烈火の娘
▽ 2


陽動をしてくれていた別動隊はもう玉座の方に迫っていた。
リンはルセアさんを見て驚いていて、彼が傭兵としてキアランに雇われた事は知らなかったみたい。
それもルセアさんの言う“連れ”のせいかと思っていたら、何とその連れはあの、プリシラさんのお兄さん。
やっぱり彼も傭兵なんだ。貴族のプリシラさんの兄だなんて生き別れになってたのかな。
レイヴァンという名前らしい彼はラウス兵達の混乱に乗じて、敵の指揮官を倒してしまった。

……倒れる直前、敵の指揮官は

「我らラウスの蛮行を思えば、当然の報い……か」

と言い残し息絶えてしまう。
それを聞いたわたしは、薄ら寒い恐怖を感じた。

例え一人、または少数が反対していても、多数の人が望んでしまえば争いは起きる。
例え大勢が反対していても、権力のある人が望んでしまえば戦争は起きる。
それは物凄く恐ろしい事なんじゃないかと思った。

あの最期の言葉からして、敵将はこの戦いに反対していた可能性が高い。
城外での戦いの時からラウス兵の動きが硬くて士気が低いように感じていたけど、多くの兵は反対だったんだろうか。
そこをラウス侯ダーレンや息子のエリックが推し進めて、戦の準備をさせていたのなら。
なんて酷い事をするんだろう……!


「おじいさまっ! おじいさま、どこっ!?」

「!」


リンが叫びながら駆けて行き、わたしは我に返った。
玉座の間には誰もおらず、ただ一つ、玉座付近にまだ新しいと思われる血の跡を発見する。
それを見たリンの顔が絶望に染まる。


「いやっ! ウソよ、そんな……!」

「リンディス、落ち着くんだ。怪我をされたのかもしれない。とにかくハウゼン様はここにおられないんだ、他を探そう」

「そ、そうね……私が落ち着かないと」


エリウッド様に慰められ、リンが平静を取り戻す。
わたしはサンタルス侯ヘルマン様の事もあって心臓がうるさい。
ハウゼン様もヘルマン様みたいな目に遭っていたとしたら……。


「お前、レイラじゃねーか!」


突然ヘクトル様の声が響いた。
そちらを見ると真っ赤な髪を短めに切り揃え、だけど前髪だけ伸ばして顔の片方を隠している一人の女性。
どうやら彼女はオスティアの密偵、つまりヘクトル様の所の臣下だ。
ハウゼン様は怪我をされていたけど奥で治療を受けているみたい。
良かった……!

オスティア侯ウーゼル様の命を受けてフェレ候失踪の謎について調べていたらしいレイラさん。
ハウゼン様の無事を確認した後、彼女の話を聞くのにわたしも同席させて貰える事になった。
エリウッド様はわたしの事をエリアーデさんだと確信してるから、なんだよね。
だけどわたしも何故か、お会いした事も無いエルバート様の事が心から心配だ。
なのでここはお言葉に甘えさせて頂く事にした。


「結論から申しますと……フェレ侯爵は生きておられます」

「! ほ、本当……なのか!?」

「はい。私はこの数か月間、【黒い牙】の一員に成りすましております。そこで入手した情報ですので、恐らく間違い無いかと……」


黒い牙……例の暗殺集団だね。
その存在自体はもっと昔から確認されていたらしい。
ブレンダン・リーダスという男が作り出した暗殺組織。
その活動は10年以上も前からベルンを本拠地として始まって、各国へと広がって行ったんだって。
ただしその思想は、弱者を食い物にする貴族だけを狙うというものだったから、民衆からは義賊とされて支持は高かったそう。

でも1年ほど前、ブレンダンが後妻を迎えた事を切っ掛けに、その活動は変わった。
金を払えばどんなに難しいとされる暗殺もやってのけるけど、その対象は悪人だけでない無差別なものになったって……。
ハウゼン様に怪我をさせたのも【黒い牙】。
後妻の影には“ネルガル”という謎の男が居て、今【黒い牙】はその男の指令によってリキアで暗躍しているとか。
そいつは腹心のエフィデルという人に命じ、ラウス侯ダーレンをそそのかしてオスティアへの反乱を企てさせた。
その呼びかけに最初に動いたのはサンタルス侯、そして次に……フェレ侯エルバート様。


「……父上は反乱に賛同したというのか?」

「それは分かりません。ですが今、ラウス侯達と共におられる事は事実です。【竜の門】……と呼ばれる場所に」


……竜?
それ、ただの名前?
それとも竜が住んでるの?

リキアの南に浮かぶ島、ヴァロール島にあるらしいその場所。
一度 足を踏み入れて生きて戻った者は居ない、【魔の島】の異名で恐れられてるらしい。
もし、竜が住んでいるのなら。
わたしの家族を酷い目に遭わせたかもしれない、あの業火を放つ竜。
そいつも居るかもしれない……。

この世界で出会えた仲間や過ごした日々は掛け替えないけれど、それとこれとは話が別。
あの竜、絶対に絶対に許せない!
この世界に居るかどうかも分からないし、もしかしたら、あいつはわたしの世界に住んでいる竜なのかもしれない。
だけど少しでも可能性があるのなら、わたしは……!

取り敢えず次の目的地は決まった。
しかもリン達も付いて来てくれるって!
レイラさんはハウゼン様を始末するよう命じられたそうで、ラウス侯達を何とかしないと、またハウゼン様の命が狙われる可能性が高い。
そしてエルバート様の事も助けたいって。
リンは親を亡くして辛い思いをしたから、同じ目に遭って欲しくないんだよね。

暫くの間、一応ハウゼン様は亡くなった事にしておくみたい。
これでレイラさんの話も終わり、次の行動を話し合うのかな……なんて思ってたら、まだ何かあるみたいで。


「エリウッド様、もう一つお伝えしたい事が……」

「? 何だい?」

「一年半ほど前、フェレ候弟エイベル様とご家族が失踪された件。別の密偵が調査を請け負っていたのですが、それについて言伝を預かっております」

「叔父上達の!?」


え。
そ、それって、エリアーデさん達、だよね……?
どうやらエルバート様がオスティアに調査を依頼していたらしい。
確か奥さんのソヴィ様の記憶が戻って、それが重大で迷惑を掛けそうだったからフェレを出たんだっけ。
その調査を請け負っていた密偵が途中で殺された挙げ句、長いこと調査が行き詰っていたけど、殺された密偵が隠していたメモが見つかったそう。


「そこからエイベル様達の足取りが分かりました。フェレを発ったエイベル様一家は、ベルンからサカまで半年を掛けて巡り……そしてサカで消息を絶ったようです」

「サカで?」

「はい。本当にそこでぱったりと、まるで消えてしまったかのように消息が掴めなくなったと、その密偵のメモには残っております」

「アカネ、確か君はサカで倒れていたらしいね」

「……はい、そうです」

「? ちょっと待ってエリウッド、どうしてそこでアカネに話題を振るの?」


エリウッド様の言葉にリンが疑問符を飛ばす。
あ、そうか、リンにはまだ話してなかったっけ。
わたしはリンに、エリアーデさん関連の事を話した。
リンは信じられない……と言うか、最初は意味すら分かっていないようだった。
無理もないと思うよ、わたしだって未だに飲み込めてないし。


「叔父上の手紙によると異世界に行ったらしい。それが本当なら見つからない筈だよ」

「異世界というか……わたしにとってはこっちが異世界なんですけどね……」

「えっと、じゃあアカネ、別の大陸から来たっていうのは……」

「あ、ごめんねリン。最初は別の世界だなんて全く思ってなくて、本当に違う大陸に来たと思ってたの。でもその後、お兄ちゃんからここが異世界だって知らされて。混乱させるよりはと思ってたんだけど……」

「なるほど、事情は分かったわ。怒ったりしてないから安心して」

「ありがとう」


結果的に嘘を吐いてた事になるもんね。
気にしてないみたいで安心した。
……そう言えばレイラさんは、わたしがエリアーデさんかもしれないって知らなかったんだよね。
丁度エルバート様というエリウッド様関連の情報を伝えに来たから言伝を預かっただけで。
と、言うか、今の仲間以外誰も知らないんだっけ。多分。


「ヘクトル様、この件はウーゼル様にご報告は……」

「あー……兄上だけに報告しといてくれ。信じて貰えるかは分からねぇが、俺やエリウッドは信じてる事まで含めてな」

「承知しました」


やっぱりヘクトル様達は、わたしがエリアーデさんだって思ってるんだよね……。
だけど調査していたならウーゼル様もエイベル様一家の事は心配なさってるだろうし、報告だけでもお願いしとくべきか。


「ご報告は以上です。では、失礼します」

「レイラ!」

「はい」


立ち去ろうとしたレイラさんをヘクトル様が呼び止めた。
何だろ。


「ネルガル……それからエフィデル、だったか? どんな奴らなんだ?」

「……私はまだ、ネルガルを見た事がありません。が、エフィデルとは何度か言葉を交わす機会がありました。……不気味な男です。常にマントを目深に被って顔を見る事が出来ません。なのに……」

「何だ?」

「金色に光る瞳だけが……別の生き物のようにはっきりと……見えるんです」


別の生き物みたいに、って……。
何だろう、どんな不気味な人なんだろうか。
別の生き物と聞いて竜じゃないかと想像したけど違うかな。

今度こそレイラさんは去り、わたし達は改めて次の目的地、魔の島ヴァロール島を目指す事になった。
キアランの南端にバドンって港町があって、まずは船を探す為にそこへ向かうみたい。
城を空ける為、リンやケントさん達が残った兵達に指示を出す。
それをボーっと眺めていると魔道士隊長に声を掛けられた。後ろには魔道士隊の皆。


「アカネ」

「隊長。みんなも……」

「リンディス様達と共に旅立つのでしょう? これは餞別です。役に立つ場面もあるはず」

「魔道書ですか? これは何の……」

「これはサンダーストーム。遠く離れた敵を攻撃できる貴重な魔道書です」

「え……いいんですか!?」


そんな魔道書があるんだ!
逆に傍に居る敵は攻撃できないみたいだけど、これがあれば何かの時に役立つかも!


「我々はしっかり城を守っています。アカネ、あなたはリンディス様の事を頼みましたよ」

「はい、頑張ります!」


そうこうしているとリンに呼ばれる。
出発の準備が整ったのかな。
彼女の元へ向かうわたしの背中から、隊長と魔道士隊の皆の声。


「アカネ、どうか無事で! 武運を祈っています!」

「生きて帰って来いよ、アカネ!」

「君なら油断しなければ大丈夫、きっと生き残れるから!」

「気を付けてな〜!」

「はーい! 行って来ますっ!」


わたしは振り返って大きく手を振りながら、笑顔で声を張り上げた。
何だか勇気が湧いて来て、貰ったサンダーストームの魔道書をぎゅっと抱き締める。
きっと生きて帰って来よう、そしてわたしとエリアーデさん、両方が存在できる道を探そう。
そう心に誓った。


*back next#


戻る

- ナノ -