烈火の娘
▽ 3


2日後、わたし達は港町バドンに辿り着いた。
ヴァロール島への船を探す……けど、なかなか出してくれる人が見付からない。
やっぱりみんな恐れているみたいで、お金の問題じゃないってさ。

町中をとぼとぼ歩いていると、速足で歩くリンを見付けて声を掛ける。
何だか少し機嫌が悪いみたいだけど、船が見付からないからかな?


「リン。船を出してくれる人、居た?」

「アカネ。それが全然ダメなの。……エリウッド達、ついに海賊に頼むなんて言い出しちゃって」

「か、海賊……」


なるほど、それでリンの機嫌が悪いのか。
山賊に両親と部族の仲間を殺されたリンは、無法者が好きじゃない。
無法者が大好きって人もそうそう居ないと思うけど……。
わたしだって、もし話の分かる竜が居て、背中に乗せてヴァロール島まで飛んでくれるって言われても、頼ろうか迷うかもしれない。
その竜がわたしと家族を酷い目に遭わせたあの竜と別でも、すぐには受け入れられないと思う。

そう言えば、ふと思い出してリンに訊いてみる。


「ねえリン、わたしが預けたあの青いペンダント持ってる?」

「ああ、あれ? そう言えば預かりっぱなしだったわね。今も首から提げて服の下よ」


2人が離れないようにと分けて持った2つのペンダント。
わたしが持っているのが、真円の赤いもの。
リンが持っているのが、中に水の入った雫形の青いもの。


「これ、話に聞いたエリアーデって人の物なんでしょ?」

「みたい」

「それじゃあ、エリウッドに返しておいた方が良いのかしら」

「……うーん……」


わたしは、アカネのままで居たいと思ってる。
何とかエリアーデさんとわたしと、両方が存在できる方法を探したいって思ってる。
けど今はまだ、エリアーデさんの物はわたしが預かってても良いんじゃないかな……。
なんて、きっとエリアーデさんの物であろう強力な魔道書をまだ使っていたいから、っていう理由が大きいんだけど。


「まだわたし達が持っていようよ。エリウッド様も返して欲しいとか言わないし、多分大丈夫だよ」

「アカネがそう言うんならそうしよっか」


とにかく、船を出してくれる人を探し出さない事には目的を果たせない。
リンと別れてまた探し始めるけど……やっぱり見付からないよ。
これはもう、リンには悪いけど海賊に頼るしかないんじゃ……。

と、そう考えていると急に騒がしくなる。
家々に挟まれた小道から通りへ出ると、町の住人であろう人々が逃げ惑ってる。


「ファーガス海賊団が旅人相手に何かおっ始めやがったぞ!」

「巻き添え食らわないうちに逃げよう!」

「海賊団……? え、それって、もしかして……!」


さっきリンが言っていた、エリウッド様達が海賊に船を頼もうとしていたらしい話。
もしかして交渉が決裂して戦闘になっちゃったんだろうか。
慌てて魔道書を持ち、仲間を探して走り出す。
やがて前方にマーカスさんを見付けて駆け寄った。


「マーカスさん、何があったんですか!?」

「ご無事でしたかアカネ様! エリウッド様がファーガスなる者の率いる海賊に船を頼んだ所、このような事態に……」


どうやら交渉が決裂したんじゃなくて、布陣した海賊達を潜り抜けて、港に居るファーガスって海賊の頭の所まで辿り着けたら、船を出して貰える事になったみたい。
どうも海賊達がとても手強いらしく、マーカスさんは一人で突破口を探しに来たんだって。


「アカネ様はエリウッド様達の所へお急ぎ下さい」

「分かりました、マーカスさんも気を付けて下さいね!」


場所を聞いて向かう、けど、家々が複雑に立ち並んでいて思った方向に進めない。
あれ、これ、道に迷っちゃってる気がする。
微妙に血の気の引きそうな思いをしながらうろうろ彷徨っていると、前方に大きな建物。
どうやら酒場みたいだ、ここで皆の情報を聞けないかな。

恐る恐る扉を開けて中を覗くと、船乗りかな、屈強な男の人ばっかりで入るのが怖い……。
諦めて自力で探そうと扉を閉じかけた時、真っ赤な髪のポニーテールの女の人を見付けた。
あの人になら話し掛けられそう、訊いてみよう。
わたしは出来るだけ他に視線をやらないようにして、その女の人の所へ一直線。


「あの、すみません。外で海賊と一悶着やってる旅人達が居るんですけど、ここに来ませんでしたか……」

「あら、あなたさっきの人達の仲間? ファーガス海賊団と追いかけっこなんて良い度胸じゃない!」

「(あ、やっぱり……)」

「でもあなたみたいな女の子も居るなんてちょっと心配ね。……こっそり良いこと教えてあげる。海賊団と戦わずに港まで行く方法」

「え!? お、教えて下さいっ!」


そのお姉さんに、家々の隙間と塀の間を縫って港まで行く道を教えて貰った。
どうやらお姉さん、彼氏がファーガス海賊団に居るらしい。
だからこんな屈強な人ばっかりの酒場に平気で居るのね……。

お姉さんにお礼を言って酒場を飛び出す。
色々と特徴になる物を教えて貰ったから今度は迷わない。
本当に地元の人じゃないと分からないだろうって細い小道を進んだ。
家々に挟まれてて薄暗いし、荷物なんかが積んであって通路は狭いし、舗装が崩れていたりされていなかったりして足場も悪い。
わたしでも少し体がぶつかるぐらい狭い道もあったから、大人の男の人じゃここ通れないんじゃないかな。

直進したり曲がったり、本当にこっちで合っているのか疑わしくなった頃、前方に光が差し込んでいるのが見えた。
ホッとして少し急いだら足下に転がっていたバケツに躓いて、転びそうになりながら港へ出る。
今まで薄暗い所に居たから、痛いくらいの光と青が飛び込んで来て目を細めた。
喧噪はまだ続いていて、港には誰も居ないからまだエリウッド様達は辿り着けていないらしい。

海賊団が暴れ出したからか誰も居ない港、ふと見ると頭にバンダナを巻いて濃い髭を蓄えた、初老と言った感じの屈強なおじさんが居る。
巨大な斧を携えているし、佇まいからしても普通の人じゃない。
きっとあの人がファーガスさんだ!
近寄ってみるけど、ふ、雰囲気からして怖い……。
でもここまで来たんだし、皆の戦いを止める為にも早くしないと。


「あの……あなたがファーガスさん、ですよね」

「ん? 何だお嬢ちゃん、危ねぇから帰りな」

「わ、わたし、ヴァロール島まで船に乗せて欲しいと頼んだ人の仲間です!」

「なに?」

「ここまで来ました、船に乗せて貰えるんですよね!」


緊張してるのを誤魔化そうと、興奮気味の喋り方になっちゃった。
ファーガスさんは少しだけ黙って目を見開いたけど、すぐ楽しそうに笑い出して。


「そうか、来やがったか! オレも海の男だ、約束は守る。……おいっ、おめえら、やめろ!! この遊びはボウズ共の勝ちだ!!」


まだ戦っている海賊達の方へ行きながら、大声を張り上げるファーガスさん。
すぐに喧噪が静まって行き、わたしもファーガスさんの後についてそちらへ向かった。
そうしたら当然、戦っていたエリウッド様達もわたしに気付く訳で。


「アカネ!? 君がファーガスさんの所へ辿り着いたのか!?」

「え、ええー、まあ」

「おいおい、いつの間に出し抜いたんだ? 結構やるじゃねえか」


ヘクトル様が感心したように言うけど、裏技使っちゃったんだよねえ……あはは……。
出し抜いたと言えば出し抜いたのかな、あの酒場のお姉さんのお陰だけど。
なんか皆に一気に注目されちゃって恥ずかしい……。
エリウッド様が駆け寄って来て肩を掴まれる。


「大丈夫かい、怪我は?」

「してませんよ、平気です」

「良かった……ありがとうアカネ、これで魔の島に行ける」


エリウッド様のお父様、エルバート様を助けに行けるね。

ふと視線を巡らせるとリンと目が合う。
海賊の世話になるなんてさぞかし嫌じゃないだろうかと心配。
ちょっと話そうと彼女の元へ行った。


「リン、嫌かもしれないけど……我慢しよ。せっかく移動手段が見付かったんだから」

「……分かってる。あんまり遅らせたらエリウッドのお父さんが危険かもしれないものね」

「気を紛らわしたかったらいつでも話し相手になるよ?」

「ふふ、その時はお願いね、アカネ」


とにかく移動手段は見付かった。
エルバート様を助け出してフェレへ無事に送り届けないと。

……それにエルバート様にエイベル様の話も聞いてみたい。
本当にその人がわたしのお父さんなのか気になる。
わたしとエリアーデさんの事を考えると、色々と違うだろうから意味は無いかもしれないけど……本質的な性格とかは同じかもしれない。
わたしとエリアーデさん、両方が存在できる方法のヒントになるかもしれない。
何も分からないんだから少しでも情報を得たいよ。

そんな打算も混ぜて考えながら、わたし達を乗せたファーガス海賊団の船が出港し、離れて行く陸をぼんやり見送っていた。





−続く−




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