烈火の娘
▽ 1


まだ城内には結構な数のラウス兵が残っているみたい。
キアランの兵は奇襲を受けた時に半数以上が居なくなってしまったそう。
だけど生き残った人も居て、恐らく牢に囚われている筈だってリンは言う。
魔道士隊長さんや魔道士隊の皆は生きてるかな、生きてるなら助けたい。
エリウッド様もどうやら同じ考えのようで。


「生き残ったキアラン兵が居るなら、何としてでも助け出したい。リンディス、僕達が囮になって、城に詳しい君の騎士達に先行して貰う事は出来ないか?」

「そうね。牢までの道なら、他で騒ぎを起こせば目立たずに行けるルートもあるわ」

「では二手に分かれて、救出部隊をそこから……」

「それ、わたしも行かせて下さい!」


思わず声を上げると、エリウッド様とヘクトル様とリンが一斉にこちらを向く。
すぐにエリウッド様が焦ったような顔で止めて来た。


「駄目だアカネ、危険だ」

「え? でも他で陽動するなら、別動隊はむしろ安全じゃないですか?」

「それは、そうだが……」

「行かせてやれよエリウッド。アカネ、こいつエリアーデの事になると少しばかり過保護な面があってな。お前に対しても……」

「ヘ、ヘクトル、言わないでくれ!」


慌ててヘクトル様の言葉を止めるエリウッド様。
へえ、そんな一面があるなんて思った通りのような意外なような。
リンはエリアーデという知らない名前が出て来たせいか、疑問符を浮かべたような顔。
……そう言えばわたしとエリアーデさんの事、リンにも話すべきだよね。

ケントさん、セインさん、ウィルさん、わたし、そしてラウスで新たに仲間になったプリシラという女の子と一緒に牢へ向かう事になった。
プリシラさんはエルクの新しい雇い主で、馬に乗って回復の杖を使えるトルバドール。
別動隊は機動力が大事だから、今回は徒歩のセーラより適任だね。
エルクは護衛として付いて行きたがったけど、あまり人数が増えると逆に動き辛い。
プリシラ様の事を頼んだよ、とエルクに任され、わたし達は牢を目指す。

身を隠して待っていると、別の所から喧噪が聞こえ始めた。
エリウッド様達が攻撃を開始したみたいだ、わたし達も行かなきゃ!
戦い慣れてもやっぱり緊張はするけど、セインさんがいつもの調子でわたし達を振り返り。


「アカネさん、プリシラさん、決して俺達の前に出ないようご注意を。何かあれば何なりと、俺を頼ってください!」

「はい。頼りにしていますね」

「お願いします……」


わたしとプリシラさんが答えると、セインさんはいつもの締まりのない笑顔。
ちょっと安心した。
ウィルさんが、あれ、おれは? なんて顔をしていたけど、ケントさんがいつも通りセインさんを小突いて馬を進めたから何も言えなかった。
わたしはプリシラさんと並びながらケントさん達の後を追う。


「プリシラさん、あなたは戦えないから無理しないで下さいね。わたしから離れないで」

「ありがとうございます。アカネさんも怪我をしたら仰って下さい」

「はい。頼りにしてまーす」


どうやら彼女、エトルリアの貴族のお姫様らしい。
もう雰囲気からしてお淑やかな深窓の令嬢っていうか、高貴さが溢れ出してる。
同い年くらいの女の子だったから、貴族だと知る前にさん付けで呼んでしまい以後そのまま。
様付けの方が良いかなと思ったけど、全く気にしてないみたいなので、このままにさせて貰ってる。

別動隊が惹き付けてくれているからか、こちらは少数の見張りくらいで実に静かなもの。
幾つもの牢獄がある部屋の扉をケントさんが開けると、沢山のキアラン兵が囚われていた。


「みな、無事か!?」

「おお、ケント!」

「ケント隊長っ!! ご無事でしたか!」


味方の登場に牢の中のキアラン兵達が湧く。
わたしは奥まで行って魔道士隊の皆を探した。
奥の方の牢の前で声を掛けられる。


「アカネ? あなたはアカネですね!?」

「あ、隊長! それに皆も……!」


キアラン城に居た時は毎日見ていた顔ぶれが揃ってる。
……何人か居なくなってるけど……全滅は免れたみたい。
わたしは慌てて鍵を開け皆を外に出した。


「お前、無事だったんだな!」

「城を出たってリンディス様に聞いて、心配していたんだ!」

「ごめんなさい、どうしてもやらなくちゃいけない事があって……」


魔道士隊の皆と再会を喜び合っていると、最後に隊長が出て来る。
わたしの前まで歩いて来ると、初めてわたしの魔力を評価してくれた時みたいに、わたしの肩に手を置いて。


「本当に無事で良かった……。まさかあなたに助けられる事になるとは」

「えへへ、わたしも成長してるんですよ」

「それは十分に分かっています。あなたは強い。心さえ保てばもっともっと強くなれる」


隊長にそう言って貰えると、自信と勇気が湧いて来る。
そうしていると、隊長の後ろから更に一人の見知った人物。


「あ、あれ、ルセアさん!?」

「アカネさん、お久し振りです」


何か知り合いから連絡が来たとかで居なくなっちゃったと思うんだけど、戻って来たんだ?
話を聞くと、数日前からキアラン城で傭兵として雇われてたらしい。
お城を守りきれなくて申し訳ありませんでした、と謝罪するルセアさん。
城を出ていたわたしが色々と言える立場じゃないからなあ、謝らなくてもいいのに。


「リン達も一緒に城を取り戻しに来てるんです。力を貸して下さい!」

「はい。お役に立つよう頑張りますね」


ケントさん達が他の牢の扉も開けて、これで戦力は十分。
キアラン兵達が次々と出て行く中、ふと改めて周囲を確認するとプリシラさんが居ない。
あれっ、と思い牢を出て少し行くと、一人の男性と会話してる。


「兄さま……何か事情があるのですね。分かりました。プリシラは、兄さまと一緒に旅が出来るのであればそれでいい……」

「……」

「旅を続ければ……きっと、父さまや母さまにも会えるでしょう?」

「! ……プリシラ、それは……!」


え、兄さま? ……兄さまって、あの人プリシラさんのお兄さん!?
確かに髪の色は同じみたいだけどあの男の人、傭兵じゃ……?
少しして武器を取って来たキアラン兵達がやって来て、あの男の人も行ってしまった。
後を追おうとしていたらしいプリシラさんに近寄って声を掛ける。


「あのプリシラさん、さっきの男の人……」

「え? あ、アカネさん、見ていらしたのですか……!?」

「すみません、何か兄さまとか、言っていたような」


プリシラさんは少し目を見開いて焦っているように見える。
聞いちゃいけない事を聞いちゃったかなと思ったけど、あの会話からして多分、大事な部分は聞いてない。


「……あの方が私の兄である以外に、何か……」

「いいえ。何か事情があるのですね、辺りから聞きましたけど、そこより前はちょっと」

「そうですか……。すみません、あの方が私の兄である事は内密にして頂けませんか? どうか、お願いします」

「それくらい構いませんよ。わたしも兄が居る身として、ご兄妹の事情に関わるなら叶えてあげたいと思いますし」

「アカネさんにもお兄様が?」

「はい。……行方知れずになっちゃいましたけど。ちなみにお父さんとお母さんも」


言うとプリシラさんが息を飲む。
何か言いたげに少しだけ口を開いて、でも思い直したのか口を閉じた。
お互いを沈黙が覆って、大きく聞こえて来た喧噪が耳に突く。
きっとキアラン兵達がラウス兵相手に戦闘を始めたんだ。


「……行きましょうか、きっと別動隊も傍まで来てますよ」

「……ええ」


気まずくなってしまったけど、何となく嫌な気まずさではないのは、プリシラさんが気を使ってくれているからかもしれない。
彼女も同じく兄が居る身として、わたしに同情してくれたのかな。


× next#


戻る

- ナノ -