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「サリア……サリア……!」
「カヤノ……」
「ごめん、ね、リンク。私よりきっと、もっと長く一緒に居たあなたの方が辛いのに……」
「うん、辛い。だけど死んだ訳じゃないんだ。泣くより笑って見送る方がサリアも嬉しいと思うから」
「……リンクは強いね」
「泣きたいよ。でもカヤノが代わりに泣いてくれた」
「じゃあ私、邪魔しちゃったね」
「感謝してるんだよ」
涙を抑えたカヤノを支えながら立たせるリンク。
その体が妙に軽くて目を見開いた。
いつかゾーラの里へ向かっていた時、カヤノを引っ張り切れず一緒に川へ落ちてしまった事がある。
11歳なんて男子より女子の方がまだ大きくても不思議は無い。
だが18歳になった今のリンクにとってカヤノは、軽々と抱えられそうな程。
カヤノを大切に思う気持ちが湧き上がる。
弱さから罪を犯し、それを認めて立ち上がり強くなろうとしている彼女を助けたい。
その立場故に辛い目に遭う事も多いであろう彼女を守りたい。
「さ、帰ろう。コキリの集落に行ってミド達に説明しないと」
「うん……」
森の神殿を歩いて出て行く2人。
賢者となったサリアの力が働いているのか、魔物の一体もおらず明るささえ感じるようになっていた。
サリアとの思い出に浸りながら黙って歩く2人を、こっそり見守る4姉妹の幽霊。
「時の勇者様、無事に賢者様を解放できたようですわね」
「これでアタシたちの役目も終わりだな。あー長かった!」
「お父様、お母様……きっと待ってる。行こう」
微笑んで天へ昇って行く姉妹。
そこから遅れ、末妹エイミーがカヤノを見つめていた。
「カヤノ、約束だよ。お婆ちゃんになるまで生きて、そうしたら会おうね」
「エイミー行きますわよ!」
「あ、はーい!」
長女メグに声を掛けられ、エイミーは慌てて後を追い昇って行く。
「それにしてもエイミー、弱虫で泣き虫だったお前に助けられたなんて信じられないな」
「むー、何よ。ジョオお姉ちゃんだって怖がりのくせに」
「あ、言ったなコイツ!」
「幽霊なのに……幽霊、苦手。変なジョオお姉様」
「ベスまでそんな事! 仕方ないだろ生きてた時から幽霊怖いんだからさ!」
言い合いつつも姉妹は笑っている。
それを微笑ましく聞きながらメグはエイミーの頭を撫でた。
「あなたがカヤノさんを連れて来なければどうなっていたか……。お父様とお母様にご報告したらきっと驚かれますわ。ありがとう、エイミー」
「そんなの……お姉ちゃんたちも、ありがとう。わたしのために残ってくれて。戦争に巻き込まれて死んだ時、お父さんたちと天へ昇ることもできたのに」
「可愛い末っ子を一人ぼっちになんて出来ませんでしたもの。ねえ、ジョオ、ベス」
「当たり前だろ!」
「一緒、ずっと」
優しい姉に、優しい妹。
役目を終えた幽霊姉妹は、両親の待つ天へ召されて行った。
++++++
コキリの集落に戻ったリンクとカヤノは、デクの樹へ報告に向かう。
もうデクの樹は居ないが、墓参りのようなもの。
……が、そこで思わぬ出会いが待っていた。
「ボク、デクの樹の子どもデス!」
抱えようとしても余る程の丸い物体。
完全な球体ではなく木のようにあちこち角ばっており、枝も何本も生えている。
顔が付いているが、つぶらで可愛らしいので恐ろしさは無い。
「デクの樹サマの子供?」
「はい。あなた方と賢者サリアが呪いを解いてくれたから、ボク生まれることが出来たデス」
これからはデクの樹に代わって森の守護者になってくれるという。
まだまだ生まれたばかりで頼りないが、サリアの守りもある事だし、きっとデクの樹のような立派な守護者に育ってくれる事だろう。
「もう時の勇者としての使命は理解してマスね?」
「ああ。オレはこのハイラルを救う。全ての神殿の賢者を解放して、ガノンドロフを倒すよ」
「ご立派デス! ……あと一つ」
「?」
「そちらの……贖罪の娘さんの事デス」
話題を振られたカヤノが体を強張らせる。
自分にリンクのようなハイラルを救う使命があるとは思えない。
シークが言っていた神の間での呼ばれ名、【贖罪の娘】を使うという事は、きっと自分の罪滅ぼしに関しての事だ。
しかしデクの樹の子は、少し心配そうな声音で。
「……これからも時の勇者に付いて行くデスか?」
「え? それは勿論よ。どうしてそんな事を……」
「このまま勇者に付いて行けば、辛い事実を知る事になりマス。残酷な目にも遭いマス。それでも?」
「……行くわ。私はリンクと一緒に居たい」
リンクには言えないが、残酷な目になら既に遭っているので今更だ。
しかしデクの樹の子は、可愛らしい顔で辛そうな顔をするばかり。
「一緒に居れば居るだけ辛くなりマスが、それでも?」
「それでもだよ」
答えたのはリンク。
真っ直ぐにデクの樹の子を見つめている。
「オレが守る。もう二度とガノンドロフの手には渡さない!」
「きゃっ!」
リンクが思い切りカヤノを抱き寄せる。
片手ではあるが抱き締めているも同然で、思わず悲鳴を上げたカヤノが頬を朱に染めてもリンクは止まらない。
「オレはハイラルを救う勇者なんだろ? 女の子一人も守れなくてどうするんだ! 特別に守りたい人だったら尚更だろ!」
「ちょ、ちょっと、後ろ!」
「え?」
何故かカヤノが明後日の方を向いて焦るものだからリンクが思わず振り返ると、デクの樹がある広場の入り口、コキリ族の子供達がこちらをまじまじと見つめていた。
「す、すげーっ……あれオトナってやつだよな」
「“特別に守りたい”なんてケッコンする人に言う言葉だったと思うけど!」
「じゃあ、あのオトナたちって……!」
慌てて離れた2人は、デクの樹の子への挨拶もそこそこに広場を後にする。
そんな彼らの背を完全に見送ってから、デクの樹の子はぽつりと呟いた。
「……無理なんデス、リンク。あなたでは決してカヤノを守れない。……決して、守れない……」
++++++
集落に戻り、コキリ族に事の顛末を説明したリンク達。
サリアが賢者になり、もう戻れない事には悲しみを隠し切れないようだったが、彼女と一緒に森を守って行く事に決めたようだ。
そんな彼らの中からミドが歩み出て来た。
「アニキ、アネキ、サリアを助けてくれてアリガトな! ……もう行っちまうのか?」
「ああ。他にもまだまだ、助けなきゃいけない人が居るみたいだしな」
「そっか……オイラもアニキ達くらい強かったらなあ……」
「あなた達には森を守るっていう大事な使命があるじゃない。任せたわよ」
「それなら任せてくれよ! ……あ、あのさ。もし旅先でリンクとカヤノってヤツに会ったら、言っといてくれないか。たまには帰って来いって!」
「……分かった。必ず伝えるよ」
2人はどうしても本当の事を話せなかった。
もう二度とここへは帰らない覚悟を決め、愛しい故郷を後にするリンク。
カヤノにとっても第二の故郷……後ろ髪は引かれるが、もう後には引けない。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ありがとーーっ!」
「気をつけてねーーーーっ!!」
「アニキ、アネキ、今度は遊びに来てくれよな! まだ会ってないオイラの友達、紹介するから!!」
最後にミドが言った“友達”とは他でもない、リンクとカヤノの事だろう。
罪悪感と郷愁と悲しみを一気に掻き乱されるが、それを浮かばせないよう笑顔で手を振り別れた。
「リンク、次はどこに向かうの?」
「そうだな……シークが言っていた【高き山】ってデスマウンテンの事だと思うんだ。そこへ行ってみようと思う」
「分かったわ。ダルニアさん達 無事だといいけど……」
「オレが居ない間、時々お世話になってたんだっけ。お礼言わないとな」
会話しつつも微妙な空気が蔓延しているのは、先程のリンクの発言が原因。
『特別に守りたい人だったら尚更だろ!』
2人はもう、その言葉を深読みしないような子供ではなかった。
コキリの森との別れが落ち着いたので、今度はそれが胸に押し寄せているようだ。
「(カヤノ、すっかり綺麗になっちゃってるんだもんな。子供の時から可愛らしかったけど……)」
「(リンク、すっかり男前になっちゃってるんだものね。子供の時からカッコ良かったけど……)」
見てくれだけを良く思っている訳ではないが、これでは意識しない訳が無いと、何故か怒りにも似た感情が湧く2人。
子供の頃の方が自然と一緒に居られた気がするのは、気のせいではないだろう。
それが大人になるという事だと、心の片隅で理解している。
理解はしているが、少し寂しくもあった。
−続く−