エイミーが飛び出して行き、姉達へ一気に近寄る。


「お姉ちゃん、もうやめてよ! 待ってた時の勇者が来たんだよ、やっと役目が終わるんだよ!」

「おどきなさいなエイミー。邪魔をすると言うなら、あなたでも消滅させてしまいますわよ」

「っ……」


優しい姉に厳しい言葉をぶつけられ、ショックで固まるエイミー。
しかし十分すぎる程の隙が作られた。
カヤノは目いっぱい弦を引き絞って狙いを定め、長女メグの額の宝石を破壊する。


「きゃあああっ!!」

「メグお姉様!」


すぐにメグが脱力して動かなくなり、察したリンクがメグに気を取られていた次女ジョオの額の宝石を剣で壊す。
一連の動作に対処が遅れていた三女ベスの額の宝石も、カヤノが再び射った矢により破壊された。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ……!」


すぐにエイミーが姉達に近寄り、優しく揺り起こす。
間も無く3人が意識を取り戻した時には、邪悪な魔力の気配はすっかり無くなっていた。


「……わたくし達……魔王に操られていたのね、情けない……」

「もう元に戻ったみたいですね」

「ええ、本当にありがとうございます。ご迷惑をお掛け致しましたわ」


これで森の賢者の所へ案内して貰える事になった。
ガノンドロフが寄越したという魔物を倒さなければならないが、元よりそのつもりだ。
エイミーが姉達にじゃれついて甘えるのを微笑ましく見ていたリンクとカヤノだったが、訊ねなければならない事があるのを思い出す。


「あの、ここにコキリ族の子が一人来ませんでしたか? サリアという名の、緑色の髪をした女の子です」

「え? その方は……森の賢者様では……」

「えっ、サリアが賢者……!?」

「どうやら囚われてしまっているようですわ。魔を討ち倒せば賢者として目覚め、役割を果たせるようになる筈です」

「……」


突然の情報に衝撃を受け、呆然としてしまった。
促されて我に返り慌てて姉妹の後に付いて行くが、衝撃が抜けない。


「リンク、サリアが……賢者って……」

「……それなら尚更、魔物を倒して賢者を助け出さないと。それから話そう」

「そうね……」


何にせよ、これで更に賢者を解放せねばという使命感が増した。
森の賢者である前に大切な友人、彼女を何が何でも救わなければ。


++++++


4姉妹の案内で神殿の最奥へと辿り着いたリンクとカヤノ。
姉妹がそれぞれ魔法で燭台に火を灯すと、巨大な扉がゆっくり開く。


「わたくし達がご一緒できるのはここまでです。ご武運をお祈りしておりますわ」

「アタシ達を助けてくれた勇者様なら絶対に大丈夫さ!」

「……気を付けて……」


メグ、ジョオ、ベスがそれぞれの言葉で激励してくれる中、エイミーが進み出てカヤノの手を取る。


「カヤノ、本当にありがとう。お姉ちゃんたちを助けてくれて」

「どういたしまして。……ところで、エイミー達はこれからどうするの?」

「賢者様が解放されて、役目が完全に終わったら天へ向かうよ。元々、もう死んでるんだもん」

「え……せっかく友達になれたのに……」

「わたしのこと、友達だって思ってくれるの?」


エイミーの瞳が揺らいだ。
悲しそうな笑みを浮かべた彼女はしかし、涙を堪える。


「会えなくったって、想う心があれば友達でいられるんじゃないかな」

「想う心が、あれば……」

「何十年かたってカヤノが天に来た時に、いっぱいお話ししよう」

「ふふ……その時は私、お婆ちゃんになっちゃってるから……分からないと思うわ」

「それでも見つけ出すから! だから約束、ね!」

「ええ、約束ね」


お互いに微笑み、そっと抱きしめ合う。
それも少しの間で、離れたカヤノはリンクと共に大扉へ向かった。


「カヤノ、ぜったいに無事でいてねっ!」


エイミーの声を背に2人は大扉をくぐった。
中は周囲にぐるっと絵画が飾られた六角形の部屋。


「おーいサリア、居るか!?」

「助けに来たわよ、返事をして!」


答えは無いが、カヤノの耳に微かな音が聞こえて来た。
それは段々と大きくなっているようで……これは……馬の蹄の音……?


「カヤノッ!」


リンクに引っ張られ我に返ったカヤノの目に飛び込んだのは、絵画から飛び出て来た一頭の黒馬。
背に乗った人物を一瞬ガノンドロフかと思ってしまったが、体は半透明で顔には骸骨を模したような仮面を着けており……あれはガノンドロフではない、幻影だ。
飛び出して来たガノンの幻影が放った魔法弾は辛うじて避けたが、奴は別の絵の中へと入って行く。


「奴は……ファントムガノン! 絵から絵へと自由に移動できるみたい。どこから出て来るのかは分からないわ」

「分かった! オレはこっちを見るからカヤノは後ろを頼む!」


リンクと背中合わせになり絵を見張る。
緊張が満ちる静かな時間は長く続かず、カヤノが見ていた絵の一つにファントムガノンの姿。


「リンクこっち、私の右斜め前!」


カヤノの言葉にすぐさまそちらへ向かい、飛び出て来た瞬間に剣を振るうリンク。
が、切っ先はファントムガノンの体をすり抜け、代わりに奴の放った魔法弾がリンクに直撃した。


「うわぁっ!」

「リンク! 何なのあいつ、まさか幻影だから剣が効かない……?」


そんなの反則だ……と責めてみても相手は魔物だから手加減は無い。
もう一度 背中合わせになり全方向を警戒する。
しっかりしろ、こういう時に役立つのがナビィの能力を受け継いだ自分の仕事だと言い聞かせ、ファントムガノンを観察するカヤノ。
何か手掛かりになるような物は無いか、変わった所は無いか……。

そこでふと、ファントムガノンが着けた仮面の額部分に、幽霊姉妹を操っていた赤い宝石のような物が付いている事に気付く。


「カヤノ、オレの正面から来てる!」


リンクの声が背中から聞こえた瞬間カヤノは振り返り、矢をつがえた妖精の弓を引き絞った。
そして奴が絵画から出て来ると、額の宝石 目掛けて矢を放つ。
命中し宝石が壊れた瞬間、半透明だった奴の体が完全に実体を持った。


「今よリンク!」


カヤノの言葉を聞くまでも無く、リンクはマスターソードでファントムガノンを斬り付けた。
槍を持った奴との数度の斬り合いの後、一撃を受けたファントムガノンが低い悲鳴を上げながら霧散する。
それきり出て来なかった。


「やった、リンク!」

「倒せた、これでサリアもきっと……」


言いかけた瞬間、部屋に響く懐かしい声。


『リンク、カヤノ、ありがとう』

「サリア!?」


声の元を探して辺りを見回す2人の傍ら、掛けられた絵画の一枚からサリアが現れる。
宙に浮き光を纏うサリアは、リンク達の知る彼女とは雰囲気が一変しており……それでも、サリアはサリア。


『二人のおかげであたし、森の賢者として目覚める事ができたわ。コキリの森も元通りになるよ。きっと二人が助けに来てくれるって信じてた』

「サリア……サリアは、どうなるんだ」

『あたしはこれから聖地で、森の賢者としてハイラルとリンク達を助けて行くの。だからもう、同じ世界には住めない……』

「そんな! 私まだサリアに何も恩返し出来てないのに……! いきなり森へ現れた私に親切してくれた事も、ずっと面倒を見てくれた事も!」


泣きそうな声で半ば叫ぶように告げるカヤノの言葉を聞いても、サリアは穏やかに微笑むだけ。
そうしないと、きっと彼女も泣いてしまいそうなのだろう。


『あたし、カヤノの事を好きになりたいと思ったから、そして大好きな友達になったから一緒に居たの。恩返しなんて気にしないで』

「でも……でも……」

『それなら、リンクと2人で無事にハイラルを救って。それが何よりの恩返しだよ。ね、リンク』

「ああ。サリアの力を借りられるならきっと負けないさ。だから……安心してくれよ」


寂しそうな表情と声を滲ませ、それでも気丈に告げるリンクにサリアは少しだけ顔を伏せた。
だけれどすぐに上げて。


『離れていても あたし達……ずっと、ずっと友達だよね』

「当たり前だ。オレもカヤノも、ずっとサリアとは大親友だからな!」

「……」

「カヤノ、泣かないで。サリアを見送ろう」

「……うん。私もずっとサリアと……友達だから……。……私も“親友”って、言って、いいかな……」

『もちろん。うれしいよ、ありがとう』


部屋に青い光の柱が立ち、サリアがその光の中へ入ると体が消えて行く。
カヤノは手を伸ばしかけて、躊躇った後に下ろした。


『リンク、カヤノ。どうか無事でいてね。大好きよ!』

「あ……」


私も、と言おうとしたが、声が詰まって出なかった。
それでもカヤノの気持ちを汲み取ったサリアはニッコリ微笑む。
完全に消えてしまったサリアと同時に青い光の柱も消え、その場にへたり込んだカヤノの背をしゃがみ込んだリンクが撫でた。


- ナノ -