烈火の娘
▽ 1


仲間を増やしたわたし達は更に西へ向かい、今日は朽ちた砦で一夜を明かす事になった。
本当は宿を取れればいいんだけど、この辺りも山賊の被害が多くて旅人をもてなす余裕が無いとか。
一番悲壮な顔をしているのはセインさんで、危惧された女性陣は割と平気そうだったりする。


「こんなボロ砦しか寝る場所がないなんて……あんまりじゃないですか?」

「ここで充分じゃない。ちゃんとした建物の中より、風を感じられるくらいの方が私は好きだわ」

「私は、リンと一緒ならどこでも平気よ」


リンもフロリーナも平然としていて、わたしは本当は不安なんだけど口にする事が出来ない。
野宿なんて初めてだし、山賊も居る国だから治安も不安だし、それが無くても虫とか蛇とか……。
それが顔に滲み出てしまったのか、セインさんが味方を見つけたとばかりに目を輝かせる。


「アカネさんは不安そうな顔をしていますよ! やはり不安ですよね!?」

「え……。あ、まあ、山賊とか居ますし……」

「では護衛のため、このセインがアカネさんの横でご一緒に……」

「セイン、お前は私と交代で寝ずの番をするんだ」


話の方向がズレた直後、ケントさんがセインさんの背後から耳を引っ張る。
痛い痛いケントさん放して! とセインさんの悲鳴と共にいつも通りの漫才が繰り広げられ、わたしもリン達も笑みを零した。
そしてリンはわたしの方に歩み寄って来て、ぎゅっと手を握ってくれる。


「大丈夫よアカネ、ケントと……セインもああ言ってくれてるし、私達がついてるから、ね」

「うん……分かった、他に休む場所も無さそうだし、屋根と壁があるだけ外よりマシかな」


セインさんを無視したまま話がまとまり、砦の中へ入るわたし達。
中央に部屋があり周りを取り囲むように少し広めの廊下が走る単純な構造で、寝るならここが良いと部屋へ入ろうとした。
でもその時、その部屋の中から誰かが現れる。


「あの……」

「誰っ!?」


突然の事にリンがわたしを庇うように立ち塞がり、他の皆も警戒を示す。
わたしもかなり緊張してそちらを見ると、窓から差し込む夕暮れに浮かび上がったのは長い茶髪を一つに結び、肩から前に垂らしている女性。
かなり大人しそうでおどおどしている彼女はナタリーと名乗るけど、更に歩み寄ろうとした時不自然に躓いた。
慌ててリンが支え、よく見るとナタリーさんは足を引きずるようにしている。
どうやら小さい頃からの病で、あまり遠くへは行けないという。
そんな彼女にリンは怪訝そうな顔で問うた。


「なのにどうして、一人きりでこんな所に?」

「私の夫がこの近くに居ると聞いたんです。夫は私の足を治すためにお金を稼ぐと言って……村を出たきり戻りません」


連絡もつかず、何かに巻き込まれているのではと不安になったらしい。
旦那さんの似顔絵を見せてもらったけど、わたし達の知らない顔だった。
ドルカスという名前……その名も知らない。
会ったら必ずナタリーさんの事を伝えると約束し、取り敢えず彼女を村まで送ろうかと話していると、ふと、妙な気配。


「あれ……」

「アカネ?」

「……なんか、ちょっと……ごめん!」


気になってリン達が止めるのも聞かずに、部屋の南にある出入り口へ。
……見なきゃ良かったと一瞬だけ思ったけど、すぐに思い直して、よく見つけたと自分を褒める。
すぐさまリン達の元へ駆け戻り、声を張った。


「大変、砦の外に武器持った人が沢山いる! 山賊の追っ手みたい!」

「なんですって!?」

「どうしようリン、囲まれてるかも……!」

「……出て行って戦ったら動けないナタリーが危ないわ。幸い出入り口が二つしかないみたいだし、引き入れて戦った方がいい。アカネ、あなたはナタリーと中に居て」

「う、うん。気を付けてね……」


リン達はすぐに窓や出入り口から周りを確認し、敵の多い南口はケントさんとセインさん、ウィルさんの三人で、手薄な東口はリンとフロリーナの二人で守る事になる。
わたしはナタリーさんを支えながら部屋に入り、奥の方へ座らせる。
出入り口以外は窓もない部屋だけど、所々朽ちて崩れた壁や天井から頼りない明かりが入って来る。

わたしはファイアーの魔道書を手に、座り込んで溜め息を吐いた。
死なない、死にたくないと決めたとは言え、戦って守ってくれる皆に申し訳なくて仕方ない。
一番守られるべきなのはリンなのに、そんな彼女さえわたしを庇う。
ただただ平身低頭に謝り、消え去りたかった。


「あ、あの、本当に申し訳ありません」

「え……ナタリーさん?」

「私さえ居なければ、逃げる事も出来たかもしれないのに……」


なぜ急に、と思ったけどすぐに思い当たる。
さっきのわたしの溜め息をナタリーさんに向けた物だと勘違いされたんだ。
わたしは慌てて、違います違いますと手を振る。
自己嫌悪で人を傷付けては救いようがない。


「わたしが役立たずだから……今みたいに。皆は戦っているのに申し訳なくて、いつも謝る事しか出来なかったりで……」

「……感謝、してみては如何ですか?」


ナタリーさんの言葉が思いがけなくて、わたしはバッと顔を彼女へ向けた。
彼女はそれにも驚いたみたいだけど、すぐ穏やかな微笑になって続ける。


「私も今のあなたのように、夫に対して申し訳なく思い謝ってばかりでした。こんな足だから出来る事が少なくて、迷惑を掛けてばかりで……」


しかしナタリーさんの旦那さんは、謝られると悲しいと言ったという。
本当にナタリーさんの事が大事だから世話を焼いているのであって、そんな大事な人が悲しい思いをして自分を責めているのを見るのが辛いと。
だから笑って、どうせならお礼を言って貰える方が嬉しいんだと。
まだ会ったばかりだけどナタリーさんの目には、わたしがリン達に……少なくともリンには大事にされているように見えた。
だから謝るのではなく、心からのお礼をしてみればいいと彼女は言った。


「そして、自分は出来る事を精一杯やるんです。“出来るけれどやらない事”が無くなるように、自分に出来る事は必ずやると私は決めています」

「“出来るけれどやらない事”が、無くなるように……」

「はい。無理はしなくていいんです、出来る事を探して、見つけて、それを精一杯やれば」


微笑むナタリーさんを見ていたら、全然似てないけど少しお母さんを思い出してしまった。
泣きそうになるのをぐっと堪えて考える。
出来るけれどやらない、それは一部例外を除いてとても卑怯な事だと思う。
でも今のわたしに出来る事がとても少なくてなかなか思い付かない。
今のわたしでリン達の役に立つ事は一体……。

その瞬間、朽ちた部屋の入り口から物音がした。
わたしとナタリーさんがハッとしてそちらを見ると、斧を持った山賊と剣を持った山賊、弓を持った山賊の三人が居て……。
わたしは戦慄した。賊が目の前に居るのは勿論、こんな所まで入り込まれたという事は、まさかリン達が負けたんじゃないかと血の気が引く。
でも次の山賊の言葉にそうではないと分かって少しだけ安堵した。


「西側の壁が脆くて助かったぜ、他で戦闘してる間に忍び込めるなんざ運が良いな」

「このままじゃ負けちまう、せめて土産だけでも持って帰らねえと」


リン達が負けた訳じゃない。むしろ優勢みたい。
でも安堵はほんの一時、今わたし達は危機的状況に陥ってしまっている。
ナタリーさんを背後に立ち、魔道書を構えて。
わたしは今、ここで勇気を出せば“出来るけどやらない事”を一つ減らせる事に気付いてしまった。
以前は恐怖のあまり吐き気まで催した、今だって怖くて足が震えてる。
だけどやらなきゃ、人生が終わるかもしれない。

信じろ、自分を!
お母さんは信じる事から始まるって言ってた!
ここで自分を信じてやらなきゃ、終わっちゃう!


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!!」


飛び道具はまずいと思って弓を持っていた山賊を真っ先に狙う。
直撃した炎の塊に肉の焼ける音、吐き気が込み上げて来たけど耐えた。
次に斧を持った山賊に炎を放ったけど既に剣を持った山賊が迫っていた。
斧を持った山賊に炎が直撃したのと、剣を持った山賊がわたしに斬り掛かったのはほぼ同時。

恐怖に目を瞑り、ナタリーさんの悲鳴が聞こえて。
だけどいつまで経っても想像していた痛みが来ないから、恐る恐る目を開けると……。
剣を持った山賊が背中に矢を受けて絶命していて、入り口にはウィルさん。


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