烈火の娘
▽ 3


2日の強行軍の末に、見覚えのある景色に辿り着く。
キアラン城からやや離れた所にある小高い丘。
そこから見下ろすとちらほらと村が見え、広がる森と、それを抜けた遠くの高台にキアラン城が確認できる。
でもその周囲はラウスの兵達に取り囲まれてた。
もしかしてリン達はもう……なんて戦々恐々していると、不意にヘクトル様の声。


「おい、敵が見えて来たが……弓部隊を前衛に出して何やってんだ? えらく上を狙ってるぞ」


その言葉に誰もが弓兵の部隊を見、次いでその鏃が狙う先の空へ視線を向ける。
するとそこには一騎の天馬騎士。
全体的に淡い色が逆に空の青に映えて鮮やかに見える、わたしの大事な友達の一人……フロリーナ。

次の瞬間、よく聞いていた声が耳に届いた。
その声の主の普段の声量とは違う、焦燥を感じる大声。


「エリウッド様ぁっ!」

「まさか……フロリーナかっ!?」

「はいっ! 私、リンディス様の……」

「フロリーナッ! 下っ!!」


一瞬で血の気が引いて、わたしは何も言えなかった。
自分を狙う弓兵に気付いていなかったらしいフロリーナは、軽く悲鳴を上げつつも射掛けられた矢を急転回で避けようと試みる。
途端にバランスを崩し、ふっと宙に投げ出されてしまった。

……その落下先には、
ヘクトル様。

あ、と思ったのも束の間、慌ててフロリーナを受け止めたヘクトル様は、バランスを崩したままふらふら落ちて来たペガサスに思いっ切り背中を蹴られる。
咄嗟の事なのにフロリーナを潰さないよう精いっぱい腕を伸ばしたのは さすがだなあ。

なんて呑気に思っている間に、前のめりに倒れ込んだヘクトル様と、地面に放り出されたフロリーナの元へエリウッド様が駆け寄る。
わたしも走り寄ってフロリーナを抱え起こした。
どうやら落下した時に意識を失ったみたい。


「フロリーナ、大丈夫!? しっかりして!」

「……う…ん……。あ、あれ、私……。あ、アカネ……!」

「弓兵に射られたの。だけどもう大丈夫よ」

「ご、ごめんなさい。私、迷惑を……」

「ううん、怪我が無くて良かった」

「アカネ……今までどうしてたの? あなたが居なくなってみんな心配してたのよ。私だって……」

「フロリーナ……」


みんなを守る為だとは言ってもやっぱり苦しかった。
だけど今はそれを話し合ってる場合じゃないね。
フロリーナがリンを見捨てて逃げる訳がない。
きっと助けを呼びに行こうとしてたに違いない。
リンは無事なんだ!

わたしが真っ先にフロリーナに駆け寄ったからか、先にヘクトル様を気遣っていたエリウッド様が、ヘクトル様の無事を確認し終わりやって来る。
フロリーナが慌てて身を起こした。


「気が付いたかい? フロリーナ」

「はい。ご迷惑をお掛けしました」

「いいんだ、無事で良かったよ。ところで君はリンディスと一緒じゃなかったのかい?」

「そ、そうでした! エリウッド様、リンディス様がこの森の向こうで城へ攻め込む機会を窺っています!」

「リンディスが? 彼女も無事だったんだな!」

「はい! ……でも、ハウゼン様は捕らえられ、まだお城に……」

「そうか。だったら行こう! リンディス達と合流してキアラン侯を救い出すぞ!」


エリウッド様の言葉に皆が武器を構えて戦闘態勢に入る。
わたしはちらりと背後を見やって、やれやれといった表情で首の後ろ辺りを叩くヘクトル様の所へ行った。


「大丈夫ですかヘクトル様」

「あー、もう何ともねぇ。それより戦闘開始だろ。
アカネ、あんまり前に出過ぎんなよ。何なら俺の近くに居ろ」

「は、はい」


ぶっきらぼうな口調のその言葉が妙に嬉しい。
ヘクトル様がわたしに親切にして下さるのはやっぱり、エリアーデさんの事があるからだよね。
ひょっとして妹みたいな存在だったんだろうか。

わたし達は真っ先にリンと合流する事はせず、敵との戦いに専念する事になった。
ラウス兵が自分達以外の集団と戦っている事に気付いたらきっとリン達も参戦する。
ラウス兵を攪乱して更にリン達の危険も減らせるね。

言われた通りヘクトル様の背後から援護をメインに戦う。
丘を南に下り、森が生い茂る東へ向けて進んでからキアラン城を目指した。
森が途切れて平原に差し掛かる辺り、キアラン城がある高台へ向かう岐路の付近で、澄んだ声が響く。


「アカネ……!」

「あ、リン!」


周囲に敵が居なくなったのを見計らい、泣きそうに顔を歪めたリンがこちらに駆け寄って来た。
抱きしめようとしてくれたらしいけど、片手に剣を携えているからか一瞬 躊躇い、もう片手をわたしの肩に置くにとどめる。


「良かった、良かった……! 無事だったのね!」

「うん。ごめんなさい、心配かけて」

「本当に心配だったわよ! でもまた会えて良かった!」

「おい、感動の再会は後にしようぜ」


ヘクトル様の声が割り込んで来て、わたしは慌てて体勢を整える。
リンはヘクトル様の方を見て。


「あなたも味方?」

「ああ、そうみたいだな。忙しいから話は後でだ」


言葉を続けようとしたリンをスルリと躱したヘクトル様が先へ進む。
後を追おうとするとエリウッド様がやって来た。


「リンディス!」

「エリウッド、よく、ここが……」

「フロリーナが知らせてくれた。もう大丈夫だ、僕らも協力する」

「ありがとう!」


取り敢えず話は周囲の敵を倒してからだね。
ちょっと離れていたけど、ケントさんとセインさん、ウィルさんも一緒に居たみたい。


*back next#


戻る

- ナノ -