ミドに見送られ、集落の高台から迷いの森へ入る。
その間リンクもカヤノも黙ったまま。
ミドに何も言えない事が騙しているようで気が引けた。
大人にならない種族なので、自分達がかのリンクとカヤノだと気付かないのだろう。

モンスターが増えた迷いの森を抜け、森の聖域へとやって来た2人。
そこである人物が待っていた。


「待っていたよ、時の勇者。そして贖罪の娘」

「シーク」

「贖罪の娘って……私の事ね?」

「ああ。神がそう呼んでいた。……時の流れは残酷なもの。人それぞれ速さは違う……そしてそれは変えられない」

「……」

「しかし時が流れても変わらぬもの、それは幼き日の追憶。思い出の場所へ誘う調べ、森のメヌエットを時のオカリナで奏でるんだ」


シークがハープを手にし、一つの旋律を奏でる。
穏やかで優しい……大人になってから振り返る遠き子供の日々を思い起こさせるような調べ。
リンクが時のオカリナでシークの演奏を追うと、ハープと二つ、美しい音楽が森の奥に響いた。
演奏が終わった瞬間、閉じられていた神殿の入り口がひとりでに開く。


「開いた……」

「この神殿に巣食う魔を討ち倒し、森の賢者を解放してくれ。リンク、カヤノ、また会おう!」


いつかと同じく、数歩後退ったシークが地面に向かって何かを投げ、一瞬だけ放たれた目映い光と共に消えていた。


「行こうか。カヤノ、確かナビィと同じ妖精の姿になれるんだろ?」

「ええ。敵の弱点を調べる能力も受け継いだから役に立てるわ」

「頼りにしてるけど無茶はしないでくれよ」

「お互いにね」


2人きりでダンジョンに挑むのは初めての事で、薄っすらと感じる緊張を誤魔化すようにお互いを見て微笑み合い、森の神殿へ足を踏み入れる。
神殿、とは銘打たれているものの、中は広大な屋敷のようだった。
広さだけで言えば小ぶりな城と言っても過言ではないだろう。
あちこちに草が生えツタが絡み、放置されてそれなりの年月が過ぎた事が窺える。

通路を進むと大きな広間に出た。
敵の姿は無いが、それが却って不気味さを肥大させる。
リンクが剣を構えながら先導し、慎重に歩を進めていると……。


「リンク危ないっ!!」

「!?」


突然カヤノが背後からリンクを突き飛ばした。
体重差でたいして動かなかったが、数歩よろけてから振り返ったリンクの目に映ったのは、大きな手の姿をした魔物に掴まれ引き離されたカヤノの姿。
そしてその周囲には真っ黒な姿をした……幽霊?
真っ黒だが人の形はしており、額には大きな赤い宝石の付いた装飾品を着け、清楚で飾り気の無い薄いドレスを身に纏っている謎の存在。


「カヤノっ!」

「こ、こいつ、フロアマスター……! それにこの幽霊みたいなのは……」

「よく幽霊とお分かりになりましたわね。魔物と呼ばれるかと思いましたが。ねえジョオ、ベス」


突然、幽霊の1体が喋り始めた。
完全に女性の声で、「ジョオ」「ベス」と呼ばれた2体も答える。


「メグ姉様、とんだ邪魔が入ったな。もう少しで時の勇者を始末できたのに」

「邪魔……鬱陶しい……」


紫のドレスを纏っているのがメグ、赤いドレスを纏っているのがジョオ、青いドレスを纏っているのがベスのようだ。


「けれどこの娘……もしやガノンドロフ様がご所望の娘ではありませんこと?」

「本当……。メグお姉様、ジョオお姉様、早く時の勇者を始末して、献上しよう……」

「待てお前達、カヤノを放せっ!」


追い掛けるリンクだが3体の幽霊は壁の向こうへ消え、フロアマスターはカヤノを掴んだまま地面に奇妙な黒い穴を作り出し、そこに埋まって行く。
必死にもがくカヤノだが拘束は解けない。


「リ、リンクッ……!」

「カヤノーっ!!」


あと一歩という所でカヤノの体が完全に埋まってしまい、後にはリンクが1人残される。
苛立ちを募らせ床を踏みつけるがビクともしない。


「くそっ、せっかく再会できたっていうのに、こんな事で失ってたまるか……! 待ってろカヤノ、絶対に助け出してやる」


目覚めて初っ端から1人きりのダンジョン攻略になってしまったが、リンクに怖気付く心など微塵も無い。
カヤノを救い、サリアを探し出し、森の賢者を解放する。
立ち止まってはいられないと、リンクは駆け出した。


++++++


一方カヤノ。
どうやら3姉妹らしい幽霊に絵の中へと閉じ込められてしまった。
一体どういう仕掛けなのか、額縁の中にその大きさの空間があるようで、そこに入れられている。
叩いてみてもビクともせず、端から見れば描かれたカヤノが動いているかのよう。

3姉妹はリンクを始末すると言い行ってしまった。


「うう……いきなり足手纏いになるなんて……。リンクを助けないといけないのに!」

「そこから出してあげよっか?」

「えっ」


突然、どこかから声が聞こえた。
窓のように額縁サイズだけ外を確認できるようなので、絵が掛けられている部屋を見渡していると一つの影が現れる。
それは幽霊3姉妹と同じ姿をしていて、纏ったドレスの色は黄色。


「わたしエイミー。あなたを捕まえた姉妹の末っ子よ」

「4人居たのね。ところで出してあげるってどういう事?」

「……お姉ちゃんたち、今この神殿を支配してる魔物に操られてるの。ガノンドロフってやつが親玉みたい」

「ガノンドロフ……」

「わたしたちは元々、時の勇者が来たら森の賢者の所へ案内するよう命を受けてたのに……」

「そうだったの?」

「うん。わたしだけお姉ちゃんたちに庇われて無事だったの。お願い、お姉ちゃんたちを助けて!」

「いいわ。何にせよ私達、神殿の魔物を倒さなくちゃいけないもの。協力する」

「ありがとう、今そこから出すね!」


幽霊……エイミーが手を伸ばすと、強固だった絵画の面をいとも簡単にすり抜ける。
促されてその手に掴まると引っ張られ、あっさり脱出できた。


「お姉ちゃんたち、時の勇者を倒しに行ってるみたい……」

「! 急がなきゃ!」

「うん。ところであなた、弓は扱える?」

「弓? 得意だけど……」

「それならこの【妖精の弓】を持って行って。この神殿の宝なの、役に立つかも」


エイミーから弓と矢の入った矢筒を受け取るカヤノ。
あまり大きすぎず、しなやかな頑強さを備えた弓のようだ。
少々の魔力を感じるのは気のせいではないだろう。


「さ、こっちよ!」


エイミーの案内で森の神殿内を駆けるカヤノ。
受け継いだ魔物の生態を調べる能力は実に便利で、リンクが居ない間の修業がてらの生活も相まって、カヤノでも何とか魔物と戦えていた。
ただ、エイミーが居るとはいえ今は一人きりも同然なので、普段より緊張が高まっているが。

薄暗い室内を抜け、明るい日の差し込む中庭に出る。
咲き乱れる花や美しい池に目もくれる暇なく走り抜けるが、ふとエイミーが寂しそうに。


「この中庭で、よくお姉ちゃんたちと遊んだのにな……」

「エイミー……」

「あのね、時の勇者を導く勇導者の役目は、わたし1人がやるはずだったの。だけどお姉ちゃんたち、わたしを1人きりにできないって言って、一緒に勇導者になってくれて……」

「……本当は優しいお姉さん達なのね」

「そうなの。だから絶対に助けなくちゃ! あなた……えっと、そう言えば名前……」

「私はカヤノよ」

「カヤノね。どうか力を貸して!」

「もちろん。私、一人っ子だから羨ましいわ。必ずお姉さん達を元に戻しましょう」

「うん!」


ガノンドロフの魔力でこうなってしまったのなら許せない。
ゲルド族を操っていたようだし、もしかしたらエイミーの姉達も……。
そう言えば操られていたゲルドの戦士は、おぞましい魔力を放つ赤い宝石の付いた装飾品を身に着けていた。
3人の幽霊も、真っ黒な額の中心、同じように赤い宝石の付いた装飾品があったような。

それを思い出す前に辿り着いたのは、最初にカヤノが攫われた大広間。
3人の幽霊に囲まれたリンクが苦戦している。
そして幽霊達の額には確かに、輝く赤い宝石が……。


「リンク!」

「! カヤノ、無事だったのか! って、その幽霊は……」

「大丈夫、この子は味方よ! 私に考えがあるの、何とか隙を作り出して!」

「わたしも手伝う!」



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