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わたしの質問におばさんは、ちょっとだけ躊躇いつつ教えてくれる。
あの祭壇の辺りには小高い山があって、馬ではロクに動いたり戦ったり出来ないかもしれないらしい。
その言葉にわたしは嫌な予感がしてしまった。
リンならケントさんやセインさんが一緒に行けなくても一人で突入してしまうかもしれない。
だけどならず者が何人いるかも分からないし、一人でなんて危険。
万が一の事があっても誰も助けられない。
「どうしよう、リンなら一人でも突入しちゃうかも……。おばさん、他に道ってないんですか!?」
「道かい? あの辺りは山があるから道はないけど、古い建物だから祭壇の壁にはヒビが入ってる事があってね、武器で壊したら通れるようになるはず」
「本当ですか!? ありがとうございます、仲間に伝えに行ってきます!」
「ああ、あんた達だけが頼りだよ! 頑張っとくれ!!」
おばさんに見送られ、わたしはリン達を追い掛けて祭壇の方へ向かった。
出発してから、ならず者が残ってたらどうしようと不安になってしまう。
でも早くしないとリンが無茶な事をしてしまうような気がして、どうか敵が居ませんように、と祈りながら走るしかなかった。
ドキドキする、苦しくて何だか心臓が痛い。
この辺りは森も点在しているから隠れる場所はあるんだけど……。
そう考えながら走っていたら前方にリン達を発見した。
「リン、ねえリンっ!」
「え……アカネ!? どうして来たの、危ないじゃないっ!」
丁度リン達の周りに敵はいなくて良かった。
もし戦闘中だったらどうするの、と怒られてしまうけど今はそれどころじゃない。
「リン、祭壇の前には山があって、馬は通れないかもしれないって」
「え……あ、そう言えば確かにあったわ。久し振りだから忘れてた」
「如何致しますリンディス様、馬ではきっと通れないでしょう」
ケントさんが考えながら言うけど、わたしは解決策を知っている。
役立たずなわたしがやっと実になる事を出来るのは正直に嬉しい。
「でもね、祭壇の壁にはヒビが入ってる所があって、武器で攻撃すれば壊せるかもしれないって! さっきのおばさんに教えて貰ったから、急いで教えに来たの」
「本当ですかアカネさん、ああ何と健気な方なんだ、これを教える為に危険を冒して来るなんて!」
「……あのセインさん、手、放して下さい」
セインさんがすぐに近寄ってわたしの手を取るものだから、一気に恥ずかしくなって顔を俯けた。
そんな所も愛らしい! と盛り上がった彼の手をリンが素早く叩き落とす。
祭壇の壁を壊すなんて……と少し渋っていた彼女も、司祭様を助ける為ならやむを得ないとのケントさんの説得に応じた。
わたしはと言うと、帰りに何かあったらいけないからという事でリン達に付いて行く事に。
祭壇の壁を調べて行くと確かに所々ヒビがある。
特に大きなヒビを見付けてケントさんが壊そうとした時、ふと思い立つ事があって声を掛けた。
「待って下さい!」
「? なんだ、まだ何かあるのか?」
「いえ、その……壁を壊すのはわたしにやらせて貰えませんか?」
いざ身を守ろうとしても肝心の魔法を使えなかったら意味がない。
だってわたし、使えそうなのは魔法しかない。
剣や槍なんて絶対ムリに決まってるよ……。
ケントさんはわたしの意図を読み取ってくれたのか、下がってくれた。
わたしは町で買ったファイアーの魔道書を手に壁のヒビに対する。
「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」
敵が壁だなんて、考えたら間抜けな気もする……。
でも相手が何であれ、わたしの手に出現した炎は目標へ飛んで行き見事に壁を破壊した。
「やった……、できた、魔法使えたよリン!」
「凄いじゃない! やっぱりアカネは魔法を使えるだけの素質があるのよ。じゃあ後は私達に任せて、終わったら呼びに来るわ」
今度こそ完全に見送って、あとは周りに注意しながらただ待っていた。
実際に出来た訳だけれど魔法を使えたなんて未だに信じられない。
呪文を唱えている間、何かがわたしの中を巡って指先に集まって来た。
そこから炎が放たれたって事は、その“何か”ってやっぱり魔力……みたいな物なのかな。
もう一度、炎が出て来た手をじっと見る。
反対の手で握ってみたけれど別に熱くはない。
やがて勝負が着いたらしく、迎えに来てくれたセインさんに伴われたわたしは祭壇の奥に向かう。
そこにはリン達と一緒に、助け出されたらしい司祭様も居た。
「あ、アカネ。司祭様、彼女も仲間です。彼女の情報がなかったら、きっとお助けするのがもっと遅れていた筈です」
「そうか。そなた達のおかげで大事にならんで済んだ。礼を言うぞ」
「い、いえ……!」
わたしは全然戦ってないんだけどな……。
なんかお礼を言われるのが照れくさくて申し訳なくて俯くと、リンが肩を叩いて微笑んでくれた。
剣も無事だし、祭壇も……わ、わたしが壊した所以外は無事みたい……。
うわわ、そう言えば祭壇の壁、壊しちゃったんだっけ!
「あの、司祭様、わたし祭壇の壁……!」
「よい、話は聞いた。壁など修復すれば問題など無い。精霊の剣が無事だった事が何よりじゃよ。さ、礼と言っては何じゃがお前さん達には、特別に【マーニ・カティ】に触れる事を許そう。剣の柄に手を当てて、旅の無事を祈るがいい」
「あ、有難うございます!」
精霊が宿るらしい特別な剣に触れられる事にリンが声を震わせ喜んでた。
なんか可愛いな、リンは基本的に物欲がないから、こうやって喜んでるのを見るとわたしも嬉しい。
……だけど。
リンが剣の柄に触れた瞬間、急に剣が輝きだした。
疑問符を飛ばすリンの隣で、今度は司祭様が声を震わせてる。
「おお……おお……! これこそ、精霊の御心。リンよ……そなたは精霊に認められたようじゃ。【マーニ・カティ】の持ち主になるが良い」
「そ、そんなこと出来ません……!」
「剣が、それを望んでおる。その証拠に……抜いてみるがいい」
リンが緊張の面持ちで柄を引くと、心地いい金属音を響かせ剣が抜けた。
司祭様が術を掛けて普通の人には抜けないようになっているらしい。
それをリンが抜けたって事は……なんか凄い事になってる気がする。
「旅立つのだリンよ。この先どんな試練があろうともその剣を握り、運命に立ち向かって行け!」
「は、はい!」
精霊の剣マーニ・カティを手に入れ、わたし達は祭壇を後にした。
西へ向かう道すがらリンは剣を何度も確かめていて、落ち着かないみたい。
「リン、どうしたの? 何か心配ごと?」
「ううん。何だか信じられない気分なの。サカで1、2を争う名剣が、この手の中にあるなんて……」
「優れた武器は、己の持ち主を選ぶ……。それは、サカだけでなく大陸中でよく耳にする話ですよ。私はリンディス様の剣技を拝見して常人ならざるものを感じていました。あなたこそ、剣に選ばれて然るべき方だと思います」
「や、やめてよ! 私は、そんなんじゃ……」
誉めちぎるケントさんに否定するリンだけど、わたしも実際にそう思う。
何だかリンは特別な存在だと思えてならないもん。
リンの声は上擦っていて、さっき初めて意識して魔法を使えたわたしの声音に少し似てる気がする。
きっとさっきのわたしと同じような気持ちなんだ。
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