烈火の娘
▽ 2


涙と震えは、一向に止まる気配が無い。
帰ろう、帰って休もうとリンが言い、まともに歩けないわたしを支える。
彼女は怪我をしているのに情けない限りだとは思うけれど、酷い疲労感まで出て来て体は一向に言う事を聞きそうに無い。
自分で支えられる分は必死で支えて、わたしとリンは何とか家に帰り着いた。

わたしは人を殺した。
友達を助ける為とは言え、相手が悪人とは言え、それは紛れも無い真実。
リンは幸い傷薬で怪我を治せたけれど、わたしはその日、食事もマトモに取る事が出来なかった。
寝台に着くと意外に早く睡魔が襲って来たけれど、気分は晴れそうにない。

最悪な気分のまま就寝したわたしが見た夢は、つい2ヶ月前まで当たり前だった家族団欒の光景。
お父さんが居て、お母さんが居て、お兄ちゃんが居る、幸せな時間。
あの14年間が夢のように遠く思えて、無性に泣きたくなったのだった。


++++++


「おはよう、アカネ!」


わたしを呼ぶ優しい声。
直前まで見ていた夢も相まって、わたしは実に恥ずかしい返答をしてしまう。


「……おかあさん?」

「やーね、寝ぼけてるの?」

「……あっ」


瞬時にリンだ、と思い直し、慌てて起き上がる。
かなり恥ずかしくなって何も言えないでいると、リンは少し困ったような笑顔で、わたしの頭を優しく撫でてくれた。


「昨日の戦いで疲れた? ……初めて人を殺してショックだったのね。ごめん、アカネにそんな思いをさせちゃって……」

「う、ううん。リンが無事で良かったし、それにリンだって奴らを追い払う為に……」

「私は覚悟したの。両親を、一族を殺されたあの日に心を決めたわ。どんな罰が当たろうと不幸になろうと、奴らに復讐する為には厭わないって」


そうやって憎しみの炎を燃やしていないと、この草原で一人ぼっちで生きて行くなど不可能に近かったのだろうと思った。
わたしも家族を殺されたけれど、直後にリンに救われた分まだ楽だ。
強くなれば平気になるだろうか、お母さん達を殺した化け物に復讐できるだろうかと考えていると、リンが少し言い難そうにある提案を告げた。


「それでね、アカネ。ちょっと話があるんだけど」

「なあに?」

「私、修行の旅に出ようかと思ってるの」


その言葉に、わたしは呆気に取られて何も言えなくなってしまった。
リンは思うところがあるのか、わたしの反応に躊躇いながらも話し続ける。


「昨日戦って、アカネにあんな思いをさせてしまって分かった。大事な友達1人も守れないようじゃ仇討ちなんて無理。たくさん戦って、もっと強くならないと駄目なのよ。もっと誰にも負けないくらい強く……」

「リン……」

「けどアカネを置いて行くなんて出来ないし、私と一緒に旅に出ない? ひょっとしたら、アカネが住んでいた大陸や国の事を知ってる人が居るかもしれないじゃない! 今度こそ私がアカネの事を守ってあげるから、ね」


リンの意志は固そうだし、ここまで真剣に思っている彼女を止めたくない。
それに、リンと別れたい訳ではないし家族はもう居ないけれど、望郷の念が無い訳じゃない。
せめてここが何処で、日本に帰れるかどうかさえ知る事が出来たら。
そして、わたしの側に落ちていた荷物たち。
旅をしていれば、この荷物の持ち主に出会えるかもしれない。


「うん、一緒に行こう。旅に出よう、リン!」

「いいの!? ありがとう! すごく、嬉しい!! 絶対1人より、2人の方が心強いって思ってたの。一緒に頑張ろう、ね!」


こうして、リンは修行の為、わたしは荷物の持ち主と故郷の事を知っている人探しの為、旅に出る。
次の日に出発し、まずは旅装を整える為に、サカで一番の交易都市であるブルガルへ向かう事になった。

この街での出会いが、わたし達の運命を大きく変える事を、まだ2人とも知る由も無かった……。


++++++


「アカネ、こっちよ」

「わあ……素敵!」

「ここがサカで1番大きな街。まずは旅に必要な物を揃えましょ」


わたしの目の前に広がったのは、遊牧民が部族を作って暮らしているイメージがあった今までとは全く違う街だった。
まるで中世ヨーロッパにでもトリップしたようで、おのぼりさん宜しく辺りをキョロキョロ見回す。
なんでも此処は隣国であるベルンと言う国と国境が近く、そちらの文化が流れて来ているのだとか。
ベルンって……スイスの首都じゃなかったっけ?
じゃあ此処、もしかしてヨーロッパ? スイスをベルンって呼んでるの?
でもスイスの隣に、広大な草原で遊牧民が暮らしてるような国ってあったっけ?


「アカネ?」

「えっ……! あ、ごめん。こんな街って初めてだから、ついあちこち眺めてボーっとしちゃって」

「ふふ、迷子にならないよう気を付けてよね」


笑うリンの首元には、わたしの側に落ちていた荷物入れに入っていたペンダントが光っている。
リンには雫の形をした青いペンダントを渡し、わたしの首元には、真円の赤いペンダント。
いつか持ち主に返さなければならないので、2人が離れたりしないように付けておく事にした。
まあ、一昨日みたいに戦闘になる事があれば、服の下にでも隠すけれど。

取り敢えず薬や食料、武器などの旅支度をする。
リンの勧めで魔道書も買う事になって少し戸惑ってしまった。
こんな、魔法が本当に存在するなんて……何でニュースにならないんだろう。
もしかしてわたしは、本当に中世ヨーロッパにでもトリップしてしまったのだろうか。


「でもなあ、魔法が使えたのは偶然かもしれないし」

「なに言ってるの、あんな凄い魔法が偶然なんて信じられないわ。アカネをいつも守れればいいけど、私もまだ未熟だし。万一の為の護身用よ」

「うーん……」

「おお、これはっ!! なんて華やかなんだっ!」


突然男の人の声が割り込んだかと思うと、いつの間にか馬に乗った緑鎧の男性が立ち塞がっていた。
こちらを見てニヤニヤ笑っているけれど、一昨日の山賊のような嫌悪感はまるで無い。

……が。


「待って下さい、美しいお嬢さんたち! 宜しければ、お名前を! そしてお茶でも如何ですか?」


……うわあ。見事なまでにリンの嫌いそうなタイプ。
その通り、みるみる内にリンの視線が冷たくなり、あなたどこの騎士? なんて尋ねる声も、普段からは想像もつかない程冷ややかだ。
あ、なんかわたしまで寒くなって来た……けど、男性はそんな空気を読めないのか、何とも嬉しそうに声を張る。


「よくぞ聞いて下さいました、俺は、リキアの者。最も情熱的な男が住むと言われるキアラン地方出身です!!」

「“最もバカな男が”の間違いじゃないの?」

「うっ……冷たいあなたもステキだ」


あああお兄さん、お願いだからリンにこれ以上油を注がないで下さい!
……なんて疲れた顔で考えていたら、今度はお兄さんの矛先がこちらに。


「おや? こちらの可愛らしいお嬢さんはどうやらお疲れの様子! ここは休憩がてらお茶でも……」

「ちょっと、アカネに手え出したらタダじゃおかないわよ!!」


誰か助けて!
と、本気で叫びそうになった瞬間、本当に救いが現れてくれるなんて、わたし、ちょっと運が良くなったのかもしれない。


「セイン! いい加減にしないかっ!!」


現れたのは同じく馬に乗った、赤鎧の男性。
こっちのヘラヘラしたお兄さんと違って、いかにも真面目そうだ。
どうやらナンパしていた事を怒っている風だけれど、緑鎧のお兄さんは相変わらずヘラヘラしてる。


「おお、ケント! 我が相棒よ! どうした、そんな怖い顔で」

「貴様が真面目にしていれば、もっと普通の顔をしている! セイン、我々の任務はまだ終わっていないのだぞ!!」


あっと言う間に口論が始まり、ちょっと周りに注目されて恥ずかしい。
しかし緑鎧のお兄さん、美しい女性方って、ナンパに免疫の無いモテない女子中学生をそんな言葉で口説かないで下さい……。
そんな事を考えている間にもリンのイライラは募り、遂にいつまでも馬上の口論を続ける二人に冷たい声を投げた。


「あのっ! どうでもいいけど道をあけて。馬が邪魔で通れないわ」

「すまない、すぐに……」

「ありがとう。あなたはマトモみたいね」


こう言う真面目そうな人って、リンにとって付き合い易そうだもんね。
でも、あなた“は”って緑鎧のお兄さんにシッカリ嫌味言う所はさすが。
でも次の瞬間、リンの微笑みに何かを感じ取ったらしい赤鎧のお兄さんが、とんでもない事を。


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