烈火の娘
▽ 4


「……わたし、はっきり言っていらないよね。戦えないなんて足手まとい以外の何でもないよ……」

「じゃ、死ねばいい」


いきなり聞こえた物騒な言葉にドキリとして振り返ると、そこには全身を黒いローブで覆ったいかにも怪しい人が居た。
顔もフードでしっかり隠れていて、どんな人なのかは窺い知れない。
声を聞く限りは男っぽいけど……あれ? そう言えば今の声、どこかで聞いた事がある気がする。
何にしても見た目が怪しすぎるし、死ねば、なんて危険すぎる人だ。
わたしは魔道書を抱えて後退りローブの人と距離を取った。


「警戒するんだ? ああ、そう言えば名乗ってなかったっけ。俺はフレイエル。よろしくアカネ」

「……来ないで下さい」


なんで?
なんで会った事もない人がわたしの名前を知ってるの? この人だれ?

フレイエル……名前は知らない、だけど声はどこかで聞いた気がする。
この大陸に知り合いなんて居るはずないのに。
フレイエルとかいう人は遠慮なしに近付いて来て、わたしは警戒しながらひたすら後退った。
いっそ攻撃した方がいいのかな、なんて考えているうちに壁際まで追い詰められてしまう。


「なあアカネ、お友達の負担や足手まといになりたくないんだろ? お前が居なくなっただけじゃ友達はお前を探してしまうから却って迷惑だろうが、死ねば万事解決だと思わないか?」

「……」

「死体さえあれば探される事もないし、お友達はお前を失った怒りで奮い立ち更に強くなってくれるかもしれないぞ。ほら、お前が死ねば良い事ずくめじゃないか。今すぐ死ねよアカネ」


……そうかな。
多分そうなるだろうな。
死ねば足手まといになる事も無いし死体を確認できれば探されない。
リンはきっとわたしの死をバネに更に強くなってくれるはずだ。

ああ、わたしが死ねば良い事ずくめだね。

フレイエルが手を伸ばして来てわたしの首をゆっくりと掴んだ。
行為は乱暴なのに行動は優しかったので、面食らって抵抗が間に合わない。
彼はもう片方の手に鋭く尖ったナイフを持って……。

その瞬間、突然苦しくなる。
彼がわたしの首を絞めたからじゃない、彼は逆にわたしから飛び退いた。
思わずしゃがみ込んでしまうけれど苦しさはなかなか取れない。

苦しい……!
体が熱い……!
何これ、嫌だ!!


「まさかコイツ、本気で身に危険が迫ると……! くそ、俺ならこんな村一つ焼き尽くすなど簡単だが、今はまだマズい!」


彼が離れるにつれ、わたしの苦しさが治まる。
息が詰まっていたみたいに大きく吐き出して荒い呼吸を繰り返した。


「いいかアカネ、俺はお前が憎い。必ず苦しめながら殺してやるから、楽しみに待ってろ」


物騒な事を言って走り去るフレイエルを、わたしは黙って見送るしかない。
反論も質問も出来なかった、あの人はどうしてわたしが憎いんだろう。
どうして初対面の人に憎まれなきゃいけないの、殺されなきゃいけないの。
嫌だ……確かにわたしが死ねばリン達に足枷は無くなるけど、でもわたし、まだ死にたくない!!

わたしは人を殺した。
その報いがもうやって来たんだろうか。
でも初対面の人に憎まれながら殺されるって、あんまりだ。
山賊みたいなならず者に殺される方がまだ納得できるぐらいだよ!

今更恐怖が湧いて来て、わたしは涙をぽろぽろ零しながら泣いてしまった。
2ヶ月以上前に居た日本で、普通に中学校に通って家に帰れば安全地帯で、山賊も居ないし余程の事が無い限り殺されない、そんな生活に戻りたい。

やがて閉まった門の外側から、「もう山賊は撃退しましたよー!」と男性の声がする。
さっきのウィルさんの声だ。
わたしは慌てて涙を拭って平静を装った。
リンに知られてしまったらきっと彼女は、自分を責めてしまうだろうから。


「アカネ、こっちは終わったわよ」

「お帰りなさい、皆さんに怪我はないの?」

「ええ、大した事は……ってアカネあなた、何だか目が腫れてない?」

「さっき目にゴミが入っちゃってなかなか取れなかったの、もう大丈夫」


我ながら下手な言い訳だと思ったけど、リンは気付かなかったのか、それとも知らない振りをしてくれたのか、何も言わなかった。


「それでアカネに話があるんだけど、私達、傭兵団って事になったわ」

「え……?」


話を聞けば、フロリーナが目指す天馬騎士はどこかの傭兵団に所属して修行を積む必要があるって。
男性が苦手らしい彼女を放っておけずに、傭兵団の名を取る事になったとか。


「アカネだっけ、ちなみにおれもお世話になる事になったから宜しく」

「あ、っと、ウィルさん……でしたよね」

「そうそう。実を言うと旅の途中なのに金を盗まれて途方に暮れてたんだ。いやー、逆に助かったよ」


けらけら笑うウィルさんにつられてわたしも笑う。
リンの背後ではフロリーナが恥ずかしそうに隠れていたけど、わたしが近寄ると先に口を開いた。


「あの、アカネさん。これからお世話になります……お、お願いします!」

「うん。ところでフロリーナってわたしと歳近いでしょ? 同じリンの友達なんだから、さん付けも敬語もいらないよ」

「あ……う、うん。分かった」

「……どっちかと言うと、わたしがお世話になりそうだしね……」


騎士を目指してるって事はフロリーナは間違い無く戦えるんだろうな。
仲間も増えて来て、わたしは本格的にいらない子になって来た。
こうなるとさっきフレイエルに言われた事が頭をよぎって、どうにも気になってしょうがない。
わたしが死ねば……足手まといにもならないしリンは更に強くなってくれる。


「ねえ、リン」

「なあに?」

「わたしが死んでも歩みは止めないで……更に強くなってくれる?」


言った瞬間、リンが笑顔を消して目を見開いた。
信じられないものを見たように驚愕の表情で言葉を失ってる。
でもすぐにわたしの両肩を掴んで、静かな、それでいて怒りと動揺を含んだ言葉を向けた。


「……アカネ、冗談でもそんなこと言わないで。これ以上友達や仲間を失うなんて、まっぴらよ……!」

「リ、リン……」

「死なせない、アカネは絶対に死なせないわ!」


終いには縋るような泣きそうな声音になる。
わたしは慌てて謝り、リンの背中を撫でた。

思えばこの2ヶ月、わたし達は二人きりだった。
リンはわたしと出会うまでの4ヶ月間、ずっと独りぼっちだった。
わたしも突然、自分の意志とは無関係に独りにされて……リンのお陰で救われたんだった。
死ねない、わたしは死にたくないしリンの為にも死ぬ訳にはいかない。
もうあのフレイエルという人に会わなくてすむよう、わたしは祈った。




−続く−




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