烈火の娘
▽ 1


仲間を増やしたわたし達は、遂にリンの故郷……リキア国に入った。
ベルンに入った時もそうだったけど、こうやって何の手続きも無く他の国に入っちゃっていいのかな?
訊きたかったけど、みんな当たり前のような顔をしてるから黙ってた。
この国は細かく分かれた領地を各々の領主が治める、つまり実質、小さな国の集まりで出来てるらしい。
わたし達は今いるアラフェン領って場所から、リンのお祖父さんが待つ南西のキアラン領まで向かう。


「でも、近付けば近付くほど、リンの命を狙う刺客が沢山来るよね……」

「そうね、ここから先は更に気を引き締めないと」

「その事ですがリンディス様。ひとつお話が」


ケントさんが、リンにとある提案をした。
このアラフェン領は、昔からキアラン領と親交が深い土地らしい。
だからアラフェンの領主さんに事情を話せば助けて貰えるかもしれないとか。


「助けて下さるかしら。大事になって来てるし……」

「私が話をして何とか協力を取り付けて参ります。まず領都まで行きましょう」

「あー、それが叶ったら結構楽になりそうだよな!」


ウィルさんが背伸びをしながら楽しそうに言い、楽観的にけらけら笑った。
けど何でだろう、わたしの胸には漠然と嫌な予感が広がってしまってる。
何だか不味い事が起こりそうで、気分が悪い。


「……アカネ、どうかしたの? 具合、悪い?」

「あ、フロリーナ……。ううん、何でもないよ。ちょっと疲れちゃっただけ」

「アラフェンの領主様が協力して下さったら、きっと楽になるから……。それまで頑張ろう、ね。私も頑張るから」

「そうだね、あと少しの辛抱と思って頑張るか」


フロリーナに励まされ、嫌な予感は消えないけど何とか虚勢を張る事は出来た。
それにしても、出会った頃はあんなに弱々しそうだと思ったフロリーナが、今は何だか頼もしい。
おどおどしているのは相変わらずだし控え目だけど、こんな風に励まされて頼もしく思えるなんて、凄い。
戦えるようになってもやっぱりわたしは、足手纏いにしか成り得ないのかもしれない。
そう考えてしまってから、違う違うと頭を振った。
自分の身を自分で守れるようになっただけでも進歩、自分を褒めて信じてあげなきゃ、すぐ折れてしまう。

やがてわたし達は、アラフェン領の領都に付いた。
リキア国で二番目に大きな街らしくて、今まで通った村々とは違う賑やかしさに目が回るような思い。


「では私は、アラフェン候にお話を。リンディス様達は暫くお待ち下さい」

「分かったわ、お願いねケント」


ケントさんが領主様と話をする為、一人で城へ。
わたし達はそれを待って街の中で時間を潰す事に。

……そこでふとわたしは、リンに助けられた時に傍に落ちていたという荷物の事を思い出した。
雫の形をした、中に水が入っている青いペンダント。
綺麗な真円の、炎のような赤色をしたペンダント。
そしてファイアーとエルファイアーの魔道書と、読めない名前の魔道書。
持ち主が誰かも分からない荷物、ペンダントはわたしとリンが身に付けているけど、ブルガルで襲われた集団が、このペンダントに見覚えがある風だった。
確か“黒い牙”とか何とか言ってたかな……。

そして気になる、まったく読めない魔道書。
この辺りの国の文字は見慣れないものばかりなのに、何故か読めてしまう。
それなのに、この魔道書だけは全く読めない。
確かサカの草原で山賊と戦った時、何故か急にこの魔道書が使えたんだっけ。
あれ以来、まったく使えなくなっちゃったけど。
同じ魔道士なら何か知ってるかもしれないと思って、エルクに訊ねてみる事に。


「ねえエルク、この魔道書って何の魔道書なの? ぜんぜん読めないけど……」

「どれ……。……。……何だろう、見た事の無い魔道書だし読めないなあ。少し借りてもいい?」

「あ、どうぞ。わたしのじゃないんだけど、今は預かってるような身だし」


エルクに渡すと、手が魔道書に触れた瞬間彼は顔を顰め、ぱっと手を離した。
それも一瞬の事で、すぐに魔道書を受け取ったけど。
ぱらぱらと中を開いて見たり表紙や裏表紙を見ていたエルクは、やがてお手上げとでも言いたそうに手を上げて魔道書を返した。


「駄目だ、中身も全然読めないし、何か仕掛けがある訳でもなさそうだし」

「そっかあ……。わたし一回だけこの魔道書を使えたんだけど、すっごい炎を出せてびっくりしちゃった」

「使えたって、これを!? 持っただけで魔力が身体中に入り込むような威圧感を覚えるのに……。やっぱりアカネ、君、凄い魔法の素質があるよ」


真剣な顔でエルクに言われてしまい、照れと期待が同時にわたしを包んだ。
もしそれが確かなら、わたしはもっともっと皆の役に立てるかもしれない。
足手纏いかも、なんて悩む必要も無くなるかもしれない。

……そこまで考え、突然わたしは寒気に襲われた。
皆の役に立つ、それはつまり更に人を殺さなければならないという事。
まともに戦い始めてから目を逸らして来た事で、国境での山賊との戦いではリンの傍から離れず、ひたすら死体を見ないよう努めた。
これは仕方無い事なんだ、ここは日本じゃないんだ、こうしないと自分が殺されちゃうかもしれないんだ。
そう考えて、自分は悪くないと言い聞かせて。

身を守る為にやっている事だからそんなに気にする必要は無いかもしれない。
正当防衛なんだし、本当にこうしなければ殺されかねない状況にあるんだし。
でも、相手が悪人だとしても人を殺すというのはとても辛くて神経が磨り減る。
噎せ返る臭いと露出した肉色、黒く変色して行く赤、どれも未だに慣れず、吐き気がするほど気持ち悪かった。

絞首だし近くに居る訳じゃないらしいからここまで酷くはないにしても、日本でも死刑を執行する人は辛い思いをしてるのかな。
他人の人生を終わらせる。それがどれだけ重い事か、日本で平和に暮らしていた頃は理解しているつもりで全く理解していなかった。
別にわたしは死刑廃止論者ではないけれど、どんな悪人が相手であれ命を奪うというのは、重大な事だというのは間違いない。
例え正当防衛でも、仕事でも、辛いものは辛い。

……駄目だ、頭ん中ぐるぐるして本当に気持ち悪くなって来た。
じっとしてると駄目だな、余計な事を考えちゃう。
取り敢えず謎の魔道書だけでも調べたいな。
わたしはリンの所へ駆け寄り、話をした。


「ねえリン、わたしちょっと、荷物の中にあった魔道書について調べに行きたいんだけど……。この街って大きいから、魔道書扱ってる店もあると思うし」

「ああ、あの持ち主の分からない荷物ね。セイン、この街に魔道書を扱ってる店ってあるかしら」

「魔道書ですか? 結構歩きますけど確か、この通りをずっと真っ直ぐ行って、雑貨店の角を曲がった路地に……」

「分かったわ。じゃあアカネ、一緒に行きましょう」

「あ、大丈夫だよ。こんなに人の多い街中だし。リンが居ない間にケントさんが帰って来るといけないから一人で行くね」

「でもブルガルみたいな事もあるかもしれないし……そうだ、フロリーナ!」


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