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空はひたすら蒼く、高く突き抜けている。
西の方角にあるリキア国を目指して旅立つ事になったわたしとリン。
彼女が貴族のお姫様だなんて知って驚いたけど、態度の変わらないリンにわたしは救われた気持ち。
そう言ったらリンにそのまま返された。
アカネの態度も変わらないから救われてるって。
そう言われると照れくさくなって笑ってしまった。
今わたし達はブルガルの街はずれにある小さな祭壇に向かっている。
精霊が宿るというその場所は、昔からサカ族の聖地だったってリンが教えてくれた。
「その祭壇には宝剣が祭られてるの。サカの民が長い旅に出る時には、そこで無事を祈っていくのよ」
「へえー。何か凄そうな場所だね、わたしも行っていいのかな?」
「いいに決まってるじゃない、アカネも一緒に旅立つんだから」
「ああっ、リンディス様にアカネさん! 俺にも手取り足取り詳しく教えっごふっ」
急に割り込んで来たセインさんをすかさず、ケントさんが鞘で殴る。
まるで漫才のような掛け合いに笑いを堪えているわたし達を見てちょっと咳払いし、ケントさんが代わりに口を開いた。
「エレブ大陸で信徒が一番多いのはエリミーヌ教ですが、この地では太古の慣わしが受け継がれているのですね」
「……エリミーヌ教?」
「何だ、君はエリミーヌ教を知らないのか?」
初めて聞く宗教だ。
大陸で一番多いなんて言うなら授業とかで習いそうな気もするけど、習った覚えなんて無い。
世界で目立って多い宗教はキリスト教とイスラム教、仏教じゃないの?
意外そうで、こんな事も知らないのか? と言いたげに怪訝な表情をしたケントさんに、リンがフォローがてら説明してくれる。
「どうやらアカネは、エレブ大陸の出身じゃないらしいの。ユーラシアって大陸のニホンって島国から来たんだって」
「ユーラシア大陸……? 聞き覚えの無い大陸ですね」
「それで、アカネさんはどうしてエレブに?」
「それが、分からないんです。気付いたら草原に倒れていて、2ヶ月リンにお世話になりました」
わたしの言葉にケントさんもセインさんも怪訝そうに顔を見合わせる。
確かに、普通は信じられないだろうな、こんな話。
祭壇へ向かう道すがらにエリミーヌ教や過去の歴史を教えてもらったけど……。
信じられない、千年前に竜がいて、人と大戦争していたなんて。
「その人竜……戦役? で人が勝ったから、こうして繁栄してるの?」
「そうよ。それでエリミーヌ教って言うのは、さっき話した八神将の一人、聖女エリミーヌが祖となっているの」
「なるほどねー……」
竜が居るなんて聞いた事がない……けど、わたしは既にそれらしいモノを実際に目にした。
お父さんを、お母さんを、お兄ちゃんを食い殺し家を燃やした、あの存在。
この大陸に竜が本当に居たとしたら、無関係だなんて到底思えなかった。
ひょっとして、神様がわたしにくれた復讐のチャンスなんだろうか。
まるで自身まで燃えているような真っ赤な体をした、高熱の炎を吹く竜。
そんな存在を相手にわたしが何か出来るとは思えないけど、実際に目の前に居ない今、思い出せば憎しみが湧いてしまう。
わたしはケントさんやセインさんに訊ねてみた。
「……竜って、本当にどこにも残ったりはしていないんですか?」
「これからリキアへ向かうに於いて通らねばならないベルンという国には、飛竜と呼ばれる竜を使役する騎士団があるが……人竜戦役で戦った竜とは全く別物らしいからな」
「っていうか竜がまだ残ってたら大陸全土が大騒ぎじゃないですかね。ああでも、例え竜が出ようとアカネさんの事は俺が守っぐふっ」
あ、またセインさんが鞘で殴られちゃった。
すんごく痛そうなんだけど大丈夫なのかな。
……取り敢えず、復讐しようにもすんなりいかない事だけは分かった。
って言うか、居ないんじゃ復讐なんて不可能だよ。
なんて考えているとリンが心配そうに訊ねて来た。
「アカネ、どうしたの? ちょっと顔色が悪いんじゃない?」
「……前にわたしの家族を殺した“化け物”が、竜だったんじゃないかって思えちゃって」
「それ、本当!?」
「うん。真っ赤な体で炎を吹いてたけど……」
わたしがそう言うと、ケントさんが昔の竜には氷竜や火竜が居たらしいと教えてくれた。
わたしが敵討ちする相手は、その火竜なんだろう。
まあ竜なんて居なくなっちゃったらしい今、不可能だとは思うけど。
「……アカネ、君は家族を失っているんだな」
「はい、ケントさん。ちょっとあれは……キツかったですね。化け物の口の周りに血が付いてて、牙には……お母さんのエプロンが引っかかってて、家の中なんて……、辺り一面、火の海、で」
「い、いや、言わなくてもいい。すまない、辛い事を訊いてしまったな」
「いえ……」
ケントさんが慌てて謝り、わたしもうっかり泣きそうになったのを堪えた。
ただでさえわたしは完全に信用されていないのだから、妙な壁になるような事はしたくない。
暗くなった雰囲気を払拭する為に私が笑顔を見せると、リンはホッとして何も言わないでくれた。
すぐにセインさんが、ああアカネさんの笑顔は何て愛らしいんだとか恥ずかしい事を言って、またケントさんに殴られてたり。
やがて前方に幾つかの民家、そして奥の方には石造りの建物が見えた。
この辺りは森や小さな山もあってのどか。
「さ、アカネ、あれが私の言った祭壇よ。さっそく行って……」
「待ってリン、何か様子がおかしくない?」
何だか分からないしここからは祭壇の壁しか見えないけれど、わたしは急に嫌な予感に襲われる。
なあに? とリンが立ち止まった瞬間、祭壇の方からおばさんが走って来た。
「ちょ、ちょっとおまえさん達! もしかして、東の祭壇に行く気かい?」
「ええ、そのつもりだけど……」
「だったら、中にいる司祭さまを助けとくれよ。今さっき、この辺りでも評判のならず者一味が祭ってる剣を奪いに祭壇へ向かって行ったんだ!」
「剣を……奪うですって!?」
話を聞いた途端、リンは表情を険しくして携えた剣に手を掛けた。
そんな事許せない、といきり立ち、このままじゃ始まっちゃうんだろう。
リンの気迫に強そうな集団だと判断したのか、おばさんは後を任せて立ち去る。
すぐにセインさんがリンにどうするか訊ねるけど、あの顔を見る限り助けに行くのは決定だ。
「アカネは……南にいくつか民家があるから、その辺りに避難してて。人も居るから比較的安全だと思うわ」
「うん。リンもケントさんもセインさんも、気を付けて」
「お任せ下さいアカネさん、ぱっぱと片付けて来ますから!」
「……妙な行動は、決してしないように」
東へ向かうリン達と別れたわたしは南の民家が点在する方へ逃げた。
戦う術は一応持っているというのに、わたしは何もする事ができない。
足手まといにしかなれない現状は悔しいけれど、悔しがったって何も出来ない事に変わりはない。
大丈夫、きっとリン達なら無事だと自分に言い聞かせて気を紛らわせた。
……そうして暫く時間が経った時、誰かがわたしに声を掛けて来る。
見れば、さっきわたし達に助けを求めて来たおばさん。
「さっきの子だね。一緒に居た子たちはどうしたんだい、まさか司祭さまを助けに?」
「あ、はい。わたしは留守番なんですけど……」
「そうかい。しかし大丈夫かねえ、さっき言い忘れていたけど、騎士さんとかも居ただろ?」
「え? な、なにかマズい事があるんですか!?」
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