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今まで世話になった人々とは違い、同じ反ガノンドロフの意思を持つ仲間達。
いつ出て行こうかと気にしなくて良いので気が楽だった。
きっとリンクが目覚めるまで行動を共にする事になるだろう。
こうして事情を察し戦える仲間が居るというのは、今まで以上に心強い。
カヤノは少ない情報の中から少しでも役に立つ物を探そうと、ナボール筆頭のゲルド戦士達と話し合う。
またガノンドロフが自分を狙っていたらしい事について訊ねてみたが、離反した元配下の戦士達も、詳しい事は分からないそうだ。
「カヤノの事を狙っていたのは確かなようだが、理由は全く教えて貰えなかったな」
「そう、ですか……」
リンクと合流できても、その不安要素が無くなる訳ではない。
果たしてガノンドロフは何を思いカヤノを狙っていたのか。
予想すら立てられず不安で気が滅入りそうになる。
そんな日々を過ごし、アジトで反ガノンドロフ派達と生活を始めて数週間。
カヤノはアジトの中を歩いていた。
リンクが目覚めたら一緒にガノンドロフと戦うだろう。
それに備えた魔法の特訓でもしようかと、鍛錬用の広場がある場所を目指す。
……瞬間、辺りに響き渡る高らかな笛の音。
次いで聞こえる緊迫した叫び声。
「敵襲! 敵襲ーーーーーッ!!」
「……!!」
このアジトがばれたと言うのか。
カヤノはすぐさま走り出し、誰か味方を探す。
通路の角を曲がるとゲルド族の女戦士が二人居た。
二人とも見覚えがある。反ガノンドロフ派だ。
「あ、あの、敵襲って!」
「カヤノか。一人は危ないからこっちへ」
「はい」
すぐに戦士達の傍に寄ろうとした……が、ふと、違和感を覚える。
二人の戦士から妙に魔力のようなものを感じた。
近寄ろうとしていた所を立ち止まって彼女達を見つめると、額を彩る赤い宝石が付いた装飾品からおぞましい力が迸っている。
思わず後退ったカヤノに、戦士達が腕を伸ばして来た。
よく見ればその目は光を失っているようで、生気が感じられない。
「さあ、こっちへおいで」
「い、いや……!」
踵を返して逆方向に走る。
あの人達はおかしい。少なくとも正気ではない。
誰か……主にナビィ、ナーガ、ダークを探しカヤノは駆けた。
暫く進んだ先、少し広くなっている部屋に差し掛かったカヤノの前に、ホウキに乗った二人の老婆が姿を現す。
「ひっ!?」
「おやおや、操られていたゲルド族によく気付いたもんだねえ……」
「誰……!」
「あたし達はガノンドロフ様に仕えるツインローバ、コタケとコウメさ」
「ちょいと洗脳術をやってるもんだから、聖地へ行く前に残した配下に試していたら、まあ大当たり」
つまり、ガノンドロフから離反して来たゲルドの戦士の中に、離反とは関係なく以前から洗脳されていた者達が居たという事。
ガノンドロフ側にとっては願ってもない幸運、カヤノ側にとっては予想だにしなかった不運。
「ガノンドロフ様は遂にトライフォースを身に宿され、支配者に相応しい王となられた」
「その祝いの貢ぎ物にカヤノ、お前を捧げさせて貰うよ」
「ど、どうして私なんですか!」
命の危険に晒され必死の面持ちで訊ねるカヤノ。
しかしツインローバは妖しく笑うだけで答えようとはしない。
「黙ってガノンドロフ様の物になればいいのさ」
「さあ、大人しく付いて来て……」
そこまで言ったツインローバに突然、炎が襲い掛かる。
喋っている間にカヤノが魔力を含蓄し攻撃に備えていた。
高威力の魔法だと感付かれてしまうと思った為に基礎の魔法だが、勝利を確信し油断していたツインローバの隙を作り出す事は出来た。
怯んでいる隙に彼女達の側を擦り抜け、建物の外へ出る。
外では味方のゲルド族達がガノンドロフ配下のゲルド族や魔物達と戦っている。
その喧噪の中にダークとナーガ、ナビィを見付けてホッとし、そちらへ駆け寄ろうと足を踏み出したカヤノ。
瞬間、ナボールの声が聞こえて来た。
「カヤノ、後ろっ!」
「え……」
後ろ、と言われ振り返ろうとした瞬間、太いものがカヤノの首を引っ掛けた。
そのまま背後に引き寄せられ、固い何かに背中がぶつかる。
壁ではない。首を引っ掛けている太いものは人の腕。
そして背中にぶつかったのは……。
人の体。
それも、今カヤノが一番会うべきではない人物の。
その人物の名を出したのはナボール。
「ガノンドロフッ……!」
「……!!」
「カヤノを放しな!」
ナボールを筆頭とした味方のゲルド族達がガノンドロフへ向かって行く。
しかしガノンドロフの背後から追い付いて来たツインローバが手を翳すと、ナボール達の足下が泥のようにぬかるみ、ずぶずぶと体を飲み込み始めた。
「こ、これは……!?」
「ナボールさんっ!!」
「ヒッヒッヒ、こいつらも洗脳の材料にしてやろうかね。配下は多いに超した事は無いからねぇ……」
手を差し伸べてもガノンドロフの拘束からは逃れられない。
あっと言う間に飲み込まれ姿が見えなくなったナボール達。
カヤノの悲鳴が響いた瞬間に飛び掛かって来たダークを、ガノンドロフが魔法を放ち弾いた。
軽く飛ばされ背後の地面で背中を打つダーク。
「ダークッ!!」
「っ……平気、だ。カヤノを放せ、ガノンドロフ」
今は完全な無表情ではなく、少しだが怒気を孕んでいるように睨みを利かせている。
声音も怒りを含んでいて……。
そんな彼を見、それまで沈黙を貫いていたガノンドロフが口を開いた。
「哀れだな、影よ」
「何……?」
「この娘を愛しているのに、“本体”のせいで傍に居られない。あの小僧さえ居なければ……そう思った事はないか?」
「……」
「そう遠くないうちにあの小僧は聖地から戻って来るだろう。その時がお前の幸福の終わり、不幸の始まりだ」
「ダーク、耳を貸しちゃダメ!」
「きゅう! だーく!」
ダークの傍でナビィとナーガが必死に呼び掛ける。
しかしダークの表情からは既に怒気が消え去り、これも初めて見る、唖然としたような表情でガノンドロフを見つめるばかり。
どうやらガノンドロフはリンクが聖地に封じられた事を知っているようだ。
彼自身も聖地に行っていたので知る機会があったのだろう。
「神が何を思ってあの小僧を封じたのかは分からないが、厄介な存在になる事は明白だ。……利害の一致というヤツだろう。俺と共に来い」
リンクさえ居なければ。
どうして自分が犠牲にならなければいけないのだろう。
こんなにもカヤノを想っているのに。
ただカヤノと共に過ごす、なんて事すら出来やしない。
ハイラルを守る為だけに……その運命を背負わされ生まれた自分。
生まれた理由のせいでカヤノをひたすら想う心があるのに、傍に居ればリンクの想いを深めてしまう為に、リンクが戻って来れば傍に居る事すら出来なくなる。
ダークは確実に、かつてのカヤノと同じ思考になっていた。
与えられた運命を嫌い呪う、そんな思考に。
今、想い人は魔王の手中にある。
それでも奴の元に行けば傍に居る事くらいは出来るかもしれない。
リンクが戻れば一緒には居られなくなる。
ただ傍に居られるだけでも良い……。
そんなささやかな願いすら叶えてくれない神など、運命など。
「……分かった。俺はお前の配下となろう」
こちらから願い下げだ。