一緒に居ない時に襲われるなんて。
でもわたしの恐怖に反してお兄さんは、気を付けろよー、と笑って手を振り、そのまま走り去った。
ホッとしたけど、さすがにわたしもこう何度も危険な目に遭えば学習ぐらいする。
万が一あのお兄さんが敵意ある存在だと厄介なので、早めにこの場所を去らないといけない。


「……魔道書の事は後回しかなー……」


残念だけど仕方無い、命あっての物種だし、生きていれば機会はきっとある。
わたしは踵を返し、早々にフロリーナの所へ戻る。


「ごめんねフロリーナ、待たせちゃった」

「あ、アカネ。ううん、思ったより早かったね。もっと時間掛かると思ってたから……」

「魔道書の事は分からなかったんだ。残念だけど仕方無いや、戻ろ!」


フロリーナのペガサスに乗せて貰い、再び街の上空へ。
予定より早めに終わったから少しゆっくり帰ろうという事になって、真っ直ぐ帰らずに回り道しながら穏やかに空を飛ぶ。

風が、心地良い。
体から心まで溶けてしまいそうな風は、わたしの髪を優しく撫でて去って行く。
風や日の光、こうして万人に分け隔てなく力を与えてくれるものは、どの国に居ても変わらないんだな。
わたしの故郷は今、どうなっているだろう。
友達にも心配掛けてるだろうし、無事に生きている事だけは知らせたい。


「……アカネ、ねえあれ、何かな……」

「えっ?」


フロリーナが指差す先、アラフェン候の住むらしい城から煙が上がっている。
そしてにわかに街が騒がしくなり、悲鳴のようなものが聞こえ始めて。
……まさかと思うけど、さっきの茶髪のお兄さん?


「……フロリーナ、急ごう! リン達の所へ!」

「う、うん……!」


急ぎ、リン達が待っている広場へ舞い戻る。
そこでは人々が逃げ惑っていて、リン達は既に何者かと戦いを始めていた。


「リン、これは一体……」

「フロリーナ、アカネ! 無事で良かった!」


聞けばアラフェン候は協力を約束して下さったらしいけど、いざ城へ出向こうとしたら、こんな街中にまでラングレンからの刺客が襲い掛かって来たらしい。
領主様は囚われ、助け出す為に城の隠し通路を開こうとしているんだとか。
目の前にある兵舎の中、3ヶ所の仕掛けを作動させる必要があるみたい。
……そこでわたしは、リンの傍に見慣れない男の人が二人居るのに気付く。
いや、一人はついさっき会った人なんだけど……。


「あ、あなたはさっきの! どうしてここに?」

「あれ……。なんだお嬢ちゃん、この人らの仲間だったのか」

「アカネ、マシューを知ってるの? 盗賊を雇うのは不本意だけど、兵舎の扉の鍵を敵が閉めてしまったから頼らざるを得なくなって……」


少し気まずそうにしているリンは、一族を山賊に殺されたから無法者が嫌いでしょうがないんだよね。
助けてくれたから悪い人とは思えないんだけど、わたしを見て何か言いたげだったから気になる……。
取り敢えず、今は仲間だから挨拶ぐらいしなきゃ。


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