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どうやら赤鎧のお兄さんはケント、緑鎧のお兄さんはセインと言うらしい。
やがてお兄さん達は、わたし達の予想を遥かに超える事を話し出した。
「はい。我等はリキアのキアラン領より人を訪ねて参りました」
「リキア…西南の山を越えた所にある国ね?」
「そうです。16年前に遊牧民の青年と駆け落ちした、マデリン様への使者として」
マデリンと言う名に聞き覚えがある気がする。
そう思ってリンを見たら瞬時に思い出した。
リンの亡くなったお母さんの名前だ。
お兄さん達の仕える主君・キアラン侯爵の一人娘で、ずっと消息が掴めずに諦めていたそうだ。
でも今年になって初めて便りが届き、サカで家族三人幸せに暮らしていると知ったらしい。
侯爵様もきっと本当は娘さんに会いたかったんじゃないかな。
リンの本当の名前であるらしい“リンディス”は、侯爵様の亡くなった奥様の名前だそうだ。
両親と3人だけの時はリンディスと呼ばれていたと言うリンは、感慨深そうに目を閉じる。
「なんだか、変な感じ。もう家族は居ないと思ってたのに、お爺ちゃんが……いるんだ。リンディスって呼ばれる事、もう無いって思ってた……」
「リン……」
本当に良かった。
わたしだって、もしまだ家族が生きていると知ったら嬉しくて仕方ない。
けれど、良かったねとわたしが告げる前に、リンはハッとして声を上げた。
「……違う! さっき私を狙って来た賊も、私をリンディスって呼んだわ!」
「!? まさか……」
「ラングレン殿の手の者、だよな?」
侯爵様の弟であるラングレンと言う男。
侯爵様の一人娘が居なくなって爵位を継ぐ筈だった所へリンが現れ、それが叶わなくなったらしい。
これは、歴史もののドラマなんかでよく見る、相続争いってやつじゃ……。
でも、リンが爵位なんて欲しがる訳がない。
わたしはそれを知っているから、思わず声を荒げてしまった。
「そんな、だってリンは爵位になんて興味ないですよ、わざわざ狙わなくったって……!」
「残念ながら、そんな事が通じる相手じゃないんです。これから先も、リンディス様のお命を執拗に狙い続けるでしょうね」
このままでは余りに危険すぎるのは明白。
助かる道は、お兄さん達と一緒にキアランへ行く事ぐらいしか無い。
リンは状況をすぐに把握し、二つ返事で了承した。
何だか大変な事になって来てしまった。
リンはわたしを気に掛けてくれるけれど、正直、足手纏いにしか……。
「アカネ……ごめんね、おかしな事になっちゃって。アカネはどうする? 私としては離れたくないけど、命の危険がある旅に無理やり連れて行くのも酷だし……」
「わたしだって、リンと離れたくない。けど……。わたし、わたし……」
「リンディス様、彼女は連れて行かない方が宜しいかと思います」
突然、ケントさんが話に割り込んで来た。
その顔は普通だけど、きっとわたしを警戒しているんだろうとは窺える。
確かにそうだ、戦えないわたしは普通に足手纏いにしかなれないし、騎士さん達から見たら、例のズタズタにされた男達の件で、わたしがリンに危害を加える可能性もあると危惧してるんだ。
あの男達を殺したのはわたしじゃないのに、それを証明する手だてが無い。
リンに付いて行かないにしても、わたしがリンを傷付けるつもりなんて無い事だけは分かって欲しいのに……。
すると突然、付いて来るかどうかの選択をわたしに委ねた筈のリンが、ケントさんに抗議を始めた。
「待って。どうしてそんな事を言うの? アカネは二ヶ月も前から一緒に暮らして来た大事な友達なのよ」
「……見た所、彼女に武芸の心得は無さそうですが。危険な旅になります、みすみす命を無駄に捨てる事になりかねません」
「それは……」
「それに、彼女が貴女に危害を加えないとの保証も無い。あの男達を殺したのが彼女ではない証拠も無いのですから」
「それだけは無いわ、私はアカネを信じる。だから彼女は連れて行く」
きっとリンの本音。
リンは優しいから、わたしを離せないんだ。
無理に離れたりしたら、リンはわたしを心配して身の回りの事が疎かになってしまうかもしれない。
命を狙われている以上、それだけは避けなければ。
正直、怖い。
残れるものなら残って、安全な場所に居たい。
でも家族と帰り方を失って途方に暮れていたわたしに、優しく接してくれたリンの気持ちを、こんな時ぐらい優先したいと思った。
「私、アカネを置いて行ったら逆に心配で気が気じゃなくなるわ。側において守ってた方が寧ろ安心する。ねえアカネ、酷なお願いかもしれないけど、私と……」
「一緒に行くよ。戦闘は無理かもしれないけど、最低、足手纏いにはならないよう気を付ける」
「いいの? 本当に!? ありがとう! ……改めて、これから宜しくね!」
リンの押しに、ケントさんも渋々了承した風だ。
セインさんはナンパして来た時みたいな顔でヘラヘラ笑って喜んでる。
わたしはケントさんの側に行って、魔道書を見せながら告げた。
「まだ自由に使えませんが、わたしは魔法を使える可能性があるので、頑張って習得します。せめて邪魔にはならないよう。あと、決してリンに危害は加えません。それだけはどうか信じて下さい」
「……分かった。しかし、君を警戒させて貰う事に関しては悪く思わないで欲しい」
「はい」
きっとリンの身の安全を考えなければならない彼にとって、最大の譲歩。
わたしはそれに従い、リンの旅へ同行する事になった。
+++++++
……アカネがリンと改めて買い物した荷物を確認している側で、セインとケントは2人に聞こえないよう話していた。
「なあケント、別に変な下心とかじゃなくてさ、あのアカネって子も微妙に見覚え無いか?」
「……今さっき彼女が私の側に来て決意を話しただろう。その時に間近で見て私もそう思った。会ったと言うか、見覚えがあるような気がする」
「だよな、何だろうこの微妙な感覚。会った、じゃなくて、見覚え、だからな」
不思議な感覚だ。
リンの母マデリンのように絵画で見た事がある、と言う風でもなく。
話した事も近付いた事も無いが、遠巻きに見た事のある人物。そんなような気がしてならない。
だが取り敢えず今は、万一の事を考えて彼女を警戒しなければいけない。
ケントは気を引き締め、リンと楽しそうに談笑するアカネを見た。
「ほんとお前、損な役回りしてるよなあ。俺はあんな子を宿敵みたいに警戒なんて出来ないよ」
「誰かがやらなければならない事だろう。と言うか、お前がやってくれても構わないんだが」
「いや、俺は……可愛らしいお嬢さんを警戒なんて流儀に反する!」
「なんの流儀だ、まったくお調子者め……」
言いつつ、セインを見る目尻は下がっている。
口では何と言おうと、良きパートナーのようだった。
+++++++
一昨日、わたしは生まれて初めて人を殺した。
生まれて初めてどころか、一生体験したくなかった事を体験し、更に今日は殺されかけた。
人に仇なすといつか必ず自分に帰って来ると言うが、じゃあ人を殺したわたしはいつか、誰かに殺されるのだろうか。
少なくとも、その可能性がある道に踏み込んだ。
リンの事を思うと途中放棄なんて絶対できない。
せめて自分の身ぐらいは自分で守る、それは即ち更なる罪の上塗りと同義ではないだろうか。
戦闘には参加しなくても、襲い来る者から身を守る=相手を殺す……。
わたしは炎の魔道書を両手で抱き込み、そっと目を閉じる。
特に宗教を持っていないわたしも、さすがに祈りたくなってしまった。
リン達も賊を殺しているとは言え、わたしとは全く違うように見える。
「(神様、わたし、やっぱり赦されませんか?)」
心中だけで呟いた祈りのような懺悔に対する返答は、当然、無かった。
-続く-
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