烈火の娘
▽ 3


……なんて考えている間に始まってたらしい。
リンに袖を引っ張られてすぐさま我に返る。


「アカネ、私の援護をお願い。絶対に私から離れないでね」

「分かった。頑張る!」


いよいよだ……。
今までも何人か人を殺して来たけど、これからは数え切れない程の人を殺さないといけない。
緊張する、心臓がうるさい、だけどやらなきゃ。
わたし、生きたい!


「キャーキャーキャーキャァーーーーッ!!!」

「ぅ、え?」


せっかく人がシリアスに決めてたのに、それを見事に打ち崩す悲鳴。
可愛い声なのに、“絹を裂く”より“硝子を割る”という表現の方が似合いそうな。


「今の悲鳴は……!?」

「リン、なんか向こう! あっちに誰か居る!」


リンと一緒にそっちへ向かうと、ピンクの髪をツインテールにした美少女と、紫の髪を耳の下辺りまで伸ばした美少年。
なんて美形カップル! と思ったけど、少年の方はうんざりした顔をしてる。
あれ? なんかナイスカップルって雰囲気じゃないな。


「あの、ちょっといい? どうして山賊と戦ってるの?」

「……成り行きです」

「違うじゃないっ。私達、あなた達の仲間だと誤解されたのよ!! もういい迷惑、なんとかしてちょうだい!!」

「君が野次馬根性を出さなければ巻き込まれてないだろ? すみません、僕らの事はお構いなく」


テンション高くキーキー喋る女の子と、冷静……というか冷めてる男の子。
ああ、別にナイスカップルじゃなかった。
これまた見た事ない髪色の美少女美少年だったからちょっと期待したのに。
どうせ戦うなら一緒に戦わないかというリンの提案に、少女が少年の意志を無視して乗っかる。
「え」と絶句した少年が何だか哀れだ。

少女の名はセーラで、少年はセーラの護衛として雇われたエルクという人。
ハァ、と溜め息をついたエルクにケントさんの顔が重なり、苦労性の人って大変そうだな、と人事のように思ってしまった。
そう言えばエルクは魔道書らしき物を持っているけど、セーラは杖しか持ってない。
まさかあの杖で殴り掛かって戦うの……? と想像していたら、急にセーラが彼の方へ向き直った。


「さ、私みたいなか弱い美少女が何の役に立つのか不安だろうから、力を見せてあげるわ!」


……わたしが、セーラが手にした杖で山賊をタコ殴りにしている場面を想像した事は黙っていよう。

セーラが杖をエルクに向けて掲げると、突然、青い神秘的な光が溢れる。
それはエルクを包み、瞬時に彼の傷を癒した。
今までの姦しい様子からは想像もつかない神秘さについ声を上げてしまう。


「すっごーい、それに綺麗で神秘的!」

「あら、あなた正直者ね。もっと褒めてくれていいのよ……って、あれ?」


声を上げた事でセーラは初めてリンの背後に居たわたしを見たらしい。
けど褒められて得意気だった顔がすぐ怪訝そうな物に変わってしまう。
まさかさっき、セーラが杖で暴れている場面を想像したのがバレた!?
……とか焦っていたら、妙な質問をされる。


「……あなた、どっかで会わなかった?」

「え……」

「名前は?」

「アカネ、だよ」

「アカネ……。知らないわ、勘違いか。でも確かにどっかで……」


ケントさんにもどこかで会わなかったかと訊かれた。
でもそんな事なんて有り得ない、この大陸に来てからはずっとリンと二人きりだった。
セーラは暫く考え込んでいたけど、ま、いいかとすぐに調子を元に戻す。

他方でもケントさん達が戦いを繰り広げている。
わたしはリンやセーラ達と一緒に行動を開始した。
相変わらずリンに庇われなければ戦えない自分が情けないけど、自己嫌悪している暇なんて無い。
戦わなかった今までに比べれば進歩したんだ、と自分に言い聞かせ、少しでも慣れるべく積極的に攻撃を加えて行く。
相変わらずの残酷な光景に気分は悪くなるけど必死に自分を保ち、強くなるんだと言い聞かせる。
そんな折、ふとエルクが声を掛けて来た。


「アカネ、だったかな。君も魔道士なんだ」

「あ、うん。まだ見習いというか初心者というか、そんな感じだけど」

「そうなんだ? 魔法に威力があるから、結構熟練者かと思ったけど……」


エルクの言葉に、わたしは絶句してしまった。
今まではわたし以外に魔道士なんて見た事もないから比較対象が居なくて、自分の魔法は何にもなっていない初心者丸出しだと思っていた。
だけどエルクの魔法とよくよく見比べてみると、エルクが2・3回の攻撃で敵を倒しているのに対し、わたしは毎回一撃だ。
……ひょっとして、わたしってその気になれば、ある程度は戦える?
まさか、と思いたかったけど、一度思い浮かべたら期待が次々と出て来る。

やがて敵を倒してしまい、残るは親玉のみ。
今までリン達が倒してきた山賊団とは言え、さすがにここまで来て弱い者を仕向けたりはしない。
セインさんが囮になって、隙を突いてわたしとエルクで攻撃する事に。
敵に魔法の心得は無いみたいだし、おそらく苦戦する事はない筈。
状況も読めない山賊にセインさんが挑発を掛ける。


「ガヌロン山賊の恐ろしさ、教えてやるぜ!」

「あーやだやだ、ここまで来て自分が負ける事も気付かないなんてね。せめて顔が良かったらもうちょっと救いが……」

「て、テメェっ!!」


掛かった。セインさんが馬を繰って飛び退き、その後ろには魔道書を構えたわたしとエルク。
詠唱は既に済んでる、あとは魔法を放てば……。
でもその時、予想だにしない事態が起きた。
ヤケになったのか山賊が手にしていた斧を投げ、それはエルクの方へ。
間一髪で避けたけど、含蓄していたエルクの魔力が解けてしまった。


「アカネ!」


武器を失ったのにまだ諦めない山賊がわたしに向かって来たのを目にし、控えていたリン達が攻撃しようと駆け寄って来る。
でもわたしはその場から動かず、作戦通りにファイアーの魔法を放った。
そしてわたしの都合の良い妄想だった筈の光景が目の前で起き、山賊は一撃で葬り去られたのだった。


「アカネ! よかった、ご苦労さま。これで大体終わったわ」

「うん、勝ったよリン」


山賊の死体を見ないように努めつつ、リンとハイタッチを交わすわたし。
そうしたらセーラとエルクが歩み寄って来る。


「驚いたわアカネ、あなたって強いのね! エルクが役に立たなかったわ」

「……今回ばかりは返す言葉もないよ。アカネ、有難う」

「あ、うん。まさか山賊があんな事するなんて思わないし、仕方ないよ」

「っていうかリン達も強いじゃない! こんな人達って居るもんなのね」

「エルクの魔法やセーラの杖にも助かったわ。それじゃあ私達、もう行くわね」


リンがセーラ達に挨拶し、わたしも一礼してから立ち去ろうとする。
……が、次の瞬間、わたし達の横を素早く通り過ぎる一つの陰。
それがセインさんだと分かった瞬間にリンは無視して立ち去ったけど、わたしはつい足を止めた。
そう言えばセインさんは最後の敵の前で合流するまで別行動だったから、セーラをよく見てないんだ。


「おおー! これは野に咲く花か、はたまた蝶か! なーんと、可愛らしいお嬢さんなんだ!」

「あら、あなたリンのお供?」

「セ・イ・ン! とお呼び下さい!」

「私はセーラ。オスティア家に仕えてるわ」

「セーラさん……素敵な響きだ! 俺はキアラン家に仕えております」

「まぁ! じゃあリンってキアラン家の人なの?」


ちょ、セインさんそんなアッサリと名乗って!
勘弁して下さい、お願いだからリンが命狙われてるって自覚を持ってー!
でもわたしは直後、セーラの目が光った……ような気がして黙り込む。
セインさんは更にずけずけと侯爵様とリンの血縁関係を話し、わたしはそれを聞いたセーラの呟きを聞き逃さなかった。


「ウフフ、権力のある人に恩を売っとくとこの先、いい事あるかもね〜」


その呟きの後案の定セーラは、リンに付いて行く事をセインに提案。
うんざりした顔で溜め息を吐いたエルクと目が合ったから、苦笑しておいた。

こうしてわたし達はセーラとエルクを仲間に加え、無事にリキア国への国境を越える事に成功。
リンの故郷に来た訳だけど、同時に敵の懐に飛び込んだ事にもなる。
これから先、更に苛烈になるであろう戦いを想像し、わたしは炎の魔道書をぎゅっと抱き締めた。




−続く−




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