烈火の娘
▽ 4


「〜〜〜〜っ、あっぶねぇ! もうちょっとで燃えるとこだった!」

「ご、ごめんなさいギィ、大丈夫?」

「ああ、何とか……。おれ魔道士と組んで戦った事ないんだよ。そういや離れた所から攻撃すんだっけ……」


言われてわたしは、これまで周囲の味方への影響にまで気を配っていただろうかと思い返す。
今まで敵に向けた魔法が味方に当たった事は無い。
だけど魔法はコントロールやタイミングを誤れば、いとも簡単に仲間を傷付けてしまう。
弓矢もそうだし普通の武器でも混戦になれば味方を傷付けてしまう可能性があるけど、魔法はそれらの比じゃない。

これまで味方に当たらなかったのは、みんなが気を配ってくれていたからなんだろうな。
あと運。
わたしもちゃんと味方の動きに気を配らないと。
そういうのって普通は後衛側がやる事なんだよね、あんまり敵の矢面に立たないんだから。

転んだギィに手を差し伸べて立たせる。
……お互いに味方を傷付ける、味方に傷付けられる寸前で気がそちらに向いていたからか、どこかから聞こえて来る音に気付かなかった。
何か聞こえるな、と思った時は既に遅く。
霧を勢いよく掻き分けて、馬に乗った敵のソシアルナイトが槍をこちらに振りかぶっていた。


「あ」


わたしが声を漏らしたのと、敵ソシアルナイトの首元に何かが刺さったのは同時。
それはナイフで、振り返るとマシューさんが立っていた。
どうやら彼がナイフを投げてくれたらしい。


「おーい、お前ら何やってんだよ。ただでさえ霧深いんだから周囲にもっと気を付けろっての」


いつも通りの明るいマシューさん。
わたしは先程の出来事が気になったけど口に出せず、悲しい顔をしてしまったんだと思う。
わたしを見たマシューさんが困ったような顔で微笑んだ。


「気にしてくれたのか? 大丈夫だ」

「え……」

「自分の事で仕事を疎かにしたなんて知れたら、アイツに叱られちまう。こういう霧が深くて、何だか薄気味悪い場所こそおれの出番だろ?」

「……」

「ほら、ボーっとしてたら本隊に置いてかれるぜ? 先導してやるから合流だ。あとギィは更に貸し一つな」

「おい! なんでおれだけなんだよ!!」

「そりゃアカネはキアランお家騒動の時からの仲間割引が適用されるから」

「ち、ちくしょう!」


あ、あの行き倒れてたっていうギィを助けた時の貸しか。
なんかもう完全にマシューさんの手のひらで踊らされてるね、ギィ……。
もちろん吹っ切れてる訳ではないだろうけど、表面だけでもいつものマシューさんで安心した。

本隊の方は味方同士で固まって行動していて、不意を突かれる危険は少ないみたい。
だからマシューさんは別方向へ隠れている敵が居ないか調べに来たそう。
そこにわたし達が居たって訳……ならわたし達、けっこう本隊から離れてるの?
霧にまかれて遠ざかっちゃってたのか、危なかった……。

道程はマシューさんに頼りながら、敵はわたしとギィで倒して、やがて樹海が深くなった辺りで本隊と合流した。
もう敵はウハイと数名しか残っていないみたいだけど、彼らは器用に霧深い森の中を馬で移動し、弓矢を用いてこちらを攻撃して来る。
弓矢に弱い天馬騎士のフロリーナと回復役などの後衛を下がらせ、他の仲間達が攻撃にかかる……けど、位置を特定する事すら難しい。
霧は勿論だけど、木が生い茂ってて見えないんだよなあ……あ。


「ねえエルク」

「アカネ。もう少し下がっていた方が……」

「周りの木、ファイアーで燃やしちゃおうよ」

「! そうか!」


提案にエルクが乗ってくれる。
わたし達は仲間に当てないよう、弓が飛んで来る事の多い方角に向けて一斉に炎を放った。
木々が焼け落ち少し視界が良くなった所で、炎に驚いたのか敵を乗せた馬たちが飛び出して来た所を一網打尽にする。
殆どが遊牧兵で弓使いだったから接近戦で難なく倒せたけど、問題はウハイ。
彼は仕掛けたヘクトル様の斧を剣で弾くと、応戦を始めた。
あの人、弓だけじゃなく剣も使えるんだ……!


「ッチ、弓だけじゃなかったんだな」

「ヘクトル、僕が出る!」


代わりにエリウッド様が飛び出し、ウハイに斬り掛かった。
弓を使う隙を与えないよう間合いをかなり詰めて行く。
ふと、ウハイの動きが……正確には彼の乗る馬の動きが少々おかしい事に気付いた。
この距離じゃ分からないけど、もしかしたら周囲で燃える炎に怯えているのか、火傷でもしてしまったのかもしれない。

勝負はやがて、動揺した馬の動きによって生まれた隙をエリウッド様が突いた事で決着する。
胸を貫かれたウハイは口から血を吐き出し、震える声を絞り出す。


「グッ……見事……。お前達は、俺が思った以上に、強いな……。その力に敬意を示し……俺からのはなむけだ……。ここから南に行き、朽ちた大木の横を西に……進め。【竜の門】へ続く道は……そこに……」


そこで言葉が途切れた直後に落馬し、仰向けに地面へと転がったウハイ。
近寄ってみると、意識が朦朧としているだろう中で何を考えているのか、視線が周囲を見回すのが分かった。

……瞬間、彼と確かに目が合った。
わたしを視界に入れて、それから口が何やら蠢いて喋ろうとしているみたい。
だけどもう声も出ないのか言葉が聞こえる事は無く、やがて静かに目を閉じ、そして動かなくなった。

そんな彼を見下ろし、エリウッド様がぽつりと。


「ウハイ……出来れば敵としてではなく会いたい男だったな……」


人質を取る事に成功したのに、それを放棄して正々堂々と戦いを挑んで来た。
【黒い牙】に居たのも、何か事情があったのかもしれない。


「……信用するのか?」


ヘクトル様が少々訝し気な顔をしてエリウッド様に訊ねる。
さっきウハイが口にした【竜の門】への行き方の事か。
それに答えたのはエリウッド様でなくリン。


「彼も草原の民……その誇りにかけ、嘘はつかない。……少なくとも、私はそう信じるわ」

「だったら行くか、【竜の門】へ!」


ウハイの言葉を信じる事に決め、わたし達は南へと足を進めた。
そんな中でわたしの心に浮かぶのは、さっきウハイを見た時に感じた既視感と、事切れる前にわたしを見た彼が何かを言いかけていた事。
何なんだろう、あの人わたしの事を知ってるのかな?

……待てよ。
もしかしてエリアーデさんの事を知ってるのかも。
エリウッド様も仰っていたように、エリアーデさんを知る人は、何故かわたしがエリアーデさんに見えるらしい。
容姿の方はちゃんと黒目黒髪のアカネそのものに見えて、エリアーデさんとはまるで違うのに、それでもエリアーデさんだと思えるんだとか。
容姿が違うなんて分かり易く別人の証だろうに、本当に不思議。
エリック公子も完全に間違えていたし、ウハイもそうなのかも。

以前【黒い牙】が、エリアーデさんが持っていたであろうペンダントを目印にわたしを殺そうとしていた。
ウハイもわたしを……延いてはエリアーデさんを殺すよう誰かに命じられてたのかな?
エリアーデさん、どうして暗殺集団に命を狙われてたんだろう。

分からない事だらけで頭が痛くなって来た。
取り敢えず今はエルバート様を救い出す事だけ考えていよう。
お父さんとお母さん、それにお兄ちゃんを探すのも、わたしとエリアーデさん両方が存在できる道を探すのも、それからにしよう。

……この時、わたしはまだ知らなかった。
この先に待つものが、お兄ちゃんとの別れを決定付けてしまう事に。




−続く−




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