烈火の娘
▽ 3


「え……アカネ、あなたひょっとして、エレブ大陸の人じゃないの!?」

「ユーラシア大陸の極東にある、日本って島国に住んでいたの」

「ユーラシア……ニホン……聞いた事ないわ」


ひょっとしてわたしは、とんでもない遠くへ来てしまったのかもしれない。
地図さえあれば説明できるんだけど、生憎リンは世界地図を持っていなかった。
日本語が通じるのが、ちょっと気になるけど……言葉が通じなかったら、とにかく心細かったはず。
取り敢えずわたしは、それだけは神様からの情けとして受け取る事にした。


「エレブの他に大陸が存在するなんて全然知らなかった。世界って広いのね。どうしてアカネは草原に倒れていたのかしら」

「分からない。確かに燃え盛る家に居て……。あの化け物に襲われて、そこで意識が途切れちゃって」

「その化け物って、一体なんだったの?」


言うべきか迷った。
竜だなんて言っても信じて貰えないかもしれないし、正直、わたしもあれが何なのか、確信を持てた訳じゃないから。
あれが何だったのかは分からないと言い、そこで話を終わらせる事にした。


「アカネ、私達似てるかもしれないわね。家族を殺されて、一人ぼっちになってしまった」

「うん。ねぇリン、改めてお願いするよ。わたしをここに置いてくれないかな?」


元々リンが言い出した事もあり、彼女はすぐさま笑顔で頷いてくれた。


「あっ、そうだ、すっかり忘れる所だった! はいアカネ、これあなたの荷物なんでしょ?」

「えっ?」


リンが差し出したのは、持ちやすい荷物入れ。
中を見ると、三冊の本、二つのペンダント、一枚の手紙が入っていた。
三冊の本は、どれもハードカバーの立派な装丁。
表紙の字は見た事のない物だったけど、なぜか読む事が出来た。


「……ファイアー、エルファイアー、……あと一冊は読めないなぁ」

「それって魔道書じゃないの? それがあると魔法を使えるんでしょ?」

「ま、魔法!?」


からかわれているのかと思ったけど、リンは真顔で、冗談を言った訳じゃなさそうだった。


「リン、魔法なんてある訳ないでしょ」

「私も見た事は無いけど、大陸には魔法を使う魔道士が居るし、あるわよ。アカネの居た大陸には魔法は無かったの?」

「な、ないない」


まさか本気で魔法を信じているのかもしれない。
夢を壊しちゃ駄目だと思って、わたしはそれ以上なにも言わなかった。

次に見たのは、二つのペンダント。
一つは、雫の形をした青いもので、中には水が入っているらしかった。
もう一つは綺麗な真円の、赤色をしたペンダント。


「リン、これわたしの荷物じゃないよ。どれもわたしの物じゃないもん」

「そうなの? アカネのすぐ側にあったから、ついあなたの物だと思って持って来ちゃったんだけど……その手紙は?」


残ったのは一枚の手紙。
わたしの物じゃないし読む気は無かったけど、既に封を切られた痕があったから、つい好奇心に負けて出してしまった。
中には二枚の便箋が入っていたのだけれど、二枚とも下半分が焼かれたように無くなっている。
やっぱりわたしの知らない字で、でも読める。


【愛しい我が子へ。この手紙を読んでいるという事は、最悪の事態が起きてしまったという事ですね。守ってあげられなかった両親を許して下さい。どうかあなただけでも幸せに生きて。何か困った事があったり、危険な目に遭った時は】


一枚目は、ここで文章が切れ、下は焼けている。


【ファイアーとエルファイアーの魔道書はあげます。残り一冊の魔道書と二つのペンダントは、あなたが持つか、信頼できる大切な人に預けるなりして構いません、大事にして下さい。あと一つだけ……あなたにとって悲しい事ですが】


二枚目はそこで切れ、下半分は焼け切れていた。
これは、物凄く大事なものじゃないだろうか。
わたしはスッと全身が冷える感覚がした。


「ど、どうしようリン、これって大事なものなんじゃないの……!?」

「うーん、でもあんなにアカネの側に落ちてたんだから、無関係とは思えないのよね。ほら、手紙に【信頼できる大切な人に預けるなりして構いません】って書いてあるじゃない。ひょっとすると誰かが、アカネに預けたんじゃないかしら」

「でも、そんな人に覚えが無いからなぁ」


取り敢えず、とても大事そうな物たちなのでひとまず預かっておく事に。
何か厄介な事に巻き込まれてなければいいんだけど、不安が拭えなくて少し怖くなってしまった。

今日から草原の少女、リンと共に暮らす事になる。
どこか通じる部分のある彼女と、是非とも仲良くなっておきたかった。


「ねぇアカネ、家族のこと教えて。私の父さんの名はハサル、母さんの名はマデリンよ」

「わたしのお父さんの名前は英幸(ヒデユキ)、お母さんの名前は聡美(サトミ)、お兄ちゃんの名前は朱蓮(シュレン)だよ」

「やっぱり不思議な響き」

「日本人の名前って外国人が聞いたら、やっぱりそうなのかな」


外国人と接するのは初めてだけど、言葉が通じるから問題なく笑える。
いきなり家族と家を失って、ドコだか分からない国に来てしまって、どうしようもなくなるかと思っていたけど、リンのお陰で無事に過ごせそう。
わたしはそれから2ヶ月の間、リンと草原で暮らしていたのだった。




-続く-




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