烈火の娘
▽ 3


わたし達はエルバート様が居るという【竜の門】目指して樹海に足を踏み入れた。
霧が立ち込めて来て不気味だけどこれ、多分晴れてても薄暗くて不気味だろうなあ……。
なんて心中で恐々していると、ヘクトル様が。


「一歩入ったが最後。確かに、二度と戻れる気がしねーな」

「ヘクトル! 縁起でもないこと言わないでよ!」


わたしが反応する前にリンが声を上げた。
あ、もしかしてリンも怖かったのかな。ちょっと安心しちゃった。
わたしは小走りでリンの隣に並ぶ。


「どうしたのアカネ」

「えへへ、ちょっと怖くって」

「そ、そう、私の傍に居れば大丈夫よ。霧も立ち込めて来てるし、はぐれないよう気を付けて」

「はーい」


負けず嫌いなリンだから怖がってるのを知られたくないんじゃないかと思って、わたしが怖がってる事を示しておく。
負けず嫌いだけど優しいリンは、誰かを守る為ならより力を発揮できる。
ヘクトル様はそんなわたし達をまじまじ見つめて。


「姉妹みたいだな、お前ら」

「姉妹? 良いわねそれ。アカネみたいな妹 欲しいかも」

「でも確かアカネには兄貴が居るんだろ? アカネの姉貴になりたいんだったら、そいつと結婚……」

「え ん ぎ で も な い こ と 言 わ な い で」


本気で凄んだリンに、ヘクトル様が素で「悪い」と呟くように謝罪した。
あーそっか、ヘクトル様はお兄ちゃんとリンの仲が悪いこと知らないんだ。

機嫌が悪くなったリンと疑問符を浮かべるヘクトル様は何だかおかしい。
二人には悪いけど、わたしは少々和やかになって緊張も解れた……と思ったら次の瞬間、緊迫したエリウッド様の声が響く。


「あそこに誰か居る!」

「なんだと? 先客か……ん?」


すぐさま我に返ったヘクトル様がエリウッド様の元へ行きながら声を掛けると、すぐ先の木に誰かが凭れるようにして立っていた。
あの人って確か……。


「レイラじゃねえか! お前、よくここに来れたな!」


オスティアの密偵レイラさんだ。
だけど彼女はヘクトル様の言葉に何も反応せず、ただ突っ立ってる。
わたし達が近付いてもそれは同様で、良く見れば目を閉じて眠っているような。


「……様子が変だ。レイラ?」


エリウッド様が声を掛けると、ぐらりとレイラさんの体が傾き、そのまま倒れてしまう。
慌てて駆け寄ると、その首元は赤く染まっていて、口からも血を垂らしていて……。
う、うそ、まさか……!


「死んで、る……?」

「!! ……嘘だろ? うちの密偵の中でも1,2を争う実力者なんだぞ、レイラは……」


呆然としたようなヘクトル様の声が、虚しく響く。

程なくして後方からマシューさんが走って来た。
彼は目を見開いてレイラさんを見ると、彼女の側に屈んでその頬に触れた。
一瞬だけ嗚咽が聞こえたけど、すぐマシューさんはレイラさんを抱えて立ち上がる。


「若様、おれちょっと抜けていいすか? こいつ、弔ってやんねーと」

「……すまねえ、マシュー」

「……なんで若様が謝るんですか。レイラは仕事でドジった。……それだけの事ですよ。この仕事が終わったら足洗わせようと思ってたんですけど……間に合いませんでしたね、ははは」


乾いたような笑いを出して、マシューさんはレイラさんを抱えて行ってしまった。
あれ、もしかして……。


「あのヘクトル様。もしかしてマシューさんとレイラさんは……」

「……ああ。二人は恋人同士だ」


マシューさんが去った方を見つめたままポツリと口にするヘクトル様。
それを聞いてわたしは息を飲む。
足を洗わせようと思っていたって事は、結婚するつもりだったんだ。
そんな愛した人が殺されるだけでなく、こんな所で晒されていた。
周囲に血や争ったような跡は無いからきっと、どこかから運ばれて来たんだろう。
わたし達への見せしめの為に……!


「酷い、こんな……誰が一体こんな事! 許せない……!」


怒りで震えるわたしの肩に、エリウッド様の手が置かれた。
彼もまた怒りを滲ませてる。


「……行こう、敵はこの森のどこかに居る。これ以上の犠牲を出さない為にも、僕らは立ち止まってはいけないんだ!」


エリウッド様の言葉に、同様に怒りを露わにしていたヘクトル様とリンも頷く。
その瞬間、ニニアンが叫んだ。


「!! ……気を付けて! 何か、来ます!」

「えっ?」


これってアレだ、ニニアンが持ってる危険を察知する力!
だけどわたし達が周囲を警戒するよりも早く、それは現れた。
霧に包まれた樹海の間を、まるで風のように器用に駆け抜けて来た一頭の馬。
その馬上の人物が一瞬でリンの腕を背に回して拘束し身動きできなくしてしまった。


「リン!」

「……命が惜しくば、その娘をこちらへ」

「あなた、草原の民!?」


現れた厳つい顎髭の男の人は、サカの民族衣装を着ている。
まさかこんな所にサカの民が……? もしかして、この人も【黒い牙】。

……だけど、あれ、何だろう。
この人どっかで見た事ある気がする。


「そうだ。俺は【黒い牙】のウハイ。その青緑をした髪の娘の身柄確保と……お前達の命を奪うよう命令を受けた。だが、もしもその娘を大人しく引き渡しこの島から立ち去るのであれば、見逃してやってもいい」

「そんな事……私達が従うとでも?」

「お前達は無知だ。ネルガルの恐ろしさも……何も知らないから立ち向かおうだなどと思うのだ。お前達が動いた所で事態は何も変わらん」


捕らわれていても強気に返すリンに、ウハイは続ける。
ここから立ち去らせようとしている所を見るに根は悪い人じゃないのかもしれないけど、ニニアンを見捨てられない!
当然、逃げる事を考えてる人は仲間内に誰も居ない。


「……確かに僕達は無知かもしれない。だが、ここで逃げても何も変わらないんだ。だったら、どこまでも足掻けるだけ足掻いてみせる!」

「愚かな……」


ウハイはそう呟いてリンを放し、こちらへ押しやった。


「……どうして私を解放するの?」

「女を人質に取ったまま戦うなど恥だ。よかろう、せめてもの情けだ。……ここで全滅させてやる。この先の地獄を見なくて済むようにな!」


あ、この人。
間違いなく“草原の民”だ。
【黒い牙】じゃなかったら味方になってくれたかもしれない。
だけど今のわたし達に、戦う気満々の人を説得している余裕は無い。

霧の立ち込める樹海は視界が最悪で、どこに敵が潜んでいるのかも分からない。
一人では行動しないよう全員に通達されて、それぞれが誰かと組んでいる。
わたしが誰かの側に行こうとウロウロしていると、突然 腕を掴まれ引っ張られた。


「うぉわっ」

「アカネ、お前あんまりウロウロすんなよ、すぐにはぐれるぞ」

「あ、ギィ……」


サンタルス領で仲間になったサカの剣士ギィ。
ちょうど良かった、彼と一緒に行動しよう。


「ありがと。ついでにお願いなんだけど、わたしと一緒に行動してくれる? なんか声かけそびれちゃって」

「わかった。サカの男は困ってる女は助けるもんだ」


わぁ、紳士!
遠慮なく頼らせて貰う事にして、わたしはギィと行動を共にする事に。
彼の剣技は本当にリンとよく似ていると思う。
力じゃなく速さを武器にして、流れるように敵を切り伏せて行く。
凄いな、わたしも頑張らないと。

ギィの援護をする為にわたしも詠唱しながら魔力をかき集めた。
前方から現れた傭兵にファイアーの魔法を放とうとした瞬間、ギィがその傭兵の前に飛び出す。


「ちょ、ギィ危ないっ!!」

「へ」


止めようとしても間に合わなかった。
放たれた火球が敵の傭兵……つまり奴の前に飛び出したギィ目掛けて飛んで行く。
命中する直前、慌てて飛んだギィが派手に転んだのと同時に、わたしの炎が敵の傭兵に命中した。
敵が倒れたのを確認し、わたしは慌ててギィに駆け寄る。


*back next#


戻る

- ナノ -