烈火の娘
▽ 3


「……失礼だが、君とは、どこかで会った気が……」

「え?」


ええぇぇー!?
そう言うナンパってどうだろうお兄さん!
リンも急な事に、嫌悪を投げかける事も出来ないみたいだし…何なのこれ。
そこでまた緑鎧のお兄さんが乱入して、ずるいぞ、俺が先に声を掛けたんだぞ! ってあーあ。
それでリンも自分が何を言われたか気付いたらしくて、すぐ元の冷ややかな表情と声音に戻った。


「リキア騎士には、ロクな奴がいないのね! 行きましょ、アカネ。気分が悪いわ!」

「ちょ、え、あ、じゃあさようならお兄さん達」


本格的に怒ったらしいリンに軽く引っ張られながら、人混みの中へ紛れて行ったわたし。
後ろで赤鎧のお兄さんが、待ってくれ、とか違うんだ、とか言っていた。
でも確かに、あの赤鎧のお兄さんは何か真面目な話をしたそうだったけど。

やがて彼らも見えなくなった。
この人混みなら探し出すのも一苦労だし、追い掛けはしない筈。
何故か嫌な予感……、まるで一昨日に感じたような不安に襲われたけど、頭を振って気にしない事に。
まあリンの怒りが静まるのを待ちましょうか、なんて放された腕を軽く振りながら歩いていると、人混みの中ですれ違いかけた人に、その手がぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」


……後悔した。
さっきの騎士とは大違いの、なんかめちゃくちゃ恐そうなオジサンだった。
さっと青ざめたわたしは、そのオジサンの視線が私の身に付けているペンダントに注がれている事に気が付いた。
次の瞬間、周りを数人の男に囲まれ、リン! と叫ぼうとした口も塞がれ、引きずられるように連れ去られてしまう。
ひょっとして賊の類かもしれない。
余りに手際良く街の外の人気ない場所まで連れて来られ、頭がパニックに陥りかけている。


「な、なんなんですか! わたしに何か……ひっ!」


抗議しようとしたわたしの喉元に、短刀が添えられる。
男は、今から出す質問に答えろと脅し、少しだけ刃を喉に押し付けた。
ほんの少しだけどプツリと肌が切れた感覚がして、じわじわ広がる熱と痛みに体が震えてしまう。
わたしが抵抗しないと見ると、男は質問を始めた。


「名は」

「……アカネ、です」

「このペンダントは何処で手に入れた?」

「行き倒れてたわたしの側に、落ちて、ました」


そこまで答えると、他の男達がなにやら相談を始めてしまった。
ひょっとしてこのペンダントの持ち主は、何か狙われるような事をやっているのだろうか。
殺されるかもしれない現状に恐怖が湧き、体が小刻みに震え出す。
けれど男達はそんなわたしなどお構い無しだ。


「この小娘が“黒い牙”に仇なすのか? まあ何にしろ命令だし、殺すか連れ帰るかするとしよう」

「面倒だな、生死は問わないってんだから、殺して首だけ持って行けばいい。首は喋らなきゃ抵抗もしないからな」


心臓を握り締められたかのように、一瞬で信じられない苦しさが襲った。

殺される……どうして? わたしが何をしたの!?
嫌だ、死にたくない……!

首に添えられた短刀に更なる力が入った。
さっきの皮一枚切った感覚とは違う、明らかな肉が切られる感触に、一気に目の前が赤く染まる。
そのまま意識が飛んでしまい、その後どうなったかは自分でも分からない。
ただ意識が消える瞬間、視界の端に、黒いローブを纏った人物がこちらを見ている姿が映ったような気がした。


+++++++


……その頃、先程リンとアカネに声を掛けた赤緑の鎧騎士……ケントとセインは、居なくなったリンを探し回っていた。
街中には居ない。万一の事を考えて、外の人気の無い所などを捜索す二人。


「セイン、お前が余計な事を言うからだ! 彼女に万一の事があったらどう責任を取るつもりだ!」

「だ、だから悪かったって! でも美しい女性方を前にして声を掛けないのは礼儀に反すると……」

「なんの礼儀だ!」

「ってああほらケント、あの子さっき一緒に居た子じゃないか!?」


セインの言葉にそちらへ目を向けてみると、やたら目に付き難い所に、先程「任務」の娘と一緒に居た少女が倒れている。
瞬時に最悪の事態が頭をよぎり近寄ってみると、彼女の周囲には全身をズタズタに裂かれた男達が血まみれで死んでいた。
あまりの惨状に思わず顔を顰めてしまうが、目的の娘の姿は無い。
セインがアカネを抱え上げてみても目覚める気配は無いが、命に別状は無くまだ生きている。


「取り敢えずケント、この子を連れて行こうぜ。ひょっとしたら何かを知ってるかもしれない」

「そうだな。その子はお前に任せるが、……決して無体な事はしないように」

「い、嫌だな相棒、いくら何でも気絶してる女の子相手にそんな……」

「どうだかな」


気絶したアカネを馬に乗せ再びリンを探す二人。
だが、どうしても拭えない疑問がある。
なぜアカネがリンと離れ離れになっているのか。
離れ離れになっているだけならまだしも、アカネは気絶しており、更に周りには、戦場でもあれ程までに惨い死に方はなかなかしないだろうと言う程の惨状で、複数の男達が死んでいた。


「ありゃ酷かったな。あんな千切れたみたいに全身ズタズタになってさ。まさかと思うが、この子がやった訳じゃないよな」

「分からないが……もしその子が彼女に危険を及ぼすようであれば、その子には悪いが……」

「お、おいおいケント、こんな女の子を手に掛けようってのか!?」

「可能性の話だ。侯爵様の為にも、彼女は無事に連れ帰らねば」

「そうだけどさ〜。ああ俺、気が乗らないな」


言いながらも馬を駆り、リンを探し回る2人。
やがて前方に、ならず者に襲われているリンを発見するのだった。


++++++


「ねえアカネ、お願いだから目を開けて!」

「……う、ん……?」


必死なリンの声に、わたしはゆっくり目を開ける。
気付けば座ったリンの膝に頭を預けて倒れているらしく、空の青に彼女のホッとした表情が良く映えているなと、のん気な事を考えたりしていた。
でも次の瞬間、先程自分の身に起きた事を思い出し慌てて起き上がる。
あの男達は居なくなっていたけれど、何があったのか代わりにさっきの赤緑鎧のお兄さん達が。
どう言う事? と視線でリンに質問すると、彼女は少し困ったように笑う。


「あなたを探してたら、賊に襲われちゃって。その騎士さん達が訳ありみたいで助けてくれたの。あなたの事も、街の外で倒れていたからって連れて来てくれたのよ」

「え、賊に!? 無事で良かった……! お兄さん達、わたし達を助けて下さって有難うございます」

「いやあ何の何の! 美しい女性を助けるのは騎士の務めっぎゃは!」


わたしがお兄さん達に礼をすると緑鎧のお兄さんが騒ぎ出して、赤鎧のお兄さんに足を踏まれた。
うわあ、痛そう。

リンに、何があったの? と訊かれ、わたしは身に起きた事を話した。
賊らしき男達に殺されそうになった事、どうやら男達はペンダントに覚えがあるようだった事。
ペンダントを身に付けていると危ないと思ってリンに預けた方を受け取ろうかと思ったけれど、リンは、服の下に隠すから大丈夫よ、と引き渡しを拒否してしまった。
取り敢えず無事な事に喜んでいると、赤鎧のお兄さんが何やら怪訝な表情でこちらを見ていた。
え、わたし、何かした? なんて考えていると、赤鎧のお兄さんはとんでもない事を言い出す。


「気絶した君の周りに、賊らしき男達が全身を引き裂かれて死んでいた。こんな事を尋ねるのも何だが、あれは君がやった事なのか?」

「えっ……。何で……」

「ちょっと待って。アカネがそんな事をする筈が無いわ。一昨日だって山賊との戦いで震えていたぐらいなんだから」


リンの助け舟に赤鎧のお兄さんはアッサリ引き下がってくれたけど、警戒は解かれてないみたいだ。
そう言えば、あの男達はわたしを殺す気だったらしいのに、何故わたしは無事でいるんだろう。
そっと手を添えた首も、傷や痛みは跡形無く消えているようだし……。

そう言えば。
気絶する直前、黒いローブを纏った人が見えた気がしたけれど、見間違いじゃなかったら、まさかあの人が……。


「とにかくアカネが無事で良かった……。守るって決めた直後なのに、こんな事になってごめんね」

「ううん、リンが無事で安心したよ。所で、このお兄さん達はどんな訳ありなの?」

「あ、そうね。リキア騎士のお二人さん、話を聞かせて貰えるんだったわね?」


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