烈火の娘
▽ 2


「アカネ、大丈夫か! 間に合って良かった……」

「あ……ウィルさん」


その場にへたり込みたかったけど、それも耐える。
生き残る為に皆、当たり前にやってる事なんだ。
耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ、わたし!
この国は日本とは違う、甘ったれてちゃ生きられない!


「ウィルさん、有難うございます。でもわたしは大丈夫ですから、他の皆さんを助けて下さい!」

「ああ、もう粗方片付いたから大丈夫だよ。様子がおかしいから見て来て欲しいってケントさんに頼まれたんだ。それより怪我はないんだよな? 傷薬いらないか?」


ウィルさんが駆け寄って、肩を叩いてくれる。
それにホッとして、目に浮かんでいた涙が零れ落ちてしまった。
ギョッとしたウィルさんが慌てて、やっぱ怪我したのか、どこが痛いんだとオロオロしてる。
わたしは涙を拭い、大丈夫ですと何度か繰り返した。

やがてリン達が戻って来て戦いは終わった。
そしてリンはナタリーさんにも良い知らせを持って来る。知らせ、どころか。


「あ、あなたっ!」

「……すまん、ナタリー」


話を聞けば、山賊に雇われて働いていたらしいナタリーさんの旦那さん……ドルカスさん。
リンの説得に応じて仲間になり、一緒に戦ってくれていたとか。
ドルカスさんはわたし達が傭兵団を名乗っていると聞き、雇ってほしいと言って来た。
稼ごうにもこの辺りではマトモな仕事が無く、何にせよ遠出しなきゃ無理。
こちらとしても戦力が増えるのは有り難いし、ナタリーさんも納得しているから断る理由もない。

取り敢えずナタリーさんを送って明日戻って来るドルカスさんと一旦別れた。
そしてわたしは、ある事を話すべくリンの側へ。


「リン……あのね、さっきわたしとナタリーさん、崩れた西側から侵入した山賊に襲われたの」

「えっ!? 大丈夫なの、怪我はしてない!? ごめんなさいアカネ、私が守るって言っておきながら、またこんな……」

「違うの、リンを責めたくて言ったんじゃない! 聞いてリン、今まで足手まといにしかならないわたしを大事に守ってくれて、本当にありがとう」


まるで別れのような言葉にリンがびくりと体を震わせ、すぐさま抗議の口を開きかける。
けれどわたしは再びそれを制して、油断すると頭をもたげる恐怖心を押し込めながら続けた。


「これから先リンの旅は更に険しくなると思う。今回誰も居ない時に襲われて痛感した、わたしも戦わなきゃ駄目だって」

「アカネ……」

「わたしは魔法を使える、戦える。“出来るけどやらない”って、この場合は凄く卑怯だと思うの。今まで戦えない……戦わないわたしを仲間に入れてくれたリン達の為に、“出来る事をやらない”なんて自分を終わりにしたい。だからわたしにも戦わせて! 暫くは足手纏いのままかもしれないけど、きっと強くなるから!」


情けない事に、また目には涙が溜まっていた。
けれど今目を逸らしたら決意が塵になって飛んで行く気がして、リンの目を見たまま逸らさない。
リンは驚いたように目を丸くしてわたしをみていたけど、すぐ困ったような笑顔になってわたしの頭を撫でてくれた。


「……分かった。心配だけど強くなった方がアカネの為になるかもしれないしね。でも約束して、暫くは決して一人では行動しない事。いい?」

「うん。今までありがとうリン、そして、これからもよろしくね」


守られてばかりの、“戦えない”ではなく“戦わない”自分との決別。
平和に暮らしていた日本と決別したようで背筋が凍ったけど、それには気付かない振りをした。

日もすっかり暮れ、ようやく落ち着く。
何をしでかすか分からないセインさんにリンが釘を刺し、ケントさん達に見張りを任せてわたし達は休む事になった。
いつも通り、少し修学旅行を思い出して微笑ましくなっていると、フロリーナが話し掛けて来る。


「ねえアカネ、どうして笑っているの?」

「ちょっと修学旅行を思い出しちゃって」

「修学……旅行?」

「あれ? この大陸には無いのかな? 学校で同じ学年の生徒みんなで旅行に行くの。クラスメートと同じ部屋に寝泊まりして、楽しかったなあって」

「楽しそう……。いいなあ、わたしもリンやアカネとそんな事してみたい」


思えば今の状況は、修学旅行だなんて言ったら不謹慎にも程がある。
リンは理不尽な理由で命を狙われているんだから……。
だけど当のリンが、何を話してるの、私も混ぜてと入り込んで来たので、寝るまでの間はガールズトークに花が咲く事になるのだった。

……その、夜中。
何だか妙な気配を感じて目を覚ましたわたしは、起き上がった目の前にセインさんの顔を見つけて悲鳴を上げてしまった。
すぐさまリンが起きて、アカネに何したのよー! って怒号を上げて、ケントさんが来てフロリーナも目を覚まして、と大騒ぎになってしまう。
セインさん撃退には成功したけどすっかり目が覚めたわたしは今、外に出て見張っているケントさん達と一緒に居る。


「すまないな、私の連れが無体な事をした」

「い、いえ……。ケントさんもお疲れ様です」


当のセインさんはぶつくさ文句を言っていたけど今は寝ていて、さっきの騒ぎで目を覚ましたウィルさんも眠りに落ちた。
優しい夜風が草花をゆらしてわたしの頬を撫でる。
心地良い涼しさに身を任せて星空を眺めていると、不意にケントさんが話し掛けて来た。


「アカネ、夕方の君の決意、真摯で素晴らしいと私は思う」

「え……あれですか。何か恥ずかしいです……」

「君に疑念を抱く私としては頂けなかったが」


その言葉にハッとする。
そう言えばわたしはケントさんに疑われてる。
リンを殺そうとしているラングレンの回し者じゃないかと、そう。
そんな証拠は無いけど違うという証拠も無い。
だけどケントさんは、わたしの予想だにしない事を言った。


「だが今は、なぜ君を疑ったのか分からない。フロリーナやウィルを疑う余地はなかったし、ならば君も疑う必要は無いと思う」

「え……」

「何よりリンディス様を手に掛けるなら、共に暮らしていた二ヶ月の間に機会は幾らでもあった筈だ」


疑ってすまない、と頭を下げるケントさんに、別にいいですよと笑って頭を上げて貰った。
こうして誤解が解けるのは嬉しくて、夕方の恐怖が嘘みたいに消えて行く。
けどケントさんの言葉は、まだ終わらなかった。


「時にアカネ。不躾な質問かもしれないが、一つ訊いてもいいか」

「え……はい」

「……君は、私やセインにどこかで会わなかったか?」


その質問にわたしは疑問符を浮かべるばかり。
ケントさんが言うのは、リンとリキア国へ帰郷の旅に出る前の話だろう。
けど二ヶ月間リンと2人っきりだったし、その前は日本に居た。
だから会うのは有り得ませんと言うと、ケントさんは、そうか、とだけ言って黙り込んでしまう。

少し気になったけど、わたしはすぐそれを忘れた。
黙り込んだかと思ったケントさんが、これは決してセインのような軟派な意図は無い、と顔を赤くしてフォローしたのが、何だか可愛らしく見えておかしかったから。


++++++


翌日にドルカスさんと再会して彼を迎え入れ、わたし達は更に西へ。
そして数日を歩き、遂にベルンとリキアの国境へやって来た。
山賊達もまさか国境を越えてまで追って来ないだろうし、もう安心だ。

明日には名物のタル酒とあぶり肉を口にできるし、評判のリキア美人が居る宿に泊まれるとセインさんは大張り切り。
まるで旅行でもしているようなセインさんの態度を窘めたケントさんが一つ溜め息を吐き、それを見て苦笑するわたし達。
誤解が解けてから、ケントさんに薄ら感じていた恐怖心も完全に無くなって、以前より遠慮なく笑える。
……まあ、今まで毎晩毎晩わたし達の寝床に侵入しようとしたセインさんを、もっと懲らしめて欲しい気持ちはあるけど。

それから更に西を目指して歩いていたわたし達は、再び妨害に遭ってしまう。
武器を持った山賊達が現れ、わたし達の前に立ち塞がった。


「おうっ! こっちだ!! やっと見つけたぞ!!」

「わっ! まだ追って来た!」


ウィルさんの声にそちらを見れば、奴らのリーダー各らしい男の姿が。
……どうでもいいけど山賊って、なんで見た目までアレなんだろうか。
いや、人の顔をアレコレ言っちゃ駄目だしわたしも言えた顔じゃないけど。


「このまま逃げられると思うなよ、お前ら! お前らを逃がしたとあっちゃ、ガヌロン山賊団の名折れなんだよ!」

「あなたの顔が潰れようが恥になろうが、こっちには関係ないわ! 私達はリキアへ急いでいるの、邪魔するなら容赦しない!」


……危ない。山賊の顔の事を考えてたら、リンの顔が潰れる発言で思わず吹き出しそうになった。
また戦いが始まるし、少しでも気を紛らわす為に笑った方が良かったかな。
……いや、やっぱ駄目だ。真面目にやろう。


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